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Side.桃
今日は休日だから学校は休みなのだが、優吾が起きてこない。いつもなら大体同じ時間に起きるのに。
「ゆーご、起きよ」
子ども部屋に入って呼んでも、布団をかぶって出てくる気配はない。
理由は明確だ。昨日のバイクのことがあったからだろう。
それは完全にこちらの責任なのだが、謝っても機嫌は戻らなかった。
「ねえ、お出かけしようか」
その言葉に、ちらっと頭を出す。
「サーキットに行こう」
優吾は目をしばたかせる。
「車とかバイクがレースするところだよ。今日はカップがあるって」
隣町にあるサーキット場のことだ。僕も子どもの頃に親に連れっていってもらった記憶がある。
「レース…!」
意外と釣るのって簡単だな、と飛び起きた優吾を見て微笑がもれた。
「ここ?」
そうだよ、と答える。
有名なグランプリだから駐車場はたくさんの人で賑わっている。親子連れも多い。
手を繋ぐと、スキップするように足取りが軽くなる。よかった、と安堵した。
チケットを買って観客席に向かう。「前がいい」と優吾は手を引っ張る。
「わあ、よく見えるね」
たまたま最前列が空いていた。コースがよく見渡せる。
「まだ?」
始まるのが待ちきれない様子だ。「もうちょっとだね」
しばらくして、いよいよ対決が始まる。
端のほうのスタートラインから、カラフルな車体が飛び出してきた。それは猛スピードで近づいてくる。
「わっ、速い! パパ見て!」
今朝までの不機嫌さはどこへやら、身を乗り出している。
「ほんとだ、もう行っちゃった」
とにかくものすごいスピード感だ。過ぎて行ったかと思えば、またすぐに一周回って戻ってくる。
さらにカーブのときに選手は思いきりバイクを倒す。転ばないかと心配になるほどだ。
一方の優吾は、そんな大人の心配などつゆ知らず目を輝かせている。「すごいすごい!」
ああ、少年だなあと思った。昔の俺にもあった時代だ。
ほかの子に比べたら苦手なことも多い。でも、物事への熱心さは負けていない。
家に帰り、途中で買った新しいバイクとミニカーを大切そうに抱く優吾を見て思った。
優吾が好きなものをずっと好きでいられるように、俺が守ってあげたい、と。
「パパ、ありがと!」
自分に向けられた太陽のような笑みは、思わず目を細めたくなるほどに眩かった。
終わり