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此方 ヨモギマル 様 との コラボ作品 となっております。
1話 3話 は ヨモギマル 様 の 投稿 を ご覧下さい。
◇ ◆ ◇
「竜胆どーしたの」
「謝らなくても俺は怒ってないよ。大丈夫」
気付けば抱き締められていて、兄ちゃんの甘い香りが鼻腔をくすぐった。溢れる涙は止まることを知らず、兄ちゃんの胸元を濡らした。
兄ちゃんの優しい言葉に甘えて何度迷惑を掛けたのだろう。
俺の甘えがどれだけ兄ちゃんを苦しめたのだろう。
そんな事を考え始めれば自己嫌悪は止まらなくて泣きじゃくるばかりでまた兄ちゃんを困らせた。
兄ちゃんと二人きりの時間。
夜は兄ちゃんが男で居ることを唯一許してくれる、そんな時間。
世界に二人きり。そんな幻想を抱く程に兄ちゃんとの夜は俺の中で最も綺麗な記憶である。
そんな夜。暗い部屋に一筋の光が入る。
母だ。
扉を開けてこちらを覗いては俺を見るなり顔を顰めた。
兄と母の会話は耳には入らず、ぎゅっと目を瞑って母に背を向けた。
ふと手に冷たくて硬い感触。
兄のおもちゃだった。
こんなもの、こんなもの兄ちゃんが一度でも欲しがったか。母に強請ったか。
歯を食いしばって 玩具をつよく、強く握り締めた。
母が部屋を出るなり兄ちゃんに飛びついてわんわん泣いた。
そこからは泣くのに必死で記憶はあまりないが、兄ちゃんの暖かい手と優しい声だけは俺の記憶に暖かく残っていた。
「辛くないよ。竜胆が幸せならそれでいいんだ。」
目が覚めると兄ちゃんは部屋には居なかった。
いやに喉が渇いて、カラカラの喉からは掠れた吐息が漏れた。
水分を欲する身体に水を流し込んで嚥下する。
時刻は深夜1時。
昼間は色んな音で溢れかえる街もしんと静まり返っている。
ぼう、と水を見つめていれば兄ちゃんが居た。
「あ、兄ちゃん!」
ぱっと兄ちゃんの方を向くと、兄ちゃんの顔色が青い。ああ、吐いたんだ。すぐに分かって嘔吐の瞬間を思い出して喉の奥が酸っぱくなった。
「竜胆!良かった … 」
安堵の表情を見せる兄ちゃんに どうしたんだろう、と不安になる。
なんとなく、甘えすぎるのは良くないと分かっていたが今日くらいは、なんて思ってしまう。
兄ちゃんがお風呂に入っている間ずっと言おうか言うまいか、迷っていた言葉をぽつりと呟いた。
「今日 兄ちゃんと寝たい…」
兄ちゃんはあっさり受け入れてくれて、今にもスキップしたいくらいに心が踊った。
真っ暗な部屋で、兄ちゃんの暖かい手を握った。
握り返されればちいさく笑みが漏れて、身体も心も緩みきってしまった。兄ちゃんってすごい。
真っ暗な部屋。静寂な空間。静まりかえる夜。
「ちゃんと傍に居るからね。」
そんな兄ちゃんの言葉にぽろり涙が零れたのを隠すように目をきゅっと瞑る。
ちゃんと傍に居るからね。
その言葉が本当ならどれほど良かったか。
これはいつかの記憶。
もういつの事だったか、思い出すことも出来ない。
ねえ兄ちゃん、本当に幸せだった?