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◻︎桃子のレッテル
和樹と桃子と私の3人の話し合い(?)が終わった後、私は奈緒に“報告するから”と言って呼び出した。
「で、どうするの?慰謝料は」
録音データを確認したあと、奈緒が訊いてきた。
「どうしようかな?和樹からはもう取れるモノもないしなぁ。桃子も貯金は無さそうだし。それよりも、あの二人に“いつでも慰謝料を請求できる権利”が私にはあるというだけで、気分がいいけどね」
「請求しないの?のんびりしてる暇はないかも?ちょっと調べたんだけど、時効もあるみたいよ、ほら、不倫を知ってから3年だって。あ、でも、時効が成立するにはいくつかの条件があるけどね」
奈緒はスマホで、離婚弁護士のサイトを開いて見せてくれた。慰謝料請求のための書類や、必要な証拠、条件、有効期限などが書いてある。
「へぇ、知らなかったことがたくさんあるね」
「でしょ?私もね、離婚してから知ったんだよね。ま、私の場合は、修羅場で暴れて立場が弱くなってしまったんだけどね。だから愛美には失敗してほしくなかったんだよね」
「ありがとう。おかげで存分に恨みつらみを晴らせたわ」
「で?どうするの?慰謝料は」
更に訊かれて考えてみる。和樹には請求すれば、分割でも取れそうだけど、桃子はどうだろう?逃げてしまっては、追いかけるのも大変なことになるかもしれない。
___そこまで、お金が欲しいわけじゃない
「私が欲しかったのは、桃子の社会的なダメージと、桃子に無惨に捨てられるあの人の姿だからね。目的は達成できたよ。だから何かキッカケがあれば慰謝料請求するけど、書類作るのとか大変そうだし」
「まぁね、そういう法的な書類って苦手だな、私も」
「でしょ?でもさ、あの二人にしたら、“いつ、いくらの慰謝料請求がくるかわからない”って不安がずっとつきまとうわけよ。それだけでも結構なストレスだと思うわ」
一気に喋って喉が渇いて、レモネードをおかわりする。
「そうだね。毎日ポストを見るのもビクビクかもね」
「それに、お金を取ったとしてもその使い道を悩むのと、もう関わり合いたくもないのに何かしらの連絡先を交換しなければいけないってのがイヤ。それよりも、桃子には“そういうことをしていた女”というレッテルを貼りたいんだよね」
「ある意味、そっちの方が怖いね。どこまでこの不倫のことが付き纏うかって想像すると……」
目に見えない、ネット社会の鎖のようなもので桃子を絡めておきたいと思う。私とは関係ない場所で。
「ねぇ、奈緒、もう一度、あのSNSに投稿しておいてくれないかな?」
「いいけど、なんて?」
「“友達の旦那さんとは連絡がつきました。ありがとうございました。ただ、この女性は、慰謝料の支払いが嫌で姿を隠してしまったので、見かけたらおしえてください”みたいな感じで」
「あの、目隠しのままでいいんだよね?」
「うん、あまりにも直接的だと、反対に訴えられるかもだし。それでもわかる人にはわかるから。あ、Mさん、とだけ書いておいて」
「桃子のMね、わかった」
奈緒はスマホを取り出して、操作していた。
「これでよし。拡散希望ってやつも、タグつけといた。そういえば、薬は?」
「もとに戻しておいたよ。落ち着いてもう一回調べれば、ただの胃炎の薬だってわかるし、病院へ行けば検査結果も教えてもらえるはずだけどね。あの感じだと、病院にはなかなか行かないだろうなと思うけど」
「飲んでなくてよかったね、薬」
「ちょっとヒヤヒヤしたけどね、あの人の性格から絶対飲まないって自信があった。効能書きみたいな書類も目を通さない人だから」
「さすが、長年嫁をやってると旦那の性格なんて手に取るようにわかるもんなんだね。で、ご主人…もとい元ご主人はどうするのかな?」
「いざとなると、すごく気が小さいからね、なかなか病院へ行かないかも?行ったところでガンの薬の話をしても、中身は戻してあるから病院じゃ取り合ってくれないだろうし」
「そういうのを、キツネにつままれたみたいって言うんだろうね」
「でも、私のことを騙していたんだから、おあいこだよ」
「で、その桃子はどうするのかな?」
「さぁ?あの調子だと、逃げたと思うよ」
「不倫ってさ、結局、それくらいの関係なのかもね」
「ん?」
「他人のもの、だから、よく見えて横取りしたくなるけど、実際手にしたら大したことない。けど、夫婦はね、そこまで積み上げたものがあるから、もっと繋がりが強いと思うんだよね。それを簡単に切ってしまうんだから、バカだよ、うちの元旦那も愛美の元旦那も」
「そうだね…」
カランとグラスの氷が溶けた。