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更新楽しみにしてました! もしかしてゆうらんにたっちゃんが絡んでくる展開に…? もしそうだとしたら私得です♡

待ってました〜♡ 楽しみです!!
やばい!嬉しい!このお話だーいすきです!
 
 
 「ねぇ?あんた誰?祐希は?」
 吐き気を催す程の匂いに顔をしかめ、応えられないでいる俺に詰め寄る女性の声は更に甲高いものになっていく。
 キンキンと頭に響く。
 
 
 「俺は‥」
 それでもこの場を収めるため、言葉を発しようとした時‥不意にもう一人の声が被さる。
 
 「ねぇ、ユミ、そんな急かしたら迷惑でしょ?困ってるよ、彼‥」
 
 もう一人いたのか。
 彼女‥ユミという女性の後ろに同じ背格好の女性が佇んでいた。こちらは目線が合うと口角を上げニコリと微笑む。
 
 「ごめんなさい、びっくりしたでしょ。私達、祐希君と同じ大学の同級生なの。私はヒナで、こっちがユミ。ユミが祐希君の携帯に電話するんだけど、連絡がつかなくて‥もしかして家にいるんじゃないかと思ったから‥」
 
 「そうやったんですね‥」
 祐希さんと同級生か。穏やかにそう話すヒナさんを見つめる。
 艶のある綺麗な黒髪のボブカット。透明感のある肌にこちらも大きく潤う瞳が印象的だった。微笑を浮かべる表情に、奥ゆかしく知的な印象を受ける。
 その瞳が興味深げに探りを入れるように俺の瞳を覗き込む。ほんの少し刺さるような視線を一瞬感じたが‥瞬きする間に搔き消された。気の所為だったのだろう。
 「すいません、今、祐希さん家に居なくて‥」
「あれ?藍じゃね?お前、藍だろ?」
 祐希さんは不在である事を告げる前に、またしても言葉を遮られた。声の方に目を向けるとヒナさんの後方から、長身の男性が近づく。
 すぐに分かった。祐希さんと同級生の太志さんや。
 「太志、遅いよ!!」
 「ユミが早いんだよ。そんなに祐希に会いたいわけ?」
 「もちろん♡」
 「昨日も嫌がる祐希にしがみついてたもんな。クスクス‥」
 「は?嫌がってないし!祐希は照れ屋なんだってば!」
 「そうか?そうは見えなかったけど‥ていうか、どうせならユミじゃなくてヒナにくっついて欲しそうに見えたけど‥なぁ?ヒナ?」
 「やだなぁ、そんな訳ないよぉ‥祐希君が私なんて‥」
 太志さんの言葉に途端に顔を真っ赤にし恥ずかしそうに俯く。白い肌が瞬時に赤く染まる様は、祐希さんに惚れているんだと‥否応なしに伝わってくる。
 そりゃそうか。
 祐希さんになら、誰だって恋心を持つだろう。
 頬を染める少女のような仕草に、知らず知らずのうちに溜息が漏れた。
 
 俺も女性やったらこんな思いしなくて済んだんやろか‥
 考えても仕方ない事を俺は延々と悩み続けるのかもしれない。俯き、ぼんやりと考えていると、太志さんの不思議そうな声が落ちてきた。
 
 
 「ところで、藍?なんでお前祐希の家にいるの?」
 「え‥」
 「前からよく試合見に来るし、祐希もお前の事、気にかけてたけど‥へぇ、家に来る間柄になったんだ?知らなかったわ。俺より親密な仲じゃん!」
 「親密ってわけでも‥‥ここに来るの‥何回しか‥ないし‥」
 言葉尻をすぼめるように話す俺を何故か楽しそうに覗き込む太志さんの瞳から慌てて視線を逸らした。
 
 「親密だろ!俺、一回も部屋に呼ばれたことないぞ。催促しても嫌だとか言うし‥って、祐希は?」
 「それが‥俺さっき起きたんすけど‥祐希さん、いないみたいで‥」
 「は?いない?マジで?祐希‥お前置いて出ていったの?」
 よほど驚くことなのか、目をパチクリとさせている。
 「信じられん。祐希が‥」
 「そんなに驚きます?」
 「そりゃ驚くだろ!多分、お前が寝てたから起こさないように配慮して、出掛けたって事だし。普通、自分が留守にする時に部屋に置いていかないだろ?俺なら余程、信頼してる相手じゃないと、やらないな。祐希も同じだと思う。余程、親しい仲なんだな?お前ら」
 
 「はぁ‥‥」
 親しい仲どころか、俺たちは付き合っている。
昨日なんて、身体の関係まで持ったわけだし。
 だが、目の前にいる太志さんにそんな事を言える訳もなく、言葉を濁した。
 祐希さんと親しい太志さんでさえ、俺との関係を知らない。祐希さんが話すわけもないか。分かりきった事なのに、胸がギュッと苦しくなる。
 男と付き合ってるなんて言える訳ないよな。
 俺だって周りには話していない。
 話せるわけがない。こんな関係‥。
 
 
 
 
 ‥ふと、気が付くと、ヒナという女性が食い入るように見つめている事に気付いた。
 どうしたんやろ。祐希さんの家にいた事が気になるんやろか。綺麗な女性に凝視されている事に居た堪れなくなった時‥
 
 不意に派手な着信がその空気を震わせた。
 
 手に持っていた自分の携帯を確認すると、
 
 着信。それは、同じ高校のバレー部の先輩、達宣先輩からだった。
 
 「あっ‥しまった‥」
 名前を確認した途端に、思い出す。今日は、たっちゃんに会う約束をしていた事を。
 約束の時間はとうに過ぎている。かなり焦りながらも、対応すると、怒る気配もなく、穏やかな声にホッとした。
 良かった。怒ってないみたいや。
 「これから、会えるか?」
 「うん。いつものところでええ?」
 了解という優しい声に頷き、携帯を閉じる。
 優しいな、たっちゃんは。昔からそうだった。そんな事を考えながら、携帯から視線を上げると、また、ヒナさんと視線が絡む。
 電話している間もずっと見ていたんだろうか。
俺の一挙一動を見逃すものかというように食い入る瞳に何故か‥耐えられなかった。
 
 「すいません‥俺、用事あるんで‥その‥祐希さん‥帰ってくるまで留守を頼んでもいいですか? 」
 「え‥いや‥それは‥」
「もっちろん!祐希の部屋見てみたかったし♡だから、安心して、帰っていーよ♡」
 太志さんの言葉を遮り、ユミさんが嬉しそうにそう答え‥身を乗り出していた身体は靴を脱ぎ捨て、足早に部屋へと駆け出していく。
 
 「え?おい、待てよ。勝手に決めんなっ。てか、祐希の私物に触るなよ。俺が怒られるんだぞ!」
 慌てるように太志さんもそう言い、彼女を追いかけていく。
 
 ドタバタと部屋に入る2人を何とも言えない気持ちで眺めていたが、そんな俺を今だに凝視するヒナさんに‥やはり狼狽えてしまう。
 「あっ、あの‥俺‥これで失礼します」
 
 何かを口にしようとしたヒナさんから逃げるように、それだけ伝え、あとは振り向くことなくエレベーターへと向かった。
 
 少し歩いただけでも、腰に響く鈍痛を必死で堪えながら。
 
 本当は、祐希さんが帰ってくるのを待っていたかった。
 
 今すぐにでも、顔が見たかった。
 
 祐希さんに、
 
 会いたくて堪らなかった。
 
 
 未練がましくも、エレベーターに乗り込み、深い息を吐く。体の奥深くがズキズキと痛かった。
 
 
 祐希さんと繋がっていた部分の感覚が、否応なしに熱を思い出させる。
 それが嫌で、痛みを感じながらも夢中で走った。
 
 
 振り切るかのように。
 
 
 
 
 
 祐希Side
 
 「祐希、遅いぞー♡ 」
「は?ユミ?‥え‥なんでいんの?」
 
 
 乱れた息を整えつつ家に帰ると、そこには顔見知りの3人が勝手知ったる我が家かのように寛いでいるのに呆然とする。
 
 いや‥一人だけ違うか。ユミは、長い脚を堂々と投げ出し、下手すれば下着が見えるのではと思うほど開脚している。
 太志も、テーブルに突っ伏して、俺を見上げるなり、ニヤニヤ笑っている。
 
 そのユミの隣で、慎ましく正座をしているヒナだけは、俺を見て困ったような微笑を浮かべていた。
 
 「祐希君‥ごめんね‥押しかけるつもりじゃなかったんだけど、電話しても繋がらないから、心配になって‥」
 「ごめん、携帯忘れてた。慌ててたから‥いや、それより‥藍は?いないの?」
 
 「藍なら、電話きて、そのまんま出掛けたぞ。てか、お前ら、いつの間にそんな仲良くなったわけ?」
 
 
 俺を見ながらニヤケ笑いを浮かべる太志には、無視を決め込み、そのまま部屋を見渡す。
 確かに、藍は居なかった。
 
 
 今朝、目覚めた時、隣でスヤスヤと眠る藍の寝顔を不意に思い出す。
 
 本当なら、ずっと眺めていたかった。
 
 初めて見る寝顔を堪能したかった。
 しかし、その日はコーチに呼ばれていた事を思い出し、慌てて出掛けた。
 
 チラリと覗き込んだ無防備な寝顔を見て、起こすのは可哀想だと。むしろ、このまま寝かせていようと思った。
 急いで用事を済ませ、帰ってきたらいいだけだ。
 そう思い、起こさないように出掛けたのに。
 
 
 「もう帰るのか?」と驚くコーチを置いて、帰宅したのに。
 
 
 
 「あいつ‥帰ったのかよ‥」
 
 
 ポツリと呟いた声に気付くものは誰一人いない。
 
 その時、手に持っていた袋を床に落としてしまった。
 
 可愛らしいパッケージに包まれた某有名店のガトーショコラ。
 希少なチョコを惜しみなく使ったガトーショコラだそうだ。
 
 
 残り僅かという売り声に、藍の顔を思い出し、慌てて購入したもの。
 
 
 買う時は、あいつ、喜ぶかなとそればかり考えていたが‥
 
 「‥好きかも分かんねぇのに、俺‥何買ってんだろ‥」
 
 藍が何が好きで、どんな物を好むのか。
 
 俺は何一つ知らない。
 
 
 聞いたこともない。
 
 
 昨夜まで肌を重ねていたあいつの事を何一つ知らないんだ、俺は。
 
 手から滑り落ちたガトーショコラを眺めながら、暫くは動けずにいた。