テラーノベル
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拗らせすぎて嫌いあってるみたいになっちゃったふたり。
『犬猿の仲』。
そう言った時、僕の頭に真っ先に浮かんでくる人がいる。
「ねぇ日本。このレイアウト、修正した意味わかんないんだけど。」
隠す気のない不機嫌の滲んだ、刺々しい声。
彼の声を聞いた瞬間、無意識に態度を切り替えるスイッチが鳴る。
「韓国さん。資料、お読みになられました?」
「あぁ、もしかしてあの長ったらしいテンプレまとめのこと?」
「ビジネスの場だと弁えているんです、私は。」
「…わかったよ。」
靴のかかとを高く鳴らして韓国さんが去っていく。
ため息を吐いた。彼ではなく、自分に。
こんな言い方が良くないことなんて、わかっている。
ただ、どうしても言葉が凍ってしまうのだ。
***
「ほんと、そういうとこ、すきだなぁ。」
誰かが笑って、グラスを合わせる音。
注文を取るペンが走る音。厨房のガスの音。強めに回る換気扇の音。
酔いに滲む視界の隅で突っ伏した僕に、風邪引くよ、とコートをかけてくれている韓国さんが写ったから。
バレないように、音と音の隙間に溶かすように呟いたつもりだったから。
いくら言い繕っても、もう遅い。
「…え……?」
騒がしい店内の中で、彼の横顔だけが凍っていた。
確か、忘年会の二次会だったと思う。あの一気に酔いと血の気とが引いていく感覚は、今でも鮮明に覚えている。
顔を上げ、冗談です、と言おうとした僕に韓国さんは苦笑いのような顔で口を開いた。
「寝てなよ、酔っ払い。」
それきりだった。
静かに置かれた彼のグラスが、やけに強く光っていた。
翌日、彼は何事もなかったように、おはよう、とだけ言った。
その優しさが痛かった。
そこからは散々だった。
直後に取り組んだプロジェクトの方針で、大きくぶつかってしまった。
そこで僕が、彼が譲ればよかったのに、お互い譲れなかった。
変に開いてしまった距離を埋めたかったのだ。
気軽に話せる仲に戻りたかった。
だから、認めて欲しかった。特別になりたかった。
強い理由がないと、元には戻れないとわかっていたから。
焦った末にその想いが拗れて、捻れて、ほつれて。
「そういうところ、自分勝手ですよね。」
「はぁ?日本の理解力が足りないだけでしょ?」
傷つけ合うような言葉に変わってしまった。
精一杯腕を伸ばしても足りない距離に、心を打ち砕かれた。
届けたい、届かない。
自分たちはそこまでの仲だったのか。ならば仕方がない。
そんな、妙な意地だけが残った。
まるで、嫌いあっているみたいに。
***
昨日、久々に冷え切った彼の目に見つめられて、中々寝付けなかった。
週明けの会議室。
ぼんやりとする頭で、適当な席に座る。
列の前の方に座ったのが災いしたのか、一向に誰も隣に座ってくれない。
いつもは真っ先に飛びついてくるイタリアくんに視線を送ったが、口パクで今日は司会ドイツだし前だと寝れない、と言われた。
「…何?ぼっちなの?」
「…重役出勤ですか。優雅ですね。」
韓国さんは黙って隣に腰を下ろした。
どうしても気になって、ちらりと隣を盗み見てしまう。
彼は相変わらず目を合わさない。
でも、そのまつ毛がふるりと自制するように震えるのを何度か見てしまった。
彼も多分、何も言えずにいる。
想いのぶつけ方を間違えたせいで、次会った時にと言葉をためて、それを吐き出せないでいる。
もう、自ら千切れようと捩れる糸をどうすればいいかわからないのだ。
僕にも、彼にも。
***
資料をまとめる僕だけが残された部屋のドアが、控えめな音を立てた。
「…日本。」
振り向くと、韓国さんが立っていた。
「…どうなさいました?」
いつも通りの冷たい答え。しかし、その声に滲んだのは怒りではなく、臆病さだった。
「…その、最近、うまく話せてないな、って……。」
それだけ言って彼が黙る。
所在なさげに床を見つめる瞳には、悲しさの影のようなものが見え隠れしている。
「…ずっと前から、でしょう?うまく話せていないのは。」
そう返すと、彼は笑った。ほんの少し、唇の端を持ち上げて。
「ね。…何で、こうなったんだろうね。」
「…さぁ。韓国さんがいちいち突っかかってくるからじゃないですか?」
「日本が無駄に強がるからでしょ。」
すぐにケンカ腰になった口調に胸がざわついたが、韓国さんは笑っていた。
さざ波のように安心が心に広がる。
お互いの瞳を覆っていた糸屑が、ほぐれて、また糸の形に直っていく。
「…ね、日本。」
「はい?」
「…まだ、間に合う?」
何に、なんて聞かなくてもわかった。
「…日本、僕も好き。…その、どこが、とかじゃなくて、日本のことが、好き。」
ぎこちない動きで広げられた両腕。
消されてしまったあの日の僕が、泣き出しそうな顔で笑う。
夕暮れ時。
タイルカーペットに落ちた影が、一つに重なった。
(終)
コメント
4件
結局2人はツンデレなんすよねぇええ 拗らせまくって美味しい展開になってくのまじでめっちゃ好きです
深夜投稿、お疲れ様でした😌🍵 今回も本当に最高でした .. 😢❤️🔥 にわかさんの書く🇰🇷🇯🇵本当に大好きで もう 🇰🇷🇯🇵専用部屋作って欲しいぐらいです 笑 まあそれは置いておいて .. やっぱり すれ違いっていいですよね 🥺 不器用な二人を見てると 口角が 天井に刺さってしまいました 🥰