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日曜日は槙野にも伝えた通り、デパートの催事があった。
これはデパートが主催でホテルの宴会場などを使い、主にハイブランドの顧客を招いて行われるものだ。
今回もグランドパレスホテルというなかなかに格式のあるホテルの、一番大きな宴会場を使用して開催されていた。
招待制のため、デパートからの招待状がなければ入れないその会場は、煌びやかなシャンデリアがぶら下がっており、各ブランドが華やかにブースを飾っている。
パリコレなどで使用されたドレスを展示しているブランドもあるし、直販できるように商品を持ってきているブランドもある。
セールというよりは先行販売の意味合いが大きく、シーズン前に顧客が買いたいものを見る場所でもあるのだ。
そこにはミルヴェイユでも最重要の顧客が来ることになっているので美冬も参加するのだ。
ミルヴェイユのアパレルはそのスタンダードなデザインから、三世代でお客様として購入してくださっている顧客もいる。
オープン前のミーティングで美冬は今日来店する予定の顧客を確認して、以前の来店から変更がないかを確認しながら、ブースの仕上がりを見ていた。
デザインは石丸が担当してくれているので間違いはない。
おかげでミルヴェイユらしいデザインでブースは仕上がっていた。
実際に店頭でご案内するのは販売員だが、彼女達はお客様との接点も多く、お客様のことについては詳しい。
ミルヴェイユの最重要顧客はデパートの創業者一族である成田家だ。
社長の奥様とご子息、そのお嫁さんが来ると聞いている。
義理の母娘のはずだがとても仲がいいのだ。
奥様はたしか儚げでとても美しくお嬢様っぽい方でお嫁さんの方は割とシャキシャキした方だったと記憶している。
「成田様の担当は……」
パソコンで顧客情報を確認しながら美冬が口を開く。
「はい。私です」
手を挙げたのは林というデパート担当の営業だ。
営業ではあるけれど積極的に店頭にも立ち、お客様からも絶大な信頼のある人物だった。
「ありがとう。販売記録を見るとね……」
とパソコンを持って隣に立つと、林は画面よりも美冬が画面を支えている指の方が気になるようだ。
照明がいろんな角度から明るく当たっている会場では美冬の指についている指輪がキラキラときらめいてしまうからだろう。
「目立つ?」
「まあ、かなり。ご結婚されるんですね、おめでとうございます。お客様からもご指摘あると思いますよ?」
「そうよね」
「どうします?」
林のどうします? は何か聞かれた時にどのように答えたらいいのか、ということだろう。
「結婚しますと回答して大丈夫よ。披露宴もするつもりだし、その時はミルヴェイユで作成したドレスを着たいって思ってるから」
美冬はそう言って笑顔で返した。
「社長!」
林がぎゅうっと空いている方の美冬の手をつかむ。普段こんな風に感極まったりすることがない林だから美冬にはびっくりだ。
「ど、どうしたの?」
「さすがです! 自社のドレスを着るってキッパリ言って下さるなんて。だからついていこうって思うんですよ」
そうか……自社のドレスを着る社長がいいと思ってもらえるんだ。
美冬自身はミルヴェイユが好きだから当然と思っていたけれど、それが社員の助けになるならむしろ宣伝として使ってもらっても構わないと考える。
「ちょっとごめん、みんないい?」
開店準備中のところ、美冬はスタッフをそっと呼び出す。
美冬の声にスタッフは作業していた顔を上げて、美冬の周りに集まった。
「今、林さんから聞かれて皆も聞かれるかもしれないから一応言っておくね。婚約しました」
わあっとミルヴェイユのスペースから明るい声があがってしまう。
美冬はしー、と人差し指を口元にあてた。
「みんな静かに。婚約したことは言っていいしニュースリリースがあると思いますと言っていいわよ」
皆が口々におめでとうございますとか、素敵な指輪ですよね、気になっていたんです! と盛り上がっている中、美冬は杉村と石丸のじっとりとした視線を感じていた。
──あとで説明しますって~……。
開場と同時に来てくださったお客様と少しお話をしたところで美冬は杉村と石丸に首根っこを掴まれた。
「社長、説明していただきますから」
「僕だって何も聞いてないんだけど!」
引っ張りこむように控室に連れていかれる。
それは販売用の会場とは別に用意してもらっている宴会場で飲み物なども用意されているのだ。
端の方のテーブルに連れていかれた美冬は飲み物を取りに行こうと席を立つと、テーブルの上を杉村にぺしぺしされる。
「社長はここにお掛けください」
「はい……」
腰を上げかけた美冬は、席に座り直した。
石丸が美冬に向かってにっこりと笑うけれど、笑顔の奥の目が怒っていて怖い。
美冬の代わりに席を立った石丸が飲み物を持ってくる。
トン、と美冬の目の前にアイスティーが置かれた。
「お砂糖入りだから」
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