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夜は、思っていたより静かだった。
テレビの音が消えて、
家の中が落ち着いた頃。
まどかは、
姉の部屋の前に立っていた。
ノックする指が、
少しだけ迷う。
「……さや姉」
「どうしたの?」
すぐに返事が返ってきた。
部屋に入ると、
机の上に、
鈴蘭学院の教科書が積まれていた。
見慣れた光景。
なのに今日は、
少し違って見える。
「説明会、行ってきたんだよね」
さやは、
ベッドに腰かけて言った。
声は、
いつもと同じ。
やさしくて、
押しつけがましくない。
「……うん」
「どうだった?」
母と同じ質問。
でも、
重さが違った。
この人は、
“中にいる人”だから。
まどかは、
正直に言った。
「……すごかった」
「きれいで、
ちゃんとしてて」
「でも……」
言葉が、
そこで止まる。
さやは、
急かさなかった。
「……息、詰まりそうだった」
やっと出た言葉。
さやは、
少しだけ目を伏せた。
「そっか」
否定もしない。
驚きもしない。
ただ、
受け止める。
「さや姉はさ……」
まどかは、
思い切って聞いた。
「鈴蘭学院、
好き?」
さやは、
すぐには答えなかった。
机の教科書に手を伸ばし、
背表紙をなぞる。
「……嫌いじゃないよ」
「でも、
楽な場所ではないかな」
「ねえ、まどか」
さやは、
まっすぐにこちらを見た。
「鈴蘭学院は、
“合う人”には、
すごく居心地がいい」
「でも、
無理して合わせると、
自分が分からなくなる」
その言葉に、
胸がきゅっとなる。
「じゃあ……」
まどかは、
小さく聞いた。
「さや姉は、
無理してる?」
さやは、
少し笑った。
「……少しだけね」
でもその笑顔は、
悲しくなかった。
「それでも、
私はここにいるって
決めたから」
「まどかは、
私みたいにならなくていい」
「私より、
自由でいい」
その言葉が、
まどかの胸に
深く落ちた。
部屋を出るとき、
さやは言った。
「選ばれるかどうかより、
自分を選びなさい」
「それが、
一番難しいけどね」
廊下を歩きながら、
まどかは思った。
姉がいる場所と、
自分が行く場所は、
同じでなくていい。
でも――
同じになる可能性が、
まだ消えたわけでもない。