テラーノベル
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「うーん…だめだ、行き詰まった…」
楽屋の隅っこで、阿部亮平はノートパソコンと睨めっこしながら、深いため息をついた。
次のクイズ番組のための原稿作り。知識はあるはずなのに、面白い切り口が全く思い浮かばない。パソコンのカーソルが、無情に点滅を繰り返している。
周りではメンバーが賑やかに談笑しているが、その声も今は遠い。
集中しすぎて、自分の世界に深く潜りすぎていた。
「あーべちゃん」
不意にすぐ隣から声がして、阿部はびくりと肩を揺らした。
いつの間にか、佐久間大介が床に座り込み、子犬のように阿部を見上げていた。
「…さ、佐久間?いつからいたの?」
「んー?さっきから?阿部ちゃん、ずーっと難しい顔してるからさ、心配になっちゃった」
そう言うと、佐久間は阿部の眉間を人差し指で優しく撫でた。
「こーこ。しわ寄ってる」
「あ…」
指摘されて初めて、自分がどれだけ強張った顔をしていたかに気づく。
「大丈夫だよ、ちょっと考え事してただけ」
「うそ。大丈夫な時の阿部ちゃんは、もっと楽しそうに考えてるもん。今のは、『迷子の顔』だよ」
佐久間の真っ直ぐな言葉。
それは時々、どんな理論よりも的確に真実を射抜く。阿部はぐっと言葉に詰まった。
「…はい、これ」
佐久間は、どこからか出してきたタブレットを阿部の目の前に差し出した。画面には、彼が好きなアニメのキャラクターが映っている。
「今期イチオシのやつ!1話だけ!1話だけだから、一緒に見よ?」
「いや、でも俺、これ終わらせないと…」
阿部が断ろうとすると、佐久間はタブレットを置き、今度は阿部の手を両手でぎゅっと握った。
「お願い。俺、阿部ちゃんと一緒に見たいの」
上目遣いでそう言われてしまえば、もう降参するしかなかった。
「…分かったよ。1話だけね」
「やったー!」
佐久間は嬉しそうに笑うと、阿部の隣にぴったりとくっついて座って再生ボタンを押した。
最初は、作りかけの問題のことが頭から離れなかった。でも、隣で「うわー!」「かっこいー!」と全身で物語を楽しむ佐久間の体温と声に、だんだんと引き込まれていく。派手なアクション、胸が熱くなるセリフ。頭を空っぽにして、ただ画面を追う。
いつの間にか、阿部は佐久間と一緒になって、声を上げて笑っていた。
そして、あっという間にエンディングが流れる頃。
「…あ」
全く関係ないアニメを見ていたはずなのに、ふと、脳内でバラバラだった知識のピースが、カチリと音を立ててはまる感覚があった。
「そういう見せ方があったか…!」
「え、阿部ちゃん?」
突然声を上げた阿部に、佐久間がきょとんとした顔を向ける。
「佐久間!ありがとう!」
「え?俺なんにもしてないよ?」
「ううん、してくれた。…俺の固くなった頭、いっつも一番簡単にほぐしてくれるの、佐久間だよ。君は、俺だけの特効薬だ」
本心から出た言葉に、今度は佐久間がぽかんとする番だった。そして、意味を理解すると、へにゃりと嬉しそうに笑う。
「んへへ、よく分かんないけど、阿部ちゃんが元気になったなら、それでいーや!」
そう言って、阿部の肩にこてんと頭を乗せる佐久間。その重みと温かさが、どんな栄養ドリンクよりも阿部の心を満たしていく。
もう大丈夫。
答えは、いつだってこの隣にあるのだから。
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