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「瞳子さん、瞳子さん?瞳子さーん!」
「わっ!びっくりしたー。何?亜由美ちゃん」
「何じゃないですよ。魂、どこに行っちゃってたんですか?」
「えっと、ちょっとそこまで」
「嘘ですよ。宇宙の彼方に行ってましたよね?」
「無事に地球に帰って来ました」
あはは!と亜由美は明るく笑う。
「それなら良かったです。ね、瞳子さん。今度私とデートしてくれません?」
「あれ?亜由美ちゃん、彼氏はどうしたの?」
すると途端に亜由美は目をウルウルさせながら、瞳子にガバッと抱きついてきた。
「別れちゃったんですー!だから瞳子さんに話聞いて欲しくて。ね?私とデートしてくださーい!」
「わ、分かった。分かったから、亜由美ちゃん、ちょっと手を緩めて。首が締まる…うぐっ」
「あ、ごめんなさーい」
ケロッとして亜由美は瞳子から手を離す。
「じゃあ、今度休みが合う時に行きましょ!場所はどこがいいかなー」
人差し指を口元に当てて宙を見ながら考え始めた亜由美に、千秋がデスクから声をかける。
「亜由美、早く業務報告入力してね。あ、オススメのレストラン情報じゃないわよ?」
「はーい、分かってますって」
ウキウキとパソコンに向かいながら、亜由美はまた瞳子に話しかけてきた。
「瞳子さん、横浜のみなとみらいにしませんか?桜並木が綺麗に見えるレストランがあるの、思い出したんです」
「こーらー、亜由美!ほんとに業務報告書いてるの?」
「書いてますよー。私、手と口は別のこと出来るんです」
「どうだか」
千秋は呆れたように腕を組んでため息をつく。
そんな二人のやり取りにクスッと笑ってから、瞳子も自分の仕事に集中した。
「ね、瞳子さん。最近何かあったんですか?」
2週間後。
二人の休みが合う日に、瞳子は亜由美と一緒にみなとみらいのホテルにあるレストランに来ていた。
2階の窓から満開の桜並木が見え、瞳子は思わずうっとりしながら美味しいフレンチ料理を味わう。
亜由美は、初めこそ彼氏と別れた時の話をダーッと瞳子に話して聞かせたが、全部話すとスッキリしたのか、デザートを食べる頃には落ち着いていた。
紅茶のカップを持ち上げて、亜由美が再び瞳子に尋ねる。
「瞳子さん、悩みごとあるんじゃないですか?どうかしました?」
「え?別にないけど」
「嘘ですよ。だっていっつも魂、第三惑星まで行ってますよね?」
「第三惑星?ってどこ?」
「だから、瞳子さんの魂の故郷」
「ええ?私、第三惑星に住んでたの?いつの間に?」
「案外、覚えてないもんですよねー。それで?何があったんですか?」
「それは第三惑星でってこと?」
「ううん。この地球で、です」
真面目な顔で聞いてくる亜由美に、瞳子の頭はこんがらがる。
「地球での私の記憶が確かなら、これと言って何もなかったと思うけど?」
「じゃあ質問変えます。ボーッとしてる時、何を考えてますか?」
「え、何も考えてないからボーッとしてるんだと思うけど?」
すると亜由美は、ムキーッと顔をクシャクシャにして怒る。
「もう、会話が全然噛み合わない!」
それは私のセリフだけど…と瞳子は独りごちる。
「まあ、いいや!瞳子さん、最近少し元気なさそうに見えたんです。それに私も彼と別れて落ち込んでたし。今日は二人でパーッと遊びましょ!」
亜由美はレストランを出ると、早速ホテルのすぐ前の遊園地に瞳子を連れて行く。
「瞳子さん、あれ乗りましょ!」
「えー?なんか、グルグルして怖そうなんだけど」
「大丈夫!キャーッて叫んでうっぷん晴らししましょ!」
手を引かれて、瞳子は仕方なく亜由美と一緒に、遠心力で飛ばされそうな乗り物に乗る。
「ギャー!怖いー!」
「あはは!たのしーい!」
「いやー!止めてー!」
「ヤッホー!気持ちいいー!」
セリフはともかく、二人とも大声で叫んで気分もスッキリする。
「あー、面白かった!瞳子さん、次はあれね」
またいくつかの乗り物で叫び、そのあとは隣のショッピングモールで買い物を楽しむ。
気づくと辺りはすっかり夜になっていた。
「少し早いけど、夕食も食べて行きましょうよ」
亜由美に言われて、居酒屋に入る。
お酒を飲みながら、尽きることのない亜由美の話を聞き、瞳子はいつの間にか心が軽くなっているのに気づいた。
「あー、今日は楽しかった!瞳子さん、デートしてくれてありがとうございました!」
「ううん、こちらこそ。私もとっても楽しかった。ありがとね、亜由美ちゃん」
「ふふっ、どういたしまして。たまには女同士のデートもいいですね。またつき合ってくださいね」
「うん!」
地下鉄で帰る亜由美と駅前で別れ、瞳子は私鉄の駅へと歩き始めた。
(はあ、疲れたけど楽しかったな)
瞳子は思わず笑みをこぼす。
亜由美に振り回されて身体はクタクタだが、心は晴れやかだった。
(やっぱり私、悩んでたのかな?)
亜由美に聞かれた時は、特に悩んでいないと思っていたが、思い返して見ると確かにぼんやりと考えてしまうことが増えた。
考えごととは、やはり友也のことだ。
友也は、もしもう一度どこかで偶然再会出来たら、その時は返事を聞かせて欲しいと言っていた。
だが、偶然会う機会など、もう二度とない気がする。
つまり返事をしなくてもいい。
だから思い悩む必要もないのだ。
そう自分に言い聞かせながらも、瞳子は自宅マンションの部屋でクローゼットを開ける度に、ため息をついていた。
そこにあるのは、クリーニングに出してからしまってある、友也のジャケット。
毎回ふと目に入り、友也を思い出してしまっていた。
(もう二度と会わなくても、どうにかしてジャケットは返さないと。匿名でテレビ局宛に郵送すればいいかな?)
そう思いながら街路樹の間を抜け、駅への地下道に向かった時だった。
いきなり誰かにグッと腕を掴まれ、ビルの隙間に連れ込まれる。
思わず悲鳴を上げそうになると、口を大きな手で押さえつけられた。
恐怖で身体が硬直する。
「失礼、お嬢さん。ちょっとお話聞きたくてね」
視線を上げると、ハンチング帽を目深にかぶったひょろりとした男が、瞳子にビデオカメラを向けた。
瞳子の口から男の手が離れるが、声が喉に張り付いたように何も言えない。
身体は小刻みに震え始めた。
「そんなに怯えないでよ。いいコメントが取れたらすぐ退散するからさ。これ、君だよね?」
そう言って男は瞳子に1枚の写真を見せた。
そこに写っていたのは、レンガ造りの建物をバックにベンチに並んで座る友也と自分の姿。
瞳子は驚いて目を見張る。
「やっぱりそうなんだ。ね、倉木 友也とはどういう関係?つき合ってるんでしょ?今をときめくイケメンアナも、ついに隠してた彼女発覚!って、記事にしようかと思ってるんだ。あ、俺、週刊誌の記者ね。よろしくー」
ニヤリと笑う男に、瞳子はなんとか声を振り絞る。
「ち、違います!つき合ってなんかいません。勝手に嘘を書かないで!」
「あー、ごめんねー。もう書いちゃったんだ。明日発売だよ」
「なっ…」
瞳子は思わず絶句する。
だがすぐに我に返った。
「やめて!今すぐ記事を取り消して!」
「それがもう手遅れなんだ。今頃書店に向けて発送されてるよ」
「そ、そんな…。じゃあすぐに訂正文を発表してください!」
「訂正文じゃなくて、追加の記事を発表したいんだよねー。君の証言と写真を載せてさ。だから今ビデオ回してんの」
ハッとして瞳子は慌ててカメラから顔を逸らす。
「写真はもう充分かな。この動画から切り取ればいいから。あとはコメントだよね。なんかいいやつ頂戴よ。彼とは身体だけの関係です、とかでもいいからさ。あ、もちろんタダでとは言わないよ。それなりの謝礼も渡すから。ね、倉木 友也とはもう寝たの?どんな感じだった?」
「やめて!離して!」
腕を掴まれて思わず身をよじった時、急に男の手が離れた。
え?と瞳子が顔を上げると、男の腕を掴み上げている誰かの大きな背中がすぐ目の前にあった。
いてて!と男が顔をしかめるのに構わず、その人は肩越しに瞳子に話しかけてくる。
「念の為聞くけど、こいつ知り合い?」
「いえ!違います」
「ん、分かった」
そう言うと、男が構えているカメラのレンズを大きな手でガシッと握った。
「おい、何をする!」
「こっちのセリフだっつーの」
そしていつの間にかポケットから取り出したスマートフォンで、相手の顔をカシャッと撮影する。
「ちょっ、何勝手に撮ってんだ!」
「こっちのセリフだっつーの!パート2」
(この声、それにこの背の高さ…)
ようやく気持ちに余裕が出て来て、瞳子は長身の男性の顔を覗き込んだ。
「大河さん?!」
「ん?呼んだ?」
「はい。あ、いえ。呼んでないのにどうしてここに?」
「ミュージアムの様子を見に来た帰り。車で通りかかったら、怪しいおっさんが君を連れ込むのが見えてさ」
「あ、なるほど。ここから近いですもんね、ミュージアム」
「それより、どうする?このおっさん」
大河はクイッと顔を傾けて、瞳子に聞く。
背の高い大河に腕を掴まれ、まるで子どものように見える男は、つま先立ちでよろよろしている。
「週刊誌の記事はもう止められないと思います。せめて今撮られた映像を消してもらわないと」
「了解」
大河は男の手からビデオカメラを奪うと、片手でピッピッと操作して消去した。
「これでよしっと。ちなみに今後またこんなことをしでかそうもんなら、俺のスマホに保存してあるお前の写真が全世界にさらされるからな。気をつけろよ」
「そ、そんな!プライバシーの侵害だぞ!」
「こっちのセリフだっつーの!!パート3」
ガックリとうなだれる男の腕を離すと、男はよろけながら去って行った。
「行こう。こっちだ」
いつの間にか人だかりが出来ており、大河は瞳子を促して路地裏に停めてあった車の助手席に乗せた。
「ふう。世の中には悪いおっさんがいるもんだな」
軽く笑いながら運転席に乗り込んだ大河に、瞳子は改めて頭を下げる。
「あの、助けていただいて本当にありがとうございました」
「いや、偶然通りかかって良かった。それよりあいつ、週刊誌の記者なの?何の記事を書こうとしてんの?」
「それは、その…」
言い淀んだ時、ん?とバックミラーを見ながら大河が眉間にしわを寄せた。
どうしたのだろうと瞳子が後ろを振り返ろうとすると、大河が手で止める。
「見ないで。前を向いてて」
「え?はい」
言われた通りじっとしていると、ミラーを睨みながら大河が呟く。
「ったく、しつこいな。ほんとに写真ばらまくぞ」
どういう意味だろうと思っていると、大河がエンジンをかけながら表情を引き締めた。
「少し揺れるから、シートベルトしっかり締めて」
「は、はい」
慌てて瞳子はベルトを締める。
大河は滑るように車を発進させて大通りに出ると、何度か車線変更を繰り返した。
「やっぱりな」
ミラーで後ろを確認しながらハンドルを握る大河に、瞳子がためらいがちに尋ねる。
「あの、何がでしょうか?」
「あの男、車で尾行してくる」
「ええ?!」
「懲りないやつだな。いや、週刊誌の記者としては褒められんのか?」
どこか余裕を漂わせながら、大河は鮮やかにハンドルを切り、不敵な笑みを浮かべた。
「おもしれえ。まいてやろうじゃないの」
「あ、あの、大河さん?」
グンとギアをチェンジしてアクセルを踏み込む大河に、瞳子は思わず顔を引きつらせる。
「えっと、そ、その。安全運転で、お願いします」
「大丈夫、法定速度は守るよ。ただちょっと小回り利かせるってだけだ。あ、舌噛むから黙ってな」
「ひっ!は、はい」
大通りから外れると、大河は何度も角を曲がる。
右に左にと身体を振られながら、瞳子もチラリとバックミラーを見た。
すぐ後ろをついてくる車のヘッドライトの灯りが揺れている。
「俺さ、刑事になってパトカーを爆走させるのに憧れたんだよね」
「そ、そうですか。ならなくて何よりです」
「いいよなー。サイレン鳴らせば前の車がサーッて避けてくれるんだぜ?気持ちいいだろうなー、その真ん中を走り抜けるのって」
「いえ、あの、お仕事ですから」
「腕が鳴るぜ。ほらほら!俺についてくるなんて100年早いぜ!」
「100年経てば生きてませんから」
「よーし、一気に勝負だ!」
「ひー!危険運転はダメですからね!」
何度目かの角を曲がり、大通りに出たところで男の車が赤信号で止まった。
大河はミラーでそれを確認すると、またしても路地に入り、みなとみらい方面に向きを変えて走り始める。
「え?戻るんですか?」
「ああ。あのまま直進するとすぐに見つかる」
「なるほど。なかなか本格的ですね」
「そりゃな。刑事の常識だ」
「いやいや、刑事じゃないですよね?」
やがて亜由美と遊んだ遊園地が見えてくると、瞳子はふと大河に尋ねた。
「あの、これからどこに?」
「ん?そうだな。自宅まで送ってもいいんだけど、君って一人暮らし?」
「はい、そうです」
「そうか。うーん、それならちょっとオフィスで話を聞かせてもらってもいい?事情も分からず一人にするのは危険な気がする」
そう言って大河は、みなとみらいから高速道路を使ってしばらく車を走らせる。
瞳子も見覚えのあるアートプラネッツのオフィスが見えてくると、ふいに大河が口を開いた。
「アリシア、ゲート開けて」
「は?私、瞳子ですけど。ゲートを開けるって、どうやって?」
「ぶっ!違うから」
すると車の前方に見えてきたガレージがゆっくりと開くのが目に入った。
あ、そういうこと、と瞳子が納得していると、スピードを落とした大河が車を中に進める。
そのまま奥のスペースに駐車してエンジンを切ると、ハンドルに片腕を載せていたずらっぽく瞳子に笑いかける。
「アリシア、降りるよ?」
「瞳子です!」
ムッとする瞳子に、大河は、あはは!と笑い声を上げた。