髪の毛に、女の子がついてるよ。
…え?
頭にぬるりと入り込んできた言葉は、そのまま血液に流れ、身体中に巡った。
意味がわからない。言葉のひとつひとつがわからない。
それでも気になって気になって、自分の髪の毛に触れた。
(私の、いつもの、髪。)
さらさら綺麗な髪に指を通していると、指が髪の中で引っかかった。
何かが蠢いている。
その何かを人差し指と親指で摘んで、引っ張り出してみた。
それは、小さな小さな、女の子だった。
ありんこのように、小さかった。
両手で、落っこちたりしないように慎重に包み込んだ。
よく見ると、にこりと笑みを浮かべ、こちらを見ていた。
見つめ返すと、女の子は嬉しそうに飛び跳ねた。
ぴょんぴょんと跳ねる小さな振動が、手のひらを伝って感じられた。
なぜだか心が暖かくなって、口角がきゅっと上がったまま、静かに目を瞑った。
髪の毛に、コメツブがついてるよ。
…え?
気がつくと、手のひらの女の子はいなくっていた。
暖かかった心も、冷めていった。
そして今度も、自分の髪に触れてみた。
しばらく髪をなでていると、やはり引っかかるものがあった。
しかし、今度のそれは蠢くことはなく、水っ気の多い、指にまとわりつくものだった。
なぜか、背中がぞわぞわと気持ち悪くなり、顔を歪めた。
仕方なく同じように引っ張り出してみると、それはコメツブだった。
(なんだ、ただのコメツブだったのね)
少し安堵を覚え、特に考えることもなく自然と、コメツブをこねくり回した。
数粒あったコメツブはぐにぐにと形を変え、やがてひとつの球になった。
指先にコメツブの残りかすがくっついてしまい、自分でやったことではあるが、気分が悪くなった。
しばらく突っ立っていると、頭の中にまた同じような声が聞こえてきた。
髪の毛に、豚カツがついてるよ。
手からは、残りかすも全て消えていた。
今度は特に何も考えずに、髪に触れた。
また髪の中に何かがあった。
今度はぷにぷにしたものだった。
引っ張り出しよく見てみると、それは小さな小さな豚カツだった。
しっかりと弾力があり、押してみると肉汁がじゅわっと染み出してきた。
指先には油がべたりとつき、先程と同じように顔を歪めた。
しかし、小さいながら香りは一丁前で、涎が次々に溢れ出した。
(我慢できない…食べちゃえ!)
欲に負け、口に小さな豚カツを放り込んだ。
ざくっと良い咀嚼音が頭に響き、そして肉汁が口に広がり、幸せな気持ちに満たされた。
また、心は暖かくなった。
髪の毛に、釣り竿がついてるよ。
釣り竿…?
なぜ釣り竿?
今まで散々決して理解のできないものが髪の毛から出てきたというのに、なぜか釣り竿は異様に引っかかった。
「痛っ」
髪の中に、尖った細い何かがあった。
これも引っ張り出してみると、言葉の通り、釣り竿だった。
小さな小さな釣り竿だったので、人差し指に刺さって、血が出てきてしまった。
釣り竿は深く刺さっていて、取れば取ろうと指を引っ掻くほど、皮膚を破り、ずぶずぶと入り込んでいった。
いよいよ、釣り竿は指に全て飲み込まれてしまった。
(…嘘)
脂汗がじんわりと染み出し吐き気がする中、逆に妙に冷静になってしまい、ひとつ気づいた。
(しりとりになってる…?)
女の子、コメツブ、…豚カツは、豚。そして、釣り竿。
(もしこれが当たってたら、次は、『お』から始まるものってことね)
こじつけに過ぎないと心の奥で感じながら、しかし真剣にそう思った。
髪の毛に、
「…え?」
“お前には、何があっても、絶対に、お父さんがついてるよ”
“うん、お父さん、大好き!!”
…
“ごめんね。お父さんは、今日からこの人なの”
“…え?”
…
“よろしくね“
“ねえ、お母さん…お父さんは?”
“だから、…この人がお父さんなの”
“私のお父さんはどこ?”
“…あんたね、…”
“どこにやったの”
…
“…君のお父さんはね。他に守らなきゃいけないものができちゃったんだよ”
“守らなきゃいけないもの?”
…
“うん。だから、このお家は、お父さんが守らなきゃいけないんだ”
“いや…嘘つき”
“お父さんを返してっ”
“あんた、いい加減にしなさいよ。お父さんがせっかく優しく説明してくれてるのにっ”
“いいんだ、仕方ないよ。小さな女の子には、まだ理解し難いだろうし”
…
“これからたくさん、…可愛がってあげるからね。お父さん、君のこと、”
…
あれから十数年たっていても、未だに汚い夢に溺れている。
思い出しては覚め、思い出しては覚め、…その繰り返しだった。
いつまでたっても、めまいは治らなかったし、お母さんもまた、そうだった。
きっと、私の本物のお父さんはやってくる。
ヒーローのように偽物をキックして、これが夢だと、ヒーローのように優しく囁いてくれる。
目を開けると、シーツの上に長さの違う髪の毛が何本も落ちていたのが見える。
その髪の毛一本一本が、私に絡みついてきたように思えた。
“助けて…”
“大丈夫?泣いてるの?”
「あ゛あ゛……」
“ほら、このハンカチ使っていいから”
“泣かないで”
「………」
“またお母さんと喧嘩したの?”
「……」
“よし、じゃあ、お父さんと一緒にお母さんに謝りに行こうか”
“大丈夫、怖くないよ。お父さんがここにいるから”
“お母さんは、私が嫌いなのよ…”
“そんなわけないだろ。お母さんはお前のことを大切に思ってるよ。俺だって、”
思い出が汚されていく。
言葉が濁って、聞こえなくなっていった。
「お父ざん…」
愛してるんだから
おしまい。
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