3月2×日。
あの事故から、一週間の時が流れた。君のいない時間は、妙に色あせていて。自分が生きていることすら、あいまいに思えた。
ICUから一般病棟へ移り、やっと面会できるようになった君の元へと、見舞いに行った。
君の眠る部屋は真っ白で、カーテンもベッドも白ばかり。そんな中、君の姿だけが光り輝いて見えて。
君がこの世界に、閉じ込められているような錯覚におちいった。
近づくと、君の細い腕には、ビッシリと無数の管(くだ )が繋がっていた。それらが君から意識を奪っているんじゃないかと不安になり、君から引きはがしてしまいたい衝動にかられた。
もちろん、そんなことはできなかったけれど。
君と世界を繋ぐのが俺じゃなくて、消毒液の匂いがする管だってことが、たまらなく嫌だったんだ。
俺の頭の中には、君しかいないのに。君の中には、俺がいない気がして。
寂しくて、悲しくて。君が離れていってしまいそうで、どうしようもないくらい、怖かった。
4月×日。
今日も君は、目を覚まさない。でも、嬉しいことがあった。君の酸素吸入器が外されたんだ。緑色のフィルターを外した君は、やっぱりきれいで、かわいくて。
俺はガラにもなく、照れてしまった。君の素顔を見るのが、苦しくてたまらなかったんだ。
4月1×日
君の母親に感謝された。中学の卒業と高校の入学が重なって、忙しいせいだろう。残念ながら、君の友達は俺しか来ていない。
でも、君を独り占めできる時間は、俺にとって幸せだった。
4月2×日。
いいことは、続かない。
君の母親に呼び出された。優しい君と同じで、優しい君の母親。その声は、君に似ている。
だからこそ、その口からつむぎ出される言葉に、俺は深く傷ついた。
『琴音はもう、目を覚まさない。だから娘のことは忘れてほしい』
要約すると、そんな意味のことを言われた。実際はもっと、優しい言いかただったと思う。俺を気づかった言葉だったと思う。
だけど、その時の俺には、意味が分からなかった。
脳が理解することを拒んでいた。
耳が聞くことを拒否していた。
全身が否定した。
認めるな。受け入れるなと。
「嘘だ……」
信じない、信じない、信じたくない!!
君が、もう。
目を覚まさないなんて、そんなこと……。
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