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不穏な伊日。微殺人表現(推奨、賛同の意思なし)。
同じテーマで書き分ける練習がしたいので、しばらく睡眠に関するネタが続くと思います。
「これで、終わるんですね。」
そう言うと、日本は口角を笑みの形に引き上げた。
しんしんと音を立てて深まっていく夜の中、全てを委ねるように寝転がった彼の喉元だけを、月明かりが照らしている。
「…そうだね。」
頷いて、ゆるりと手を伸ばす。彼の腕が背中に回された。
かじかんだ指先が、柔らかな肌に触れ、小さな温もりに絡みつく。
力を込めれば簡単に折れてしまいそうな、細い首に。
いいよ、と日本の唇が動いた。
掠れた声は恐怖によるものだろうか。
ゆっくりと、血管を伝って力がこもっていく。
夜空のような瞳が揺れる。
苦しい?怖い?
そこに浮かんでいたのは、遠くに光る星のような、どこか安堵に近い光だった。
まるで、ようやく何かに辿り着けたかのような。
自分を残して満たされようとする彼が憎らしくて、美しかった。
ひゅ、と日本が微かに息を漏らした。
自身の指に囚われた命が、蛍火のようにゆらりゆらりと危うく揺れる。
心臓がうるさい。
自分のものなのか、彼のものなのかは、もうわからない。
これが彼と繋がる唯一の道なのだ、と自分に言い聞かせる。
指先だけが異様に熱を持ち、脳が白く霞んでいく。
このままふたりで壊れてしまえばいい、と思った。
彼が自分のものになるのなら。
***
カーテン越しに滲む朝日で、天井が白くぼやけている。
外からはちゅんちゅんと小鳥の歌声。
絵に描いたような爽やかな朝の中で、ひとり、冷たい息を吸う。
隣を見た。
自分の影が落ちている。
じんじんと疼く手のひらを見つめ、肩の力を抜いた。
呼吸をする度、恐怖と快楽の混じった苦さが肺に広がる。
彼の息遣いが、耳の奥にべったりと張り付いていた。
***
「あっ。イタリアくん、おはようございます。」
にこり、と花が綻ぶように日本が笑う。
その赤みの差した頬を見て、また夢だった、と密かに胸を撫で下ろす。
「おはよ〜なんね!日本!」
「そういえば今日の会議、空調の故障で延期だそうですよ。」
「え〜!?iOたち頑張って準備したのに〜…」
「頑張ったのは日本だろ……」
斜め向かいのデスクの主、ドイツが呆れたようにそう言った。
ちゃんと寝れてるか、と心配げに細められた瞳がレンズ越しに日本を映す。
どくん、と心臓が不穏に鳴った。
***
たまには働け、と渡された資料をパラパラとめくる。
しかし、それらは全てレイアウトを考えるものだったりイタリアの特産品に関するものだったりと、苦にならないものばかりだった。
ドイツらしいと言うべきか。生真面目な甘やかし方だなぁ、とひとりごちる。
ぐ、っと伸びをして立ち上がる。
終業後の会社というものが珍しく、キョロキョロと辺りを見回してみると、見覚えのある背中が青色光に立ち向かっていた。
「…わっ!」
「ひゃっ!?」
彼らしからぬ大声を出し、薄い肩がびくりと跳ねる。
「イタリアくん……。」
「えへへ、びっくりしたんね?」
ぷくり、と不満げに頬が膨らむ。怒った顔をしているつもりなのだろうか。
非常に申し訳ないが、可愛らしいばかりだ。
デスクに貼られた無数の付箋に、ふと疑問が湧き上がる。
「…日本、ほんとに寝てるんね?」
少し屈んで綺麗な両目を覗き込む。
ふよふよと視線がさまよった。
「…日本。」
もう一度名前を呼ぶと、観念したように瞳が閉じられた。
「…最近、寝れなくて……。どうせそうなら、働いてた方がいいかなぁ、と……。」
お給料も出るし、と気まずそうに日本が言う。
ささくれだった桜色の唇と、眼下に濃淡を描くクマを見て、己の不甲斐なさに腹が立った。
「…iOって、そんなに頼りないんね?」
ぱちり、と驚きのためか日本は何度か瞬きをした。
「日本のこと、助けたいっていつも思ってるんよ。」
完全にフリーズしてしまった日本を前に我に帰り、慌てて踵を返す。
あんなことを急に言われても混乱するだけに決まっている、と自己嫌悪の情が渦巻く。
本当に、彼の前だと調子が狂う。
「……あの…っ……」
何でもない、と振った手を控えめに握られる。
振り向くと、頬を赤らめた日本と目が合った。
「…そ、それじゃあ……その……一緒にいてくれませんか。僕が、寝れるまで……。」
空調の音にかき消されてしまいそうなほど、小さな声。
潤んだ一対の黒曜石が、彼の出した精一杯の勇気を示していて。
不覚にも鼓動が早まった。
***
遠い日を手繰り寄せて、ほとんど聞いた記憶のない子守唄をゆったり歌う。
少しずつゆっくりになっていく日本の息遣いを聞いて、少し安心した。
薬もなしにここまで落ち着くのなら病気の類ではなさそうだ。
白魚のような手を取り、温めるようにすりすりと撫でる。
どれほどの時間を過ごしたのだろう。
日本はいつしか、目を閉じて深い息を繰り返していた。
伏せられた長いまつ毛が白い肌に影を落としている。
安心し切って身を委ねるような安らかな寝顔に、上下する首元に柔らかに注ぐ月光。
神話画のような光景に浮かんできたのは夢のことで、それだけは駄目だ、とかぶりを振った。
しかし、その妄想を肯定するかのように脳内に様々な笑顔を見せる日本が浮かんでは消える。
付き合いの長い中国や、仲の良いアメリカやイギリスに、犬猿の仲の韓国、散々怖がっているロシア、そしてドイツ。
彼がその笑みを向けるのは自分だけではない。
当然だ。彼は誰のものでもない、平等な太陽なのだから。
彼が誰のものにもならないのが悪いのだ。
誰かのものならば、諦めもつくのに。
知らぬ間にこもっていた力を抜いて、握っていた手を離す。
進むべき道を示すように、銀の照明は彼の喉元にだけ注いでいる。
震える喉で、生唾を飲み込んだ。
太陽の熱に引き寄せられるように、指先が彼を向く。
「……ははっ……。」
何だ、悪夢なんかじゃなかった。
あの夢は_____
彼に伸ばした指先が、何のためにその肌に触れるのか。最早、誰にもわかるまい。
(終)
コメント
3件
脳天気なイメージがあるイタリア君が実はいろいろなことを考えてる系めっちゃ好きです