Side.桃
「……どうもすみませんでした。確認しておきます。はい、失礼します」
電話を切ると、はあーっと長くため息をつく。ここのところ仕事が立て込み、忙しさが増している。
優吾にも寂しい思いをさせてしまっているかな、とリビングで一人遊びしているのを見て考える。
乾いた喉を潤そうとキッチンに向かうが、そこでシンクに置かれた洗い物に気づく。
「あ…」
すっかり忘れていた。
冷たい水で流しながら、会社で進めている企画のことを考える。リーダーを任されているから、決して失敗はできない。
思案にふけっていたからか、傍らで呼ぶ優吾の声にも気づかなかった。
「パパ」
「…え? あ、どうした」
「これ、取れちゃったの」
と言って差し出したのは、あのお気に入りのバイクだ。よく見ると右側のヘッドライトが取れている。それを握っていた。
「ああ…、後で付けてあげる。もうちょっと待ってて」
優吾は納得いかない顔で戻っていく。
急いで洗い物を済ませ、道具入れから接着剤を取り出した。
「ほら、貸してごらん」
その小さな部品にちょっとだけ接着剤を付け、くっつけようとする。が、細かすぎてうまくいかない。
「うわあ…むずいな」
優吾は不安そうに見つめている。
「……よし」
何とか接着できた。安心して力が抜けたとき、左手からバイクがすり抜けていった。
おっと、と思ったときにはもう落下している。「あ」
慌てて拾い上げるが、バイクは無残にも後輪が外れてしまった。
やってしまった、と思った。これはヤバい。
「あー…優吾、ごめんよ…」
優吾は今にも泣きそうな表情だ。
どうしようか、ととっさに考える。とりあえず復旧を試みた。しかし、どうなっていたものか全くわからない。
「くそ…、無理か。ほんとごめん。新しいの買いに行こうか」
と言うが、とうとう涙があふれてきた。
「嫌だ、これがいいの! これじゃないとやだ!」
抱きしめても、腕の中でもがく。
それもそうだ。これはこだわりが強い彼の、一番のお気に入りだったのだから。
そう思うと、余計に罪悪感が増していく。
泣き叫ぶ声に思わず怒鳴ってしまいたくなるが、それは火に油を注ぐことになる。
こんなに大変なのは俺だけなのかな……と、優吾の泣き声を聞きながらぼんやりと思った。
続く
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!