5月×日。
君の母親に心配をかけてしまった。たぶん俺が、ひどい顔をしていたからだろう。
……ごめん。ここには正直に書くと決めたから。ちゃんと、正直に書かせてもらう。
昨日、俺は……。
自分の父親に、殴られた。
「偏差値の低い学校に通わせてやったのに、なんだこの成績は!」だってさ。
君のことを言い訳にしたくないから、なにも言わずに黙ってたけど。
母親は泣いていた。
「せっかく、お願いしたのに」って。いったい、なんのことかと思ったよ。
いや、心当たりはあったと思う。ずっと違和感があった。
だって、そうだろ?
君の母親が言うはずがない。俺と君を引き裂くようなこと。人を傷つけるようなことを。
「……どういう意味だよ、それ」
その時の俺は、自分でもゾッとするくらい低い声で母親にたずねていた。
普段、反抗しない俺の怒りの声に、母親は一瞬だけ戸惑った。
そして次の瞬間、母親の口から出た言葉。
「凪斗とは、関わらないでって。雨水さんには、何度もお願いしたのに……」
やっぱりな。そう思いながらも、いざ言葉にされると、ショックのほうが大きかった。
なんでそんなこと言うんだよ!?
なんで、よりにもよって、こんな時にっ!!
カッとなって、母親を怒鳴りつけたい気分だった。それと同時に、奇妙な期待が芽生えた。
君の母親に言われた言葉は、なにもかも、嘘だったんじゃないかって。
全ては俺の両親が作り上げた、嘘だったんじゃないかって。そんな淡い期待をした。
そんなわけない。本当は違うと、わかっているのに。
君の母親は、誰かに言われたからって、あんな嘘をつける人じゃない。それを俺は、知っていたのに。
自分の苦しみから逃げたくて。自分の現実から逃げたくて。君のいない世界にいるのがつらくて。
言ってしまったんだ。聞いてしまったんだ。君の母親に。
「全部、本当のことを話してください」と。
受話器ごしに分かるくらい、君の母親は落ちこんでしまった。その声に水分が含まれていき、俺は自分の行動を恥じた。
今、誰よりもツラくて苦しいのは、この人なのに。
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