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僕柳原淳弥は死ぬ前にこの世に何かを残したいと思う。例を上げるとすれば漫画家や小説家などの作家は作品をこの世に残す。そうなれば自分が死んだあともその作品がある以上その作家の名前は残り続ける。でも僕は何も取り柄がない。ましてや絵は下手だし、文才だってない。(というか小説なんて書いたこともない)そんな誰かの背景でしか生きられないような僕に何が残せるのだろうか。と学生ながらに少し焦りを募らせている。はたまた何かを残せないのならばせめてなにか非現実的な出来事が起きてほしいと思う。
でも多分僕の考えは少数派なのだろう。今どきの若者はただ今を楽しく生きていらればそれでいいのだ。まぁそれを過ぎれば社会人だから、もちろん働かなきゃいけない。もちろんニートで生きるならそれもありだろうけど。
そんなことを考えては結局は何も打開策はないのだとその日もただ眠りについてはあっという間に夜が明けなんの変哲もない次の日がやってくる。
そうやって人は余生を過ごし死んでいく。親族は悲しみ故人は土へと還る。そして時間が立つにつれ自分を知っている人物も次々に死んでいく。そして「僕」という存在は時代とともに薄れてやがて跡形もなく消えてしまう。
それはこの世の理であって変えることはできない。だから人はその中でいかに素晴らしい人生を送るのかが重要なんだ。
〜何の変哲もない人生、そのうちのひとつ〜
今年の四月僕は高校二年生になった。
友達は少しだけできた。クラス全員がが徐々にグループを作り始じめ各々が自分のクラスでの立ち位置を理解する。
そうしなければきっとこのクラスでの居場所はないだろう。
進級から一週間、昇降口にはいるや否や余り物同士で友達になった阿多部と佐々木がこちらへと
向かってくる。
「柳原ーおはよ」
と友達になってから日数が浅いからか少しよそよそしさを感じる。きっと数日話さなかったら関係はぷつりと切れてしまうだろう。そんなものなのだ、去年の友人はクラスが変われば「他人」。よっぽどのことがない限りはもう関わることのないそんな薄っぺらいたった一年で切れてしまう細い細い糸のような脆い関係。もっとも来年まで続いたとしてもその後は同様の結末だ。
「おはよう。阿多部、佐々木」
覚えておくといい、友達になったばっかりのときはしっかり名前を呼ぶといい。じゃないと去年の僕のようにそこそこ喋れる人ができてもその人の名前を呼ぶのにすぐ慣れないと一年の終わりまでその人の名前を呼ぶことがなくなるからね。
ホームルームが始まる。教室には重い空気が流れる。その原因は担任である蕗谷のせいだろう。
すごく厳しくていちいち口出しをしてくる。と初日から評判は悪くいわゆるハズレ教師という奴だった。
だが僕から見ればそんな教師にも考えがあるんじゃないのかとなんて思ってしまう。実は一番生徒思いで…とかなんとかそんなこと言われたって生徒にとっては嫌な先生に代わりはない。ホームルームが終わって担任が教室を去ると、クラスメイト達は活気を取り戻す。
僕の席は窓側で少し開いた窓からは校庭に咲いている桜の香りが香る。
たった一年、そう次桜が咲く頃にはここにいるやつらの大半は来年には関わりがない他人になる。
「あの夢を見るようになるまでは」