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猫塚ルイ

三月某日。
鹿取家の庭の桜の木にも花が色づき始めたあるうららかな春の日差しが心地よい日。
産婦人科に元気な産声が響いた。
つい昨日、レントゲンを撮り大丈夫でしょうと帝王切開を免れたばかりだったのに、安心したのか、私は元気な女の子を出産した。
髪もふさふさの金髪で、瞳もデイビーと同じ紺碧色。
「嗚呼、美麗! 美麗! ありがとう。可愛いです。可愛いですよ。美麗にそっくりだっ」
どう見てもデイビーにそっくりな赤ちゃんを見て、興奮気味にそう言う。
仕事を抜け出し、夜通し付き合ってくれたデイビーからは疲労が感じられず、そのまま赤ちゃんを抱いて飛んで行ってしまいそうな雰囲気だ。
陣痛が夜始まり、うたた寝しては陣痛の痛みで起きるの繰り返しで体力を削がれてから漸く分娩室へ上がった時は既に体力が無くて死ぬかと思った。
痛すぎて、記憶が曖昧だ。
個室へはデイビーがお姫様抱っこで運んでくれたけど、いまいちまだ身体が自分のモノじゃないように思える。
ただ、看護師さんにデイビーの私を励ます声が五月蠅過ぎると何度か注意されている姿を見た気がする。
おかげで、声を我慢して力んでしまったせいか、ちょっと切れてしまったらしい。
綺麗に縫えたみたいだから問題はないらしいけど。
赤ちゃんを抱っこしたいのに、ベットから起き上がる気力がない。
「デイビー、先に抱っこして」
時折欠伸をしたり口をパクパクさせるがぐっすりと眠っている赤ちゃんを、デイビーは恐る恐る覗くだけで、抱っこをしようとしない。
「それは美麗からですよ」
「力が入らないの」
そう言うと、助産婦さんを呼んでくれて助産婦さんが私の手の中に赤ちゃんを抱かせてくれた。
桜が満開のように真っ赤な顔で、目を閉じる赤ちゃん。
指を手の中へ伸ばすと、反射的に握り返してくれた。
「……可愛い」
涙で視界がぼやけてしまうけど、可愛い。
デイビーが私を、見つけてくれたから。
こうしてこの子と出会えた。会うことができた。
「美麗、ありがとう。美麗のおかげで私は今、幸せです」
それは私の台詞なのだけど、満身創痍な今、上手く言葉が出てこない。
「私も」
赤ちゃんのまだ少し湿っている金髪の髪を撫でながら、少しだけ目を閉じた。
幸せに包まれて。
夢を見た。満開の桜の木の下、父の形見の扇を広げる。
すると、桜の花びらが次々とその扇の上へと舞い降りてくる。
重たくてその扇を両手で持っても、どんどんどんどん花弁は舞い降りてくる。
周りが花弁で見えなくなった時、ふわりと身体が浮かんだ。
彼が私の身体ごと、花弁を受け止めてくれたんだ。
嬉しくて嬉しくて、花弁に埋もれていっても彼と二人なら怖くないって気付かされた。
「お姉ちゃん、起きたよ」
「し。まだ寝かせておきなさい。今日は疲れているんだから」
「赤ちゃん、しわくちゃで可愛いね」
母と美鈴の声で目を覚ますと、空はもう茜色に染まっていた。
長い影が、私とデイビーの繋いだ手にも伸びている。
パイプいすに座り、ベットに突っ伏すように眠っている。
デイビーも徹夜だったのだから仕方ない。ほっとした幸せそうな寝顔だ。
「桜は?」
「今日は看護室預かりで、母とは明日から生活でしょ」
「そうだったね」
「はい、ジュース」
手元に桜が居なくなるのは寂しいけど、今日はぐっすり休んで明日から一緒に頑張ろう。
「幹太さんも桔梗さんも、あと佐和子さんも見に来ても大丈夫かと言っていたよ」
「もちろん」
「ちょっと、桜の様子を見て来てあげるわね」
母が落ち着かない様子で、看護室へ向かう。
美鈴によると、先ほどから何度も眠っている桜を見に行っているらしい。
そんな母をクスクス見送った後、美鈴が蕩けるような顔で言う。
「可愛い名前だね。桜色のほっぺだったしぴったりだよ」
「うん。これしかないって思ってたから」
母が色々言いだす前に名前は二人で決めたかったので美鈴たちは今日初めてその名前を知ったのに、納得した様子だった。
私たちも、ずっとそう決めた名前だ。私たちが出会うきっかけになってくれたあの日の桜から。もしイギリスに帰還したいと桜が言えば、イギリスは二重国籍できるので22歳までに自分で国籍を選択できるらしい。だから、ミドルネームもちゃんと考えている。
「あ、ぬいぐるみ! 持って来たよ。三体飾っていい? それと、銀のスプーンも」
袋から取り出したのは、私が作った殷紅色の着物と真っ赤なリボンのデデイベア、美鈴が作ったカラフルな継ぎ接ぎだらけのデデイベア、そして二周りほど私たちのベアより大きなベアは、デイビー作の可愛い桜柄だ。
同じ型紙から作ったのに、彼だけどうしてこう大きくなったのか分からないけど、三体並ぶと可愛い。桜の居ない代わりにと、私の枕元に並べた。
「美鈴、カメラ持ってきて」
母がノックもなしに部屋を開けて美鈴を呼ぶ。
「んん」
母の扉の開閉の雑な音のせいで、美鈴が居なくなったタイミングと同時にデイビーも起きた。
おはようの意味を込めて鼻にキスをすると、デイビーは唇へキスを落とす。
彼の眼は輝いていて、今にも甘い賭けを言いだしてきそうな幸せそうな表情をしていた。
Fin
コメント
1件
みぅ🤍🥀です〜! エピローグ、読了しました…! デイビーの「美麗にそっくり!」って興奮してるとこ、絶対パパにそっくりなのにって思わず笑っちゃいましたw 桜の花びらが舞い降りてくる夢、すごく綺麗で象徴的で…彼に全部受け止めてもらえる安心感、尊すぎます🥺 名前が「桜」なのも、二人の出会いを思うとグッときますね… 本当にお疲れ様でした、素敵な最終話でした🌙🕊️