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さすがに長い付き合いだけのことはある。石丸は美冬のことをよく分かっていた。
「で? どういうこと?」
と二人に迫られる。
「だから結婚します……て」
「そんな相手いなかったじゃん」
「どこにいるんです⁉︎」
──二人して何なの。
しかし不審に思っても不思議はないくらい、美冬には恋人の気配というものがなかったのだ。
「まあ、何か様子がおかしいとは思っていましたけどね」
ため息まじりにそう言うのは杉村だ。
「コンペの後くらいから少しおかしかったですよね。まさかそんなことになっているなんて思いませんでしたけど」
杉村は美冬は企画書の再作成に集中しているだけかと思っていたのだ。
「いつから? どこの誰?」
「えーと……」
「吐け」
杉村がずいっと美冬に迫る。
「ごめんなさーい、私がやりましたぁ」
「いいから、ふざけてないで教えて」
「槙野さん……知ってる、よね?」
「槙野……?」
石丸は全く分からないようだった。
杉村の方は心当たりはあれど、それで合っているのかという微妙な表情だ。
「私が知っている槙野さんという方は、グローバル・キャピタル・パートナーズの方なんですけど」
「あ、それ!」
美冬が人差し指を立ててそれっ! と宙を指さす。
「可愛いけど、詳細にお聞きしたいですね」
一目惚れされた、なんて言ってもいいんだろうか?
その時、林が少し焦った様子で美冬たちの方に向かってくるのが見える。
「あの! 社長にお客様がいらっしゃってて……」
「お客様? 私?」
今日は約束はしていないはずだが、それでも美冬は頷いた。
杉村も不思議そうな顔をしている。
「分かった。今行くね。後でもいいかな?」
「まあ、お客様優先だから。でも逃げられるって思わないでね」
石丸のその一言に思わず背中が寒くなってしまった美冬なのだった。
林に案内されたブースにいたのは、スーツの槙野とややラフな格好のグローバル・キャピタル・パートナーズの片倉と、見知らぬ品のある女性の三人だ。
思わぬ人物達の登場に美冬も驚いたし、後ろから来ていた杉村もさすがに表情が変わっている。
服を見ている女性に片倉が柔らかく声をかけている。
とても綺麗な女性だ。品がありとても綺麗。ぜひミルヴェイユの服を着てほしい。
「浅緋、気に入った?」
「はい。とっても素敵です」
「いいのがあれば買っていったら」
片倉CEOのその発言に女性は嬉しそうに笑った。その品の良さはいかにもどこかの御令嬢という感じだ。
そんな人たちと一緒にいた槙野が美冬の方に歩み寄る。
「美冬」
「祐輔、驚いたわ」
「祐輔!?」
片倉初めその場にいた数人がぎょっとする。もちろん、杉村も、石丸もだ。
「あ。片倉、紹介しとく。俺の婚約者」
「こ、婚約者ぁ!?」
紹介された当の片倉よりも周りへの影響が大きすぎる。
「ラウンジに移動しようか?」
片倉はにっこり笑った。
杉村と石丸には後で説明するからと伝えて、片倉と女性と槙野と美冬の四人でホテルのラウンジに向かった。
美冬は槙野のスーツの肘をつん、と引っ張る。
「ん?」
「正直、すっごく助かったわ。指輪からあの二人にどうして槙野さんなんだって迫られていたから」
槙野は苦笑する。あの二人が杉村と石丸であることは分かったし、先ほども石丸はなんで? という目で槙野のことを見ていたから。
「分かった。後で俺が説明してやろうか?」
「いいの? でもすごく根掘り葉掘り聞かれるかも」
それは今からだって同じではないんだろうか?
「まあ……しばらくは物議を醸すな」
ため息交じりに槙野が言うと、美冬はガッツポーズをして槙野に笑顔を向けた。
「助け合おうね!」
「おう」
美冬のこういうところだ、と槙野は思う。
こういうところを見るたび、美冬を選んで良かったと思い知らされるのだ。
槙野に助けられるだけではない、美冬も一緒に何かをしようとする。
しっかり自立していて本当に魅力的だと思うのだ。
しっかりしているところも、大胆なようでいてその細やかな気遣いにも触れるたびに惹きつけられるばかりなのが槙野には本当に悔しい。
片倉は口元に笑みを浮かべつつそんな二人を見ていたのだが、それには二人は気づいていなかった。
「で?」
ホテルのラウンジのソファでとても長い足を組んで、座っている片倉が二人に笑顔を向けた。
なぜか知らないが、美冬は片倉の向かいに座らされているのだ。
身長は槙野より高いし、眼鏡をかけていて理知的な顔は整っているのは分かるし表情もとても温和なはずなのに、やたらに迫力のある人なのだ。
──こ、怖いっ! 祐輔とは別の意味で怖いよっ。
「二人がお付き合いしていたなんて、僕は全く知らなかったんだけれど?」
その綺麗な顔で片倉は首を傾げる。
「付き合い……とかは期間はないからなぁ。お互いに条件が合った、というか」
「条件……」