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浜原市霞ヶ浦町に位置する私立浜原学園には二つの食堂がある。

この学園の食堂は午前十時過ぎなら学生だけでなく、学生以外の一般人でも飲食することが出来ると言う素晴らしい食堂だ。 中でも一番繁盛していると思われるのが西棟にある『西霞ヶ浦食堂』。

メニューの種類が豊富で、食堂のお姉さんがコミ力オバケなのがその理由だろう。

午前の授業が終わり、俺は急いで食堂に向かった。今日は三十分も寝坊してしまい、朝食を食べ損ねていたのだ。

食堂には既に多くの人が集まっており、席がほぼ全部埋まっていた。いつもならポツポツと席が空いているが、何故か今日は空いている席が見つからなかった。


「マジか、このままじゃァ飯が食えねェぞ」


そう呟きながら辺りをもう一度見渡すが、やはり空いている席は見つからない。なぜ今日に限って席が空いていないのか。その理由は直ぐに分かった。一目瞭然だった。

学校一の美女であり運動神経も抜群。

成績も毎回トップの完璧人間。

三年C組の美少女。


鷹羽 成香たかば せいか』が食堂で昼食をとっていた。


超絶美少女が食堂で昼食をとっているなら勿論、そのファン達が集まるのは当たり前だった。


「……鷹羽、あの女が何故ここに居る ?」


そう。彼女『鷹羽 成香』は西棟では無く、東棟の食堂を毎日利用しているのだ。

たかがその程度の変化だ。彼女の気が変わっただけの可能性もあるし、友達に誘われてこの食堂に訪れた可能性もある。

―――だが八咫は、何の変化の起こらない学生生活を繰り返している。これは”ループ”していると言う表現では無く、ただ普通に日を過ごしているだけだ。

今までも俺の周りで大きな変化が起きず、ずっと同じような事を繰り返した。

だが、鷹羽がここに居る。


【何故大きな変化の無い学生生活を送っているのかを話していなかった】


その理由は単純明快――― 俺の敵を探る為だ。

一昨日、俺は魔術師と名乗る女『風見 結花』と戦い、逃走されて勝負は決した。

魔術師とは、妖術師を唯一殺せる術師であり、様々な術師が絡む組織と共に妖術師を殺そうと目論む者達。

―――ここまでで俺の言いたい事が分かったヤツも居れば、 未だに分かっていないヤツも居るだろう。

この学園内に組織から派遣された人物が紛れ込んでいてもおかしくない。

と言うより、鷹羽 成香が俺の命を狙う術師の一人の可能性が高い。

故に、周期外の行動をした鷹羽が一番怪しく、危険対象という訳だ。


「………なんて、考えッすぎか」


思考を停止させ、放棄する。

もしも鷹羽が敵で、俺を殺すべく動いていたとしても、即座に殺せば良いだけの話だ。

俺は目を最大限に動かしながら奥の方の席を探すが、 やはり、空いてなかった。

五分も歩き回ったがどこも空いていなかった。時間が経っても、席が一つも空かなかったのだ。


「……しゃァねェ、近くのコンビニでも寄ってッか」


俺はそう言い、西霞ヶ浦食堂を後にする。

鷹羽の視線を背中で感じながら。









「鷹羽、ちょっと 後で科学準備室に行ってくれないか?」


「構いませんよ。丁度、科学準備室には用事があるので」


科学の授業を担当する教師と鷹羽の話し声が聞こえる。聞こえると言うより、盗み聞きしている。

コンビニで昼食を購入した後、速攻で学園に戻り、食堂から鷹羽の行動を監視していた。特に目立った行動は無く、ただ普通に学生生活を謳歌しているようだ。


「じゃあ頼んだぞ〜」


教員が鷹羽に背を向け、そのまま廊下を歩いて行く。姿が見えなくなったと同時に、鷹羽も振り返って科学準備室へ向かおうとしていた。

俺もその後ろをストーカーのように追い続けよう―――  と、思っていた矢先。


「そこに居る妖術師さん。確か、”八咫匯”と言っていましたね。長い間、人の行動を覗き見するのは良い行動とは思えませんよ」


言った、ハッキリと。俺の名前を呼んだ。

俺が此処で鷹羽の行動を監視していたのがバレている、それも初期段階の方から。


「それは悪かッたな。 覗き見なンて俺はしねェ主義なんだが………なァ」


「私の動きが気になりますか?」


鷹羽は振り返ること無く、話を続ける。

俺の名前を呼んだ事で、可能性として保留していたモノが確信へと変化する。やはり、この女は敵で間違いない。


「あァ、気になる。テメェは俺の敵かどうかが知りたくてな。返答次第じゃここで殺さなきゃいけねェ」


「殺すのですか?この私を」


鷹羽は振り返ること無く、話を続ける。

殺すとは言ったが、この場での戦闘はなるべく避けたい。ここは公共の場であり、俺の通う学園。

もし生徒にでも見られたら、俺の生活は一気に崩壊する。

今まで代わり映えのない、ただの学生生活を過ごしてきたのが無駄になる。


「殺す。テメェがなんの術師かは知らねェが、確実に奴の味方だって事は分かる」


「………ならば此方もその意気に応えなくてはいけませんね。

―――風見さんの命令ではありませんが、妖術師”八咫 匯”の排除を開始します」


「来い、『聖剣デュランダル』」


鷹羽の腰が眩い光に包まれ、 その光の先には『鬼丸国綱』とほぼ同等の長さを持つ剣が表れる。

しかしソレは、俺の『鬼丸国綱』と『岩融』とは違う。

恐らく風見が使用していた『傀儡雪下』と同じ、妖術師特攻持ち。


「能力保持者か……!!」


俺が妖術を使用するのと同時に、鷹羽の手がデュランダルに触れ、鞘から剣が抜かれる。

そのまま剣は俺の首を捉え、一瞬にして


【斬られるより先に、妖術を使用した】


間一髪だった。もし妖術を使用していなければ、速攻でゲームオーバーを迎える羽目になっていた。


「………ッな!?」


「……………え?」


両者、何が起きたのか理解出来ずにその場で立ち尽くす。 そのまま数秒が経過し、鷹羽より先に俺の脳が活動を再開した。

俺は鷹羽の剣を鷲掴みにし、廊下では無く学園の中庭へとぶん投げる。

着地すると同時に鷹羽の思考も復活。

流石に鷹羽も生徒に見られながら戦うのは避けたいはずだ。ならば一度、鷹羽を連れてどこか広くて戦える場所に移動しなければならない。

かと言って学園周辺にそのような場所は存在せず、唯一学園の中庭が広くて拓けている場所だ。


【その時、中庭を包み込む様に大きな半球が出現し、学園の生徒達から俺と鷹羽の戦いが見えないようになった】


これは好都合だ。何が起きたのか全く分からないが、ここで鷹羽を殺して見られない様にするしかない。


「……次から次へと!!一体何が起きてんだ!?」


「わ……私にも分からないわ……」


おかしい。何かがおかしい。

俺と鷹羽は正常だ。だが、何かが狂っている。

順番通り回っていた歯車の組み合わせに、無理やり別の歯車を付け加えたかのような感覚。

この感覚はあの時にもあった。斬ったはずの首が飛ばず、遅れたはずの妖術が使用されていた時。


「………有り得ない未来の創造。 いや、創造と言うより未来の改変に近い?だけど、鷹羽の能力は『聖剣』一つだけ……」


「………何がどうなっているのか全然理解出来ないけれど、戦うには丁度いいコンディションになったわ」


「続きと行きましょう。来い、『聖剣デュランダル』」


再戦開始。

鷹羽は物凄い速度で俺との距離を詰める。恐らく一度の攻撃で決着をつける気なのだろう。

いい判断とも言えるが、悪手とも言える。

妖術師は攻撃の術を発動させるのに詠唱が必要、そして攻撃手段が術と武器。

その為、詠唱させず武器を所持する隙を与えずに攻撃する。それが一番の攻略法だ。

しかし、


「妖術師は肉弾戦にも対応してンだ!!」


俺の拳が鷹羽の剣と接触。

そのまま腕が切り裂かれる……なんて事は無く、剣と拳の狭間で赤い火花が大きく散る。

この殴りで剣が折れてくれれば好都合だったが、そう上手くことは進まないらしい。

拳と剣が交わった時の衝撃は凄まじく、鷹羽は後ろへと吹っ飛んだ。そのまま華麗な着地を見せ、再び剣を構える。


「………あなたの手は鋼で出来ているのですか?普通なら肉をそのまま断ち切ったはずなのに」


「俺の妖術の一つでな。こいつァ攻撃の術じゃ無いもんで詠唱は要らねぇってワケ」


「………そうなのですね。妖術師についてまた一つ学びました。次は斬ります」


鷹羽の剣が俺の脚を切り裂かんと、一直線に移動する。だが、 それを俺は手のひらで受け止めて防御。

次は頭。その次に横腹。その次に腰へと、次々に攻撃を連発する。

俺はそれを全て防御し、バランスを少し崩した鷹羽へと一発蹴りを入れる。


「ぐッ―――!!」


怯んだ隙に一発、もう一発、更にもう一発と殴りを打ち込む。

何度も殴打し、鷹羽はそれを剣で防御するがそれよりも速く俺の拳が炸裂する。人を殴る感覚はいつになっても慣れないが、こいつは敵だ。殺すべき対処だ。


「これで終わりだァァアア!!」


最後の一発。今までより更にドンと重たい一撃を鷹羽に打ち込む。

世界がスローモーションのようにゆっくりと動き、俺の拳が鷹羽の顔に触れるまでが長く感じる。

そして、遂に拳が鷹羽に届いて、そのまま決着が―――


「『聖剣デュランダル』!!」


鷹羽の声と同時に、光を放つ剣がひとりでに動き始める。

そのまま俺の右腕を切断し、地面に大きな衝撃を与えた。その衝撃で土や砂が舞い、鷹羽が一瞬だけ視界から消える。

そう、それだけだ。それだけで十分だった。

鷹羽が剣を手にするのに、十分な時間だった。

そのまま剣は俺の左肩から右腰までを切り裂き、再び地面に大きな衝撃を与える。

体が真っ二つ。とはならなかったが、致命傷と言えるほどのダメージを受けた。

直ぐに治癒の術を使用し、傷を塞ぐ。

失った腕は元に戻る事は無いが、莫大な妖力を腕に集中させれば不可視の腕を形成することが可能だ。しかし、ここでソレを使えば鷹羽との戦いで他の術が使えなくなってしまうかもしれない。


「腕の一本無くなった程度で死ぬこたァねェ!!来いよ、鷹羽ァ!!」


要らない、 右腕が無くても左腕がある。もし左腕が無くなれば脚で戦ってやる。

俺は負けない、こんな所で負ける訳には行かない。俺は、


「……………俺はァァアア!!妖術師―――!!」


―――突如、中庭を包む巨大な半球の中心、その頂点の部分に大きな丸い穴が開き始める。

否、”開く”と言うより”破れる”の方が的確だろう。

剣を構えた鷹羽とボロボロの俺は思わず驚きの声を漏らす。


「な……なんだァ?!」


「―――っ!!」


困惑している俺を他所に、驚きの声と同時に鷹羽が動き出す。何かが起こる前に、俺の命を断つつもりだ。

俺は左腕を前に向け、術を使用する。


「【しかし俺と鷹羽は突然、何者かの侵入に困惑し、動かなくなる】」


声が聞こえた。その声の通り、俺と鷹羽は一瞬にして体が止まる。

ただ、止まるだけでも無い。こっちを向いていた鷹羽が、いつの間にか空いた穴の方向を向いている。

強制的な未来の改変。 自分達の意思では無い、何者かの手によって変えられている。

これは鷹羽の能力では無い。鷹羽の持つ能力は『聖剣』のみ。

だとすれば、それはこの場に居るのが二人だけでは無いと言う事でもあり、招かれざる客と言う訳だ。


「初めまして、かな。八咫 匯くんと鷹羽 成花ちゃん 」


中年男性と思わしき人物が、空いた穴から内側へ侵入して行く。

背丈は俺より少し高く、身なりはちょいと着崩した和服姿。髪は短く、顎には髭が生えていた。

そして、この男は俺達の名前を呼んだ。


「………オッサンも俺の敵か?」


男の素性も、能力を持っているかどうかすら分からない状況。まず最初に確認するのは勿論、敵意があるかどうかだ。

鷹羽はそのまま呆然と男を見つめ続け、俺に攻撃しようとはして来ない。


「―――今は、味方さ。君はここで死なれたら困る登場人物だからね、助けなきゃいけないのさ」


「登場、人物……?」


「そう、君はこの物語???で重要な人物。故に、君が死ねば物語???の全てが狂ってしまう。辻褄が合わない未来が完成し、別の物語???にも影響を与えてしまう」

「そうならない為に、君に力を貸す。何を言っているのか全く分からないと思うけど、そのうち理解出来るさ」


男の言っている事が理解出来ない。理解出来ないと言うより、内容が上手く聞き取れなかった。

滑舌や俺の聴力の問題では無い。

君はこの“と”で重要な人物“と言う台詞の間に入る文字が、まるでノイズのように聞こえた。

その後の”君が死ねば“の後も上手く聞き取れなかった。


「イマイチわかんねェけど、味方なら大ッ歓迎だ。お前、名前は?」


「―――”深町 樓ふかまち ろう“。この物語???の補助官って所だね」


前々から起きていた不思議な現象も、恐らく全てこの男がやった事だろう。

“深町 樓”、能力は『未来改変』に近いモノ。

その能力で改変出来る未来の距離や、能力の全貌が不可知。ただ、この男は味方だと言い切った。

なら、この場で最も必要なのは。


「俺についてこれるか、オッサン」


「オッサンって……良いよ、テンポ合わせは得意さ 」


「―――私抜きで楽しそうですね。来い、『聖剣デュランダル』」


俺、深町、鷹羽の中で最も速く動き出した人物は、居ない。 ほぼ同時、三人が同じタイミングで動き出した。


「雲霞の術」


身体全体または一部を気化することで、あらゆる物理攻撃を受け流す術、発動。

この術は何度でも使用できる訳ではなく、一日3回が限界で、妖力を結構消費してしまう程の燃費の悪さで妖術界で有名だ。

だが深町が居る今だからこそ、出し惜しみは無しだ。

凄まじい速度で鷹羽の剣が俺の左腕に食い込む、骨と肉が絶たれる寸前で俺は完全に気体と化す。

気体と成った時、肉体は一度空気に溶けた後に再び結合する。それを利用し、危うく真っ二つになる所だった腕をくっ付ける。


「ははっ!!面白い術を使うね、八咫 匯くん!! 」


気体となった俺の背後から、鷹羽目掛けて深町がパンチを繰り出す。

鷹羽は咄嗟の判断でパンチを防ぎ、剣を深町に向ける。だが、斬ろうとはしない。恐らく俺の存在を気にしているのだろう。

空気と溶け、再び結合した俺は鷹羽から見て左斜め下から手を伸ばす。


「『聖剣デュランダル』!!」


しかし、伸ばした左腕は呆気なく切断。これで使える腕は無くなってしまった。


「貴方はお終いですよ、八咫 匯!!」


終わりじゃあねェ、攻撃手段ならまだ残ってる。


「言ったよな!?腕が無くなりゃ、脚が有るってなァ!!」


油断して剣を深町に向けた鷹羽に、最大限の力を込めた蹴りを打ち込む。

しかも蹴りを食らった場所は横腹。あまりの衝撃と激痛に鷹羽がバランスを崩した。


「【俺はもう一度、先程と同じ威力の蹴りを打ち込む】」


同じ場所に二回。

一度の蹴りで相当なダメージを負った鷹羽は、やはり二発目の蹴りで吐血する。


「………ッ『聖剣デュランダ―――


「【しかし、『聖剣デュランダル』は反応しなかった】」


この男、深町 樓の能力が大体理解出来てきた気がする。

深町の今までの言葉や能力の動きを視て分かった。 ―――深町 樓の能力は『物語に干渉する事が出来る』だ。

俺が深町に敵か味方かを聞いた時に聞き取れなかった空白の言葉。そこに当てはまるのは、”物語”か”世界”。

深町の能力で、俺は二度目の蹴りを入れた際、”八咫 匯は“では無く”俺は“と言っていた。 もし世界に干渉する能力なら、俯瞰的視点で”八咫 匯は“と言うはずだ。

故に、深町は俺の一人称視点。すなわち、俺の『物語』に干渉している。


「キツイか鷹羽ァ!!もっとどデケェやつ食らわせてやるよッ!!」


全妖力を腕に集中させ、不可視の右腕を形成する。

要らない。とは言ったが、今回ばかりは腕が必要不可欠なのだ。

ボロボロな体で立ち上がり、再び剣を構える鷹羽に向かって、俺は走り出す。走りながら、不可視の腕を影の中に突っ込む。

取り出すモノは勿論、一つ。


「『岩融』!!」


「『聖剣デュランダル』!!」


岩融と鷹羽の剣が轟音を立ててぶつかり合う。

先に限界を迎えたのは、


「………っそんな!!」


鷹羽の剣だった。

剣は岩融と接触していた部分からヒビ割れ、そのまま砕け散る。

鷹羽は両手で剣を持ち、防御の体制だった。それに対し俺は片手で岩融を振り下ろした。

普通なら岩融が威力不足で弾かれ、俺が斬られていた。 しかし、岩融の特性は呪力での攻撃力増加だけでは無かったのだ。

もう一つの特性、それは―――


「”持ち主より格下の相手には倍の力が働く”って訳だ!!テメェの『聖剣』にヒビが入った時点で強さの判定が下がったかァ?! 」


「【鷹羽は即座に『聖剣デュランダル』を手放し、肉弾戦へと持ち込んだ】」


そのまま鷹羽は俺に向かって回し蹴りを繰り出す。だが、俺はそれを不可視の腕で防ぐ。

深町の『物語干渉能力』で、俺が一番得意とする肉弾戦へと難なく持ち込めた。

後は右腕に集中している妖力を一旦バラし、左右の腕にバランス良く妖力を流す。そうすることで不可視の両腕を形成した。


「女に手ェ出すのはあんま好きじゃねェが、ここは正々堂々殴り合いと行こうぜ」


俺は巨大な球体で包まれ、見えない空を見上げる。

否、唯一空が見える場所。深町が侵入して来た穴から空を見る。そこには澄み切った青空と共に、五匹の鴉が飛んでいた。

全く、このクソ鴉共は毎回来るのが遅すぎる。


「……その勝負、受けて立ちましょう」


鷹羽は着ていた赤黒いセーラー服の上を脱ぎ、その下に巻いていたサラシが露になる。

どうやら、本気で殴り合いをするつもりだ。

―――残念だが、俺は正々堂々殴り合うつもりは無い。馬鹿正直な鷹羽はそれを真面目に受け取り、戦おうとしている。


「………準備は良いか?」


「えぇ、構いませんよ」


この場に静寂が訪れる。 深町は起こりうる異常事態に警戒しつつ、俺と鷹羽の戦いを静かに見つめていた。

二人の荒い呼吸が良く聞こえる。

鷹羽が目を閉じ、集中し始めた。

俺は、俺は―――


「この瞬間を待っていたァ!!」


俺は直ぐに空に向かって手を掲げる。

そして、それを見た鴉が”あるもの”を俺に届ける。


「『鬼丸国綱』」


鴉に貸し出していた、自慢の愛刀が再びこの手に舞い降りた。

鞘から抜いた時にキラリと美しい輝きを魅せる刀身。見た目に反して想像以上の重さがある刀。 そして、妖術師以外の術師を斬る事に特化した最強の武器。

それを手にした俺の行動はただ一つ。

武器を持たない鷹羽を、速攻で斬る。それだけだ。


「………そ…そんなっ!!卑怯ですよ!?」


「戦いに卑怯もクソもあるかッてんだ!! 」


鷹羽の顔が一瞬にして青ざめ、手を前に出して困惑する。そんなのお構い無しで、俺はそのまま鷹羽の腕を斬り落とす。


「これでお相子だな」


「そん…………な……」


斬り落とした腕を鷹羽は眺め続ける。戦意喪失したのだろう、これ以上の攻撃は無意味だ。


「【鷹羽の腕から流れる血はピタリと止まり、失血死の心配は無くなった】」


鷹羽は俯きながら、何かブツブツと喋っている。

聞き取れはするが「……に…られ……こ…され……ま……」と、所々しか聞こえない。

負けた事に対しての苛立ちか、それとも気が狂ってまともに喋れなくなったのか。

取り敢えず、俺は鷹羽に近づいてしゃがみ込む。


「おい、テメェは風見の仲間なんだろ?ヤツは今どこに居る」


返事がない。ブツブツと何か喋ってはいるが、俺の問いに対しての答えは返ってこない。


「それで、八咫 匯くんはどうするんだい?鷹羽ちゃんは使い物にならないただの廃人と化した。かと言って、鷹羽ちゃんをこのまま放置しておく訳にも行かない」

「いっその事、ここで殺して風見ちゃんの反応を見てみるかい?それも一つの手だね」


「…………殺さねェ」


「おや、どうして?君を殺そうとした、魔術師の仲間なんだよ?」


「コイツの『聖剣』が気になってな 」


そう。戦いの最中、『聖剣』は予想外の動きをした。

それは俺が鷹羽を追い詰めた瞬間、剣がひとりでに動き出し、俺の腕を斬った時。

本来の『聖剣』は妖術師特攻の光を放つ剣を顕現する能力であり、風見の『傀儡雪下』と同じで、能力に対して一つの効果しか持ち得ないのが常識だ。

だが、鷹羽の『聖剣』は妖術師特攻の光を放つだけでなく、自らの意思で動いていた

これまでの能力保持者で二つの効果を持つ者は一人も居ない。

だとすれば、鷹羽が人類初の効果二つ持ちの術師という事に―――


「”物語”が少し正しくない方向に逸れ始めた様だから教えてあげよう、八咫 匯くん。能力は一定の条件が揃えば、覚醒する。今回の鷹羽ちゃんの『デュランダル』もソレの一つさ 」


「能力の、覚醒?」


「そう、鷹羽ちゃんの覚醒条件は”自らの命が脅かされる事”だ。これは鷹羽ちゃんだけに関わらず、全ての能力保持者も覚醒条件を持っている」


「風見にも……という事か?」


「そうなるね。まぁ、僕の”物語”でも覚醒前の”能力の覚醒条件”までは視る事が出来ないから、あまり頼らないでくれよ」


深町の言う事が本当なら、―――いや本当だ。

この男は現に”物語”に干渉していた。そんな人物がそう言っているのだ、信じるしかないだろう。

そうなれば、恐らく風見は自らの能力の覚醒条件を既に探しているのだろう。


「………早く風見を殺さねェと、俺が先に殺されちまう」


風見が覚醒条件を見つける前に、叩き切る。

その為にはやはり、


「鷹羽、答えろ。風見はどこに居る」


案の定、応答は無い。

風見の事を何も喋らず、『聖剣』の謎について理解した今。鷹羽に用はない。


「おや、殺さないって言ってたのに殺しちゃうのかい?」


「あァ、こいつァもう必要ねェ」


「………なるほどね」


深町はそう言い、僕に背を向ける。

俺は『鬼丸国綱』を構え、鷹羽の首に近づける。

巨大な球体の外で、鴉達が騒いでいるのがよく聞こえる。まるで、誰かの死を嘲笑うかのように。


「何か言い残す事はあるか」


これが最後の問いだ。

そして鷹羽はやはり―――


「―――『聖剣デュランダル』」


「「なっ!?」」


鷹羽の一言で、俺と深町は一瞬で状況を理解する。

鷹羽は完全に崩壊したはずの『聖剣』を再び呼んだ。既に『聖剣』は使い物にならないはずだが、俺と深町は何か良くないモノを感じていた。

俺は『鬼丸国綱』を構え、全方位を警戒する。

深町はしゃがみ込み、”物語干渉”の準備を整える。

しかし、その二人に牙が向くことは無く。


「っ―――!!」


崩壊した剣の破片が、全て鷹羽に突き刺さった。

突き刺さった箇所から大量の血が溢れ出し、そのまま鷹羽は倒れ込んだ。

そう、鷹羽は俺の手で殺される事を拒み、自死を選んだのだ。


「………チッ、締まらねぇ終わり方だな」


鷹羽の自死。この瞬間をもって、鷹羽との闘いは完全に幕を下ろした。

そして、鴉達の鳴き声が嫌という程、耳に響いた。

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