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2人はベッドの中で静かに寄り添っていた。絡み合う指。
肌に残る鎖の跡。
だがそれは、もう傷ではなかった。
美咲にとっても。
良規にとっても。
その痛みすら、「愛の証」として意味を持ち始めていた。
『ねぇ、美咲さん。』
「……何?」
『俺、今すごく幸せなんだよ。』
「そう……。」
『でもね……怖くもあるんだ。』
「どうして……?」
『だって、美咲さんが居なきゃ、もう俺は何もできない……。呼吸も、眠ることも、笑うことも、全部、美咲さんが居なきゃできないんだ。』
彼の瞳は、まっすぐだった。
そこに嘘はなかった。
–––––––––––––「私もだよ……」–––––––––––
美咲は、心の中でそう返す。
彼を閉じ込め、縛り、支配したはずなのに……
気づけば、自分自身もまた“彼なしでは”生きられなくなっていた。
それから数日。
2人は家の中で、ほとんど離れずに過ごしていた。
まるで長年連れ添った恋人のように。
朝は一緒に目覚め……
昼は映画を観て……
夜は抱き合って眠る。
その全てに、違和感はなかった。
ただひとつ、“常に鎖がある”ことを除けば……
『このままずっと、こうしてられたらいいのにね』
「……そうだね」
美咲は、そっと彼の手を握りながら微笑んだ。
だけど……
そのとき……
ふとした“不安”が、心をかすめた。
–-–––「……でも、もしこの関係が壊れたら?」–––-
もしも彼が、突然『やっぱり外の世界に戻りたい』と言い出したら?
もしも彼が、私以外の誰かを求めたら?
–––-––––—–「……絶対、許さない。」––––––––-
彼女の中に、静かに毒が回り始めていた。
「ねぇ、良規くん。……私と“契約”しようか」
『契約?』
「うん。文字通り、契約書を交わすの。“お互いを一生手放さない”っていう、恋人契約。」
『……面白いね。それ、どこかに提出するの?』
「しないよ。私たちの間だけの秘密。……でも、それが一番大事」
良規は、小さく頷いた
『分かった。……美咲さんが望むなら、なんでもするよ』
そして、ふたりはその夜、紙に“恋人契約”と書き、署名した。
【恋人契約】
•お互いを絶対に裏切らない
•離れるときは、どちらかが死ぬときだけ
•鍵は常に、美咲が持つ
•監禁は、愛の証と認める
『これで、もう本当に終わりだね。……全部、美咲さんのモノだよ。』
「ううん、違うよ……。」
『えっ……?』
「私も、良規くんのモノ。……だから、どこにも行かないでね」
その言葉に、良規はうっすらと微笑んだ。
だけど……
ほんの一瞬だけ……
その瞳に、怯えにも似た影が差したのを、美咲は見逃さなかった。
–––––-––––—「……気づいてる?」––––––––––
–––「私が“本物の狂気”になりつつあるって……」–––
それから数週間。
2人の生活は変わらなかった。
いや、“変われなかった”のかもしれない。
ある日、外から大きな物音がした。
「……!?」
美咲はすぐに良規の部屋へ走った。
彼は、ソファに座ったまま、テレビを観ていた。
「良規くん……なにか聞こえなかった?」
『うん。外で誰かが喋ってたかも。……でも、大丈夫。ここは防音だし、僕はどこにも行かないから……。』
彼は本当に、そう言った。
–––「だけど、いつまでもそれが続くなんて……保証は、どこにもない……。」–––
だから、美咲は決めた。
“永遠に逃げられないように”
良規を……
完全に壊してしまおうと……。
–––「良規くんが、自分で歩くことも、考えることも、話すことさえできなくなっても……私が全部、してあげる」–––
–––「良規くんが、ただ私に『愛してる』とだけ言ってくれたら、それでいいの……」–––
そう思った美咲は、ベッドの引き出しから小さな瓶を取り出した。
中には、微量の睡眠導入剤……。
ただし、強く依存性がある。
「これ、飲んでみる?」
『……薬?』
「少しだけ眠りやすくなるの。最近疲れてるでしょ?」
良規は、わずかに戸惑った。
けれど、美咲の笑顔を見て、黙ってコップを受け取った。
彼女の指が、彼の唇に触れる。
「……大丈夫。ね?」
そして、良規は薬を飲み干した。
その夜。
彼は、深い眠りに落ちた。
美咲は隣で、そっとその髪を撫でながら微笑む。
「……これで、もうどこにも行けないね」
「良規くんは私だけを見て、私の声を聞いて、私のために生きて、私の腕の中で死ぬの……。」
「ねぇ、良規くん。……愛してる?」
寝息の中で、かすかに彼が呟いた。
『愛してる……』
その言葉に、美咲の目が潤む。
愛してる。
愛してる。
何度聞いても足りない。
–––「ねぇ、良規くん……壊れてしまっても、それでも私を愛してくれる?」–––
その夜、彼女の心の中で「毒」は完全に形を成した。
次の朝、目覚めたとき……
良規はもう……
別人のような表情をしていた。