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家を出た後の私の足は自然と学校へと向かっていた。
夜の校舎は、昼間とはまるで別の世界みたいだった。
静まり返った廊下に、私の靴音だけが響く。
まるで、学校そのものが私を見送ってくれているみたいに、どこか優しくて、少し切なかった。
図書館の前に立ち止まると、心臓がドクンと鳴った。
――この扉の向こうから、すべてが始まった。
あの日、偶然、彼女と席が隣になったこの場所から。
ギィ……と音を立てて扉を開けると、静かな空気に紙の匂いが混じって私を包み込む。
薄暗い室内の奥――窓際の、いつも二人で座っていた席に、葵の姿があった。
凛:「……葵」
思わず、声が震える。
葵は顔を上げ、私を見て、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、出会った頃と変わらないのに、どこか大人びていて、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
葵:「来ると思ってた」
凛:「……うん。私も、ここに来る気がした」
二人で、ゆっくりと窓際の席に腰を下ろす。
見慣れたはずの景色なのに、今夜はまるで、最初で最後の夜みたいだった。
カーテンの隙間から差し込む街灯の明かりが、机の上に淡い模様を描いている。
しばらく、何も話さなかった。
ただ、静寂とお互いの存在だけが、図書館を満たしていた。
葵:「……覚えてる? 最初に、ここで話したときのこと」
葵が小さな声で言う。
凛:「もちろん。……葵が、いきなり話しかけてきたんだよ」
葵:「凛だって、話しかけづらいオーラ出してたんだもん」
凛:「えっ、うそ……!」
思わず笑ってしまって、葵もクスクスと笑った。
その笑い声が、夜の図書館に静かに広がる。
――この空気、この時間。この子と過ごすすべてが、愛おしかった。
でも――この夜は、もう戻れない夜でもある。
葵がふっと真顔になり、私の手にそっと自分の手を重ねた。
小さくて、温かい手。
私はその手を握り返す。
葵:「凛……行こっか」
凛:「……うん」
立ち上がると、二人の影が図書館の床に長く伸びた。
あの日と同じ場所で、でももう、違う覚悟を胸に抱いて。
静かに扉を閉め、二人で屋上へと向かい始めた――。