テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
3
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その日の放課後。
窓の外では、朝から降り続いていた雨が、静かに校舎を包み込んでいた。
授業が終わり、ひなは鞄の中を慌てて探した。
「あれ……傘……」
何度探しても見つからない。
どうやら家に忘れてきてしまったらしい。
「どうしよう……」
雨脚は強くなるばかり。
このまま走って帰れば、きっとびしょ濡れになってしまう。
途方に暮れながら昇降口で立ち尽くしていると、不意に聞き慣れた声がした。
「傘、忘れたのか」
振り向くと、そこには 綾小路清隆 が立っていた。
「あっ……綾小路くん」
「そうみたいだな」
ひなが恥ずかしそうにうつむくと、綾小路くんは少しだけ間を置いて言った。
「送る」
「えっ……?」
思わず顔を上げる。
「このままだと風邪をひくだろ」
いつも通り、淡々とした口調。
けれどその言葉のひとつひとつに、胸が温かくなる。
一本の傘の下。
肩が触れそうなほど近い距離に、ひなの心臓は落ち着かない。
雨音が静かに響く中、二人は並んで歩いていた。
「……緊張してるのか」
綾小路くんがぽつりと尋ねる。
「えっ!? そ、そんなことないよ!」
慌てて否定するものの、顔が熱い。
「そうか」
そう言いながら、綾小路くんは傘を少しだけあたしの方へ傾けた。
彼の肩が少し濡れていることに気づいた、わたしの胸がぎゅっと締めつけられる。
「綾小路くん、肩濡れちゃってるよ……!」
「気にするな」
「でも……」
「お前が風邪をひく方が困る」
その一言に、あたしの心臓が大きく跳ねた。
寮にに着くと、雨は少し弱くなっていた。
「送ってくれてありがとう」
ひなが笑顔でお礼を言うと、綾小路くんは静かに頷く。
そして、ふいに名前を呼んだ。
「ひな」
優しく響くその声に、胸が熱くなる。
「お前は……そのままでいい」
「え……?」
「無理に頑張りすぎなくても、お前のままで十分だ」
静かな言葉。
でも、その一言には何よりも温かい優しさが込められていた。
目が潤みそうになる。
「……ありがとう、清隆くん」
初めてそう呼ぶと、綾小路くんはわずかに目を細めた。
「……悪くないな」
寮の扉を開けたあとも、あたしの胸の鼓動は収まらなかった。
一本の傘。
近すぎる距離。
そして、優しく名前を呼ぶ声。
(私、もう……)
窓の外の雨上がりの空を見上げながら、あたしはそっと胸に手を当てた。
綾小路清隆という存在は、気づけば心の中で、誰よりも大きな存在になっていた。