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お供を二人引き連れて神社に移動する。
巫女さんに視線を固定している池流を引きずって、参拝までの手順を踏んで祓殿に向かう。
二人は最初の一回目だけ見学希望で特に問題なしとの事だった。いいのか、それで。
お前らが見るのは、大体意味が分からん神主さんの儀式の呪文の詠唱と、いつの間にか床に倒れる俺の姿くらいのものだぞ?
デバイスから呼び出した王王王のカードと、今日購入したランクアップ先のカードが祭壇に置かれて儀式開始。
ヤツが来る。
意識が儀式の場に移った事を自覚した俺がヤツの突撃に身構えていたのだが。
予想していた衝撃は無い。辺りを見回すとどこかの荒野…… いや、森か? 剥き出しの乾いた地面に焼け焦げた木々が乱立している。
少し時間が経つと獣の悲鳴が聞こえてきた。
胸騒ぎがして悲鳴が聞こえた方に向かって移動する。霊体のおかげか木々を初めとした障害物を無視できたので気配のする方にまっすぐ向かえた。
前より大きな悲鳴が聞こえた。紅く燃えているような柄の毛皮の狼が飛び出して、右から左に駆け抜けていく。
体から血が流れている。怪我をしているようだ。あれは、ランクアップの為に用意したフレイムウルフじゃないか?
その後を三匹のオオカミが駆け抜ける。王王王……か? 三匹とも殺気を漲らせている。怒り? いや、そんなものじゃない。憤怒・激怒? 認めない…… いや、これは、
許さない
一番強い意志は、多分これだ。普段はわんわんおー、と言ってくるようなヤツも例外なく、フレイムウルフを全力で殺そうとしている。
待て、という一言を発することが出来なかった。今、この三匹の眼中に俺は居ない。何故、ようやくそんな事を思考した頃にはフレイムウルフは三匹に八つ裂きにされ、それでも足りぬとばかりに、なおもその肉体を破壊されている。
そして、契約の場は閉じた。
意識を取り戻したらすぐに祭壇に置かれているカードを確認した。ランクアップに失敗したならカードは2枚残っているはずだが、そこにあったのはフレイムウルフのカードが1枚だけ。直ちにデバイスにインストールすると
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[ランク] F
[種族] フレイムウルフ
[名前] 王王王(ワン・ワンオゥ)
[種族特性] 《野生の嗅覚》《火耐性》
[個体特性] 《三位一体》《罠探知:F級》《騎乗術:G級》
[種族技能] 《咆哮》《火魔法:F級》
[個体技能] 《主格交代》
[契約義務]
・この個体は、主人が指定した生物・器物を乗せなければならない
・この個体の主人は、この個体が参加したダンジョン探索の終了後、この個体に最低3回以上の食事を与えなければならない
・この個体の主人は、この個体が参加したダンジョン探索の終了後、この個体に7日以内に最低1時間以上の散歩をさせなければならない
・この個体の主人は、この個体に散歩をさせた後は、この個体にブラッシングをしなければならない シャンプー・トリートメントもあれば、なお良い
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
契約の場で起きたあの惨状に纏わる様な物は何も無い。何も無かった。
確認後、神主さんにお詫びをした。「早く確かめたかったのでしょう? よくあることです」と言ってくれたが……
友人二人には少し心配された。時間が押しているので後で話すことを伝えて一旦外に出てもらう。
気を落ち着けて、次にセキローだ。王王王の時とは別の意味で身構えた。連続スプラッタに備えたつもりだったのだが、いい意味で無駄になった。深い森の中で佇んでいたフォレストハンターに、いつの間にか俺の隣にいたセキローが近づいていく。
セキローの咆哮にフォレストハンターも咆哮で応え、セキローの体が光に解けたと思ったらフォレストハンターに吸い込まれていった。光が収まったとき、そこにいるフォレストハンターがセキローであることが理解できて、その時点で契約の場は閉じた。
問題が無さそうなので、次に佐助、剛武のランクアップも済ませた。
佐助の場合は雷鳴が鳴り響く何処かの洞窟で二本角の黒い大鬼に酒を与えられて佐助がそれを飲み干したら体が膨れ上がりランクアップした。
膨れ上がった体は俺よりも、やや低い位の背丈だが、赤みがかった体は赤黒い色彩に変わり、体つきも肋骨が浮いた貧相な肉付きが細マッチョに、角もこめかみより二本生え、子鬼とはとても言えない想像上の鬼寄りの存在に変貌していた。
剛武の場合は砦だったのだが、フルプレートを着込んだ騎士の様なゴブリンの前で一体一の決闘を五回、それぞれ別のゴブリンとさせられていた。剛武が全ての決闘に勝利すると叙勲式の様な物が行われ、式が終わると儀式の場が閉じた。
そして最後に妖精の契約だ。
種族:小鬼もそうだがカードガチャ扱いされる種族はそれなりにあり、実はこの種族:妖精もその括りに入る。
妖精の中でもフェアリータイプの確立は結構高いのだが妖精は色々な種類がいるから、獣型・精霊型の可能性もそれなりにあるのだ。
フェアリータイプがあまりにも有名なのでハズレ扱いされているのだが。
同じ妖精なのにどうしてここまで扱いに差がついたのか…… 慢心、環境の違い?
儀式の場はセキローと同じように深い森で、若干日が差して明るい感じだ。
何かに導かれるように行き先が分かる。奥に進めば森にはホタルの様な光が舞い上がり、花の香りが程良い具合に鼻先を通る。森が開けてきた。たぶん、そろそろだ。フェアリー、フェアリーちゃんお願いします!
若干ダンジョンメンバーとしての実力に物足りなさを覚えるが、パーティーのヒーラーとして、また日曜日のメインキャストとして、対幼女用決戦兵器となる期待の新人として…… VIVAフェアリーちゃん! HAPPYバースディ! 新しいキミの誕生の日がやってきたよー!
とりあえずテンションを高くして歓迎の意を示す心を全開にしてみる。フェアリーと言えばカワイイ系筆頭にして楽しい事大好きなパリピ型種族のはず! その他妖精だったらごめんなさい! 良し、逝ける!
勢いを付けて森の切れ目に飛び込んでみる。
飛び込んできたのは森の広場。
光の舞はいよいよその幻想度合いを高め、極上の香水の如き香りを乗せた春風が穏やかに吹き抜ける。
太陽の光が飛び込んで世界中の幸福が集まったかのようなその場所には
誰もいなかった。
……あれ?え?もしかしてスベッた?テンション間違えた?
ヤバイ、今回は失敗したか!?
そう思ったら何かに気を向けられて視線が移動すると、広場の奥の切り立った崖の一角で止まる。
近づくと岩で隠されるように洞窟らしきものが有った。
若干背を屈めて奥に進むと少しして洞窟が終わり、これまた幻想的な空洞の広場が広がった。
天上から光の差す天窓のような大穴の端から滝の様に水が流れ落ち、広場の3分の1位は地底湖が広がっている。
先ほどの広場に比べればずいぶんと疎らで寂しげでは有るが、光の塊もいくつかフヨフヨと漂っていた。
そして、その広場の端っこの影の中でドンヨリとした湿り気の強い空気を纏い、萎びた感じの切り株に腰を落とし、俯きながら体と同じくらいの長さの煙管を咥えて紫煙を燻らせるフェアリータイプの妖精がいた。
「 」
言葉が出ないとは、この事か。
フェアリーは、こちらに三秒ほど顔を向け、俺に対する興味を無くして顔を元の向きに戻した。
チラリと見えた顔の目の下にクマがあり頬はやつれていた。解れや擦れが見えるビキニの衣装を着ているが、影の中にいるからか肌もずいぶんと荒れて色褪せている様に見える。漫画的な表現が許されるなら多分、目の上辺りに縦の三本線が入っている。ピアスやタトゥーは見える限りではしていない。
煙管から煙が消えると、突然、
ウヒャ、ウヒャヒャヒャヒャヒャ! ヒャーッハッハッハッハッハッハ! ウヒ、ウヒヒヒ
こんな感じで笑い出して、震える手で煙管の中身を詰め替えると火を点けて咽びながら何度も必死に煙を吸い込む。
しばらくするとまた、俯いて動きが無くなった。
……助けて(震え声
とりあえずまずは深呼吸。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー
凄く落ち着いた所で、シミュレーション回避! ……回避。
無理! こんなの想定無理! 俺、お医者様じゃないから! 精神医学も修めていないから!
畜生、何で俺の召喚モンスターは半分位厄ネタ持ちなんだ! くそ、こんな危険な所にいられるか! 俺は部屋に戻ってボウガン持って鍵を掛けて閉じこもりたいいいいいい!
「こんにちわ」
コミュニケーションの基本はアイサツ。ジッサイ大事。
……反応が無い。
「こんにちわ」
「こんにちわ」
「こーんーにーちーわー!」
……反応が無い。
よし、まずは試しに煙管を
「もし、お前が今思った事を行動に移したら…… 呪うわ、永劫に」
「アッハイ」
肉体が無くてよかった。
あったら漢の尊厳が危機に晒されるところだった。間違いない。
気を取り直して自己紹介だ。
「俺は」
「分かるから別にいい」
「アッハイ」
「「……」」
気まずい。非常に、気まずい。
何か、何か言わなくては。何を言えばいい。何だこれは。どうすればいいのだ。
「……私ね、疲れているの」
「はい」
御肩をお揉みいたしましょうか?
「……人間はね」
あ、煙管の煙が消えた。
「聞きなさい、あんたら人間は悪魔よ。そう鬼畜なのよ。自覚なさい。ねえ分かる?何年も何年も頭ポヤポヤでスカポンタン、能天気で陽気なキャラを演じなきゃいけない妖精の悩みが。ハート振りまいて言葉の端々に♪か☆かミ☆を付けなきゃならない悲劇が!そりゃあね、私達妖精は生まれてからしばらくはあんたらが思うような無邪気な子供よ?あんたら人間より少し長めの子供時代があるわよ?でもね、私達は成長が止まった種族じゃないのよ?見た目がどれだけ子供っぽくても成長って概念はちゃんとあるし成人だってするのよ?それを何?しばらく経ってイメージから外れると可愛くない、こんなの僕のピクシーちゃんじゃない、ハズレを引いた、子供が泣いた不良品だ返品してくれ交換してくれ!わたしゃペットかオモチャかショーモーヒンか!あんたら人間にとって妖精は媚を売り続ける事だけが生まれてきた理由だとでもいうのか!ふざけんなこんな生まれを返品できるモンならこっちがしたいものよ!それでも生まれてきた以上は食う物食わなきゃ生きていけないし妖精だって餓死なんかしたくない!一欠けらのチーズ、パン屑、スプーン一杯のミルクとハチミツ、これを手に入れるために”やっほ~♪皆元気?私は元気一杯だよミ☆ 今日もはりきってGO☆GO!”とか言わなきゃいけないのよ!ねえ、わかる!?わからないならアンタもしなさいよぉ!私と一緒に掛け声でタイミングを合わせて素敵な笑顔と大きな声で元気よく言いなさいよぉぉぉぉぉ!!!」
再点火、煙管スパー
「 」言葉が出ない。妖精界、闇が深いなー……
「ツライのよ」
「ハイ」
「もう、イヤなのよ」
「アッハイ」
「でも、飢え死にもイヤなのよ……」
おお、もう……(両手で顔を覆う
「それで、契約の条件だけど」
「すみません、ボク一般人なので気持ちが良くなるお薬はチョット。 いえ、ホント無理です! 手に入りませんから! やめて、やめてください! 警察を呼びますよ!」
すみやかに土下座、しめやかに拒否。
「呪うわよ」
「「……」」
格付けは終わった。
今日から人類はフェアリー、いやフェアリー様に仕えなくてはならないようだ。
いや、以前からそうだったにも関わらず愚かな俺はそれを知らなかったのだ。なんと罪深い。
鍵留がフェアリー様の知識を語っていた時、もっと真面目に話を聞いておくべきだったんだ……
あ、お猫様とどちらが上なのか論ずるのは知識奴隷の皆様にお任せしたい。卑しき労働奴隷には高度な判断は出来かねるのです。
「そこまで卑屈にならなくもいいわよ」
寛大なお言葉ありがとうございます、ありがとうございます。
「それで、契約の条件だけど」
「はい」
「さっきオマエの記憶を見たから事情は私も理解したわ」
「はい、ご理解頂きありがとうございます」
「子供の相手位なら何ていう事も無いし、少しくらいなら客の応対も出来るわよ」
「はい、流石フェアリーさんです、はい」
「ただ、わかるわよね?」
「……イイエ、モウシワケアリマセン」
「察しが悪いわね。そんなんじゃ妖精界じゃ生きていけないわよ」
妖精界の闇が広がっていく……
「いい、こっちもこの道でゴハンを食べているのよ。素人じゃないの。」
「もしかして、ギャラのお話でしょうか?」
「そうよ、ここまで話してようやく理解できたのね」
これだから人間は、と吐き捨てて沈黙する。
「……」
察しの悪い俺でもこれは分かる。いくら出す?と条件の提示を求められているのですね。
フェアリー様のお手数をお掛けして申し訳ございません。
「そういうのいいから、はよ」
心の声に厳しいご指摘が。
「しょ、召喚してダンジョンで働いて頂いた場合に1回に付き3食を、その他ご要望がございましたらご相談させていただけましたらと、はい。あ、もちろんフェアリー様には他の者とは違うプロのお仕事をして頂きますのでゲストの応対をしていただきました際には別途報酬をご用意させていただきますです、はい」
俺こんな滑らかに敬語だか丁寧語だかをしゃべれた憶えがないよ。人間やれば出来るものだったんだなー
「そう」
「はい ……いかがでしょうか?」
「悪くないわ」
もう一声、……まさかアレか!?
「すみません、私共と致しましても尽力はさせていただくのですが、流石にお薬の方は」
「違うわよ」
「申し訳ありません!」
「これは薬じゃないわ。もう、黴が生えたり腐ってしまったりして食べられなくなったパン屑・チーズ・牛乳を、そこらで取れる花の蜜と混ぜて練り合わせたものなの……」
燃やすと僅かに煙の中に混ざる元の食材の風味が、私の心を慰めてくれるのよ……
後半の呟き声が聞こえてしまった。
法で認められていない極めて私的なオクスリだと思っていたブツが、もっと深い闇を湛えた代物だった件。
「非常用に、長期保存の利く食料をご用意させていただきます」
「契約は成立したわ」
……成立したといったな。
だがこれは嘘だ。嘘だったんだ。
この後「やっぱりちょっと待って」を何度か繰り返し追加の項目が増えて行き、最終的な合意に至るまでに体感で五時間ぐらい掛かった。プロの契約ってこんなに大変なのか。次のランクアップの契約は一体どうなるんだ……
契約の場が閉じたとき神主さんに時間を確認した所、いつもどおり五分程度で終わったとの事。
もはや何も言うまい。
精神と時の間はここにあったんだ。皆も来ませんか?
風光明媚な森の中、時を忘れて妖精さんとお喋り出来る素敵な場所です。(白目