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第三章 氷晶と炎音
第九話 南への旅立ち
出発の日。
王都の空は淡く晴れていた。
まだまだ冷たい風が吹いているが、降り積もっていた雪は少しずつ溶け始めている。
城門の前には、大勢の人々が集まっていた。
スカーレット・キャラバン。
各地を巡る大商団であり、旅芸人の一座でもある。
色鮮やかな馬車。
大きな荷を積んだ荷車。
出発の準備を終えた人々の表情は明るい。
その先頭で、団長オルレアンが国王へ深く頭を下げた。
「この度は温かい歓待をありがとうございました」
隣に立つフレアも優雅に礼をする。
「城の皆様にも大変良くしていただきました」
国王は静かに頷いた。
「こちらこそ感謝している。素晴らしい舞台であった。
またいつでも訪れるといい」
その言葉に商団の人々から歓声が上がる。
少し離れた場所では、リリアがしょんぼりと肩を落としていた。
「もっと見たかったです……」
ぽつりと呟く。
「あとひと月くらい居てくだされば良いのに……」
その前でシュンタが笑った。
「そんな寂しそうな顔せんといてや」
真紅の瞳が細められる。
「また絶対来るから」
リリアが顔を上げる。
「本当ですか?」
「ほんまほんま」
シュンタは胸を叩いた。
「なんやったら一緒に来る?
世界中案内したるで」
リリアの頬がぱっと赤くなる。
「えっ……!?」
その瞬間
ゴッ。
鈍い音が響いた。
シュンタが後頭部を押さえる。
「痛っ!」
隣にはアロハ。
無言で拳を引っ込める。
「何しれっと姫口説いてんだ」
「口説いてへんやん!」
「口説いてる」
さらに、冷えた視線が飛んでくる。
ジュウタロウだった。
「妹に妙なことを吹き込むな」
「なんでや!夢のある話やろ!」
「却下だ」
即答。
リリアがむっと頬を膨らませる。
「お兄様は過保護です!」
「当然だ」
「当然ちゃうやろ!」
シュンタが抗議する。
アロハが吹き出した。
城門前に笑い声が広がる。
そんな光景を見ながら、国王は静かに口を開いた。
「ところで」
空気が少し変わる。
「最近、国境付近で魔物の出現報告が増えている」
商団の面々も表情を引き締める。
「本来なら出発を止めるべきかもしれん」
国王は続けた。
「だが貴殿らにも旅程がある。
そこで、騎士団を同行させよう」
ざわめきが広がる。
その時だった。
「父上」
前へ出たのはジュウタロウだった。
白銀の髪が風に揺れる。
「俺も同行します」
周囲が静まり返る。
アロハが目を瞬かせた。
国王は息子を見る。
「理由は」
「最近の魔物の動きが気になります」
ジュウタロウは真っ直ぐ答えた。
「この目で確かめたい」
短い沈黙。
やがて国王は頷いた。
「良いだろう」
シュンタが目を丸くする。
「え、ジュウタロウ来るん?」
「護衛だ」
「やった!」
嬉しそうな声。
ジュウタロウは僅かに眉を寄せた。
「何がやっただ」
「旅は人数多い方がおもろいやん」
そう言って笑う。
ジュウタロウはため息を吐いた。
だが、不思議と嫌ではなかった。
-–
そして、商団は王都を発った。
長い冬の終わりの気配を帯びた雪原を進む。
白い道。
遠くに連なる氷山。
透き通る青空。
馬車の列はゆっくり南へ向かう。
商人たちの笑い声。
馬の蹄の音。
旅芸人たちの歌。
シュンタは荷馬車から楽しそうに顔を出していた。
騎士と話し、子どもと遊び、
商人と冗談を言い合う。
その度に周囲から笑い声が起きる。
「忙しい男だな」
白馬の上でジュウタロウが呟く。
隣のアロハが苦笑した。
「見てるだけで疲れる」
「同感だ」
その時。
遠くから声が飛んでくる。
「ジュウタロウ!」
シュンタだった。
「そんな怖い顔しとったらまた雪降るでー!」
「別に構わん」
「そういうとこやぞー!」
アロハが盛大に吹き出した。
-–
日が傾く頃。
商団は野営地へ到着した。
国境へ向かう途中にある中継地点。
周囲を雪原と森に囲まれた場所だった。
焚き火が灯る。
食事の匂いが漂う。
旅人たちの穏やかな時間。
けれど
白馬の手綱を握るジュウタロウだけは、遠くの森を見つめていた。
冷たい風が吹く。
「……妙だな」
誰にも聞こえない声で呟く。
そして、夜は静かに更けていった。
丸い月が、山の麓向こうから静かに顔を出す。
この時は、まだ誰も知らなかった。
森の奥に潜む、闇がこちらを覗いていることを。
コメント
1件
第28話、読み終えました……! シュンタの「一緒に来る?」発言、あれは絶対口説きだと思います(笑)。リリアが赤くなるところ、可愛すぎて思わずニヤけました。アロハとジュウタロウのツッコミも絶妙で、王都を離れる寂しさを和らげてくれる和やかな空気が好きです。 終盤、急に漂う不穏な空気がすごく気になる……「森の奥の闇」、めちゃくちゃ怖いですけど続きが気になりすぎます。comiさんの静かな世界観、すごく伝わってきました。