「はい、コーヒー」
「ありがとうございます」
オフィスに入ってコーヒーを淹れると、大河は瞳子の向かい側のソファに座った。
「それで?あの週刊誌の記者は、君に何の用だったの?どんな記事を書かれたの?」
「あ、あの。それは…」
瞳子はうつむいて言葉に詰まる。
(どう説明すればいいのだろう。先輩とのことを話さなきゃいけない?それって私の気持ちも?)
考えあぐねていると、大河が小さく息を吐く気配がした。
「ま、週刊誌の記事だもんな。あることないこと、いや、ないことないこと書かれて、気持ちいいもんではないだろうってことくらい想像つく」
「あ、はい」
「けど、今後またあいつに追い回される可能性はないの?」
「えっと、ある…かもしれません」
あの記者は、イケメンアナの倉木 友也のゴシップを狙っている。
明日発売される記事がどんなものかにもよるが、先程の様子では、追加でまた酷い内容の記事を書くつもりなのだろう。
それなら、また自分が一人になった時に接触されるかもしれない。
瞳子は思わず身震いして両腕をギュッと握りしめた。
「んー、どうしたもんかなあ」
大河は頭の後ろで両手を組み、宙を仰ぎながら呟く。
「刑事としては詳しく取り調べをしたいけど、君にも黙秘権があるしね」
「はい」
(って、大河さんまだ刑事気分なんだ)
「ここはやっぱり、君の安全を守るのが警察の務めだろうな」
「すみません、お手数をおかけしまして」
「いや、公務員の義務だから、気にしないで」
「ありがとうございます」
「じゃ、今日のところはひとまず自宅まで送るよ。何かあったらいつでも連絡してきて。あ、俺の連絡先教えとくよ」
そう言ってスマートフォンを取り出した大河は、画面を操作し始めた途端、ピタリと手を止めた。
「もしかして…、倉木 友也?」
えっ!と瞳子は絶句する。
(ど、どうして…?)
驚きで声が出せない。
「明日発売の週刊誌の記事として、ニューストピックスに挙がってる。ひょっとしてこの記事なの?あの男が書いたのは」
呆然とする瞳子に、大河は確信したらしい。
再び画面に目を落として画面をスクロールし、ん?と首をひねった。
「この写真。まさかうちのミュージアムじゃ…」
ハッと瞳子は息を呑む。
先程、あの記者の男に見せられた写真が載っているに違いない。
「すみません!その写真が掲載されるということは、こちらの会社にもご迷惑をおかけすることになるんですね。本当に、なんてお詫びしたらいいのか…」
「いや、そんなことは気にするな。それよりこの写真は、うちのミュージアムのプレオープンイベントの日に撮られたもので間違いない?」
「はい、そうです。夜のレセプションパーティーの時です」
「この、倉木 友也の横にいるのは、君なんだね?」
「…はい。間違いありません」
「そうか。倉木アナの熱愛発覚として、ネット上では既にかなりの反響がある」
「そんな!熱愛だなんてデタラメです!」
「え?彼は恋人じゃないの?」
「違います!」
「そうなんだ…」
大河は拍子抜けしたように呟いてから、じっと考えを巡らせ始めた。
「事実かどうかは関係なく、君の周辺は騒がしくなると思う。あのイベントの日は多くのマスコミが来ていた。この写真を見れば、写っているのは司会をしていた君だとすぐに分かるだろう。名前も所属事務所も秒速で嗅ぎつけられる。問い合わせの電話が事務所に殺到して、君は身動き取れなくなるかもしれない」
「そ、そんな…」
「ひとまず、千秋さんには知らせておいた方がいいんじゃないか?」
瞳子は頷くと、すぐさまスマートフォンを取り出して千秋の番号にかけた。
『え?ちょっと待って。どういうこと?倉木 友也の記事で瞳子が騒がれるって、どうして?』
電話から千秋のいぶかしげな声がする。
瞳子はなんとか気持ちを落ち着かせながら説明した。
「事実無根ですが、倉木アナの熱愛発覚の記事に私の写真が載ります。私は彼の恋人ではありませんが、たまたまレセプションパーティーの時に二人で外に出たところを写真に撮られてしまって…」
『そうなのね、分かった。それならうちの事務所にも問い合わせがあるかもしれないわね。あ、瞳子は大丈夫なの?今どこにいるの?』
「えっと、私は今…」
すると、貸して、と言って大河が瞳子の手からスマートフォンを取り上げる。
「もしもし、アートプラネッツの冴島です。はい、そうです。夜分にすみません。実はたまたま彼女が週刊誌の記者に詰め寄られているところを見かけて、今うちのオフィスで保護しています。既に記事はネット上で掲載され、おそらく明日以降、そちらの事務所や彼女の自宅にもマスコミが来るかもしれません。しばらくは、彼女はどこかに身を隠す方がよろしいかと。…はい、そうですね。分かりました。また明日ご連絡いたします。それでは」
通話を終えると、大河は瞳子にスマートフォンを返した。
「千秋さんも、君の当面の居場所を探すと言っていた。とにかく今夜はここにいて。明日、君を安全な場所まで送り届けるから」
そう言われても瞳子は頷けない。
「どうした?大丈夫か?」
「はい。あの、これ以上こちらにご迷惑をおかけする訳にはいきません。今のうちにタクシーで帰ります」
「帰るって、自宅に?朝になれば、君は一歩もそこから出られなくなるかもしれないのに?」
「たとえそうなっても、私の問題ですから。どうぞお気になさらず」
「おいおい。確かに俺は愛想は悪いが、そこまで薄情者でもないぞ。とにかくしばらくはここにいろ。俺もどこかいい場所はないか探してみるから」
そう言うとデスクに行き、パソコンを立ち上げて検索を始めた。
「んー、自宅と事務所以外でどこか安全な場所…。ホテルとか?いや、誰でも入れるか。じゃあ、ウィークリーマンションとか?セキュリティがしっかりしてるところ、あるかな?」
カタカタと入力しながら真剣に検索する大河に、瞳子はそっと頭を下げた。
「おっはよーっす!って、おい大河!またオフィスで寝落ちかよ。ほら、起きろ!」
翌朝。
オフィスに出社した透は、デスクに突っ伏している大河に声をかける。
「大河ってば!風邪引くぞ。ん?なんだ、ちゃんと毛布掛けてんのか」
大河の肩には、いつもソファに置いてあるブランケットが掛けられていた。
だが透はその姿に違和感を覚える。
「ちょっと待て。なんか構図が不自然だぞ?」
大河から少し離れ、両手の人差し指と親指でフレームを作って大河を眺めた。
「あ!その毛布、自分で掛けたんじゃないな?誰かが後ろからそっと大河に掛けたんだろ。おい、大河!いったい誰といたんだよ?」
「んー、うるさいな、もう」
肩を揺するとようやく目を開ける。
「透、朝から騒ぐな」
「これが騒がずにいられるか!大河、お前まさか女を連れ込んだのか?」
「はあ?なんだよ、女って」
「こっちが聞いてんだよ!夕べ誰と一緒にいたんだ?」
「誰って、それは…。えっ!」
大河はガバッと身体を起こす。
オフィスを見渡すが、瞳子の姿はない。
(まさか、一人で出て行ったのか?)
呆然としていると、デスクの隅に小さなメモが置かれているのに気づいた。
薄いピンクの縁取りのメモには、
『ありがとうございました』
とひと言、綺麗な文字で綴られている。
(いったいどこへ?無事なんだろうか)
そして大河はハッと思い出してテレビのスイッチを入れた。
朝の情報番組が流れ、ちょうど倉木 友也の週刊誌の記事に関して、コメンテーターが語っているところだった。
「いやー、この写真を見る限り、なかなか親密な雰囲気ですよね。どうやら倉木さんは、自分のジャケットを彼女に着せてあげてるようですし。パーティー会場を二人で抜け出してっていうのも、なんだかロマンチックです。しかもお相手の女性は、パーティーの司会者だそうで、ある意味同業者ですよね。これはもう決まりじゃないですか?」
何を勝手な…と大河が唇を噛み締めると、隣で透が、ええ?!と声を上げた。
「こ、これ、瞳子ちゃんじゃないか?顔にぼかし入ってるけど、そうだよな?後ろにうちのミュージアムが写ってるし」
「ああ、そうだ。だが、記事はデタラメだ。彼女は倉木アナとはつき合ってない」
「え?なんで大河がそんなこと知ってるんだよ?」
「夕べ偶然、この週刊誌の記者に捕まってる彼女を見かけて保護した。透、こうやって話題になった以上、うちの事務所やミュージアムにも問い合わせがくると思う。対応を頼む」
「分かった。それはいいけど、瞳子ちゃんは?無事なのか?」
「分からない。どうやらこっそりここを出て行ったらしい」
「そんな…」
二人は言葉もなく、まだあれやこれやとコメントしているテレビ画面を見つめていた。
(ひっ!嘘でしょ?もう事務所にまで…)
明け方にそっとアートプラネッツのオフィスを抜け出した瞳子は、タクシーでひとまず事務所に向かった。
千秋に詳しく事情を話して、今後のことや当面の仕事についても相談させてもらわなければならない。
少し離れた場所でタクシーを降り、角を曲がる前にそっと顔を覗かせると、500m程先の事務所があるビルの入り口に、早くも5人のマスコミが待ち伏せているのが見えた。
瞳子はしばし思案してからもう一つ先の角を曲がり、ビルの裏口へ回った。
常駐している顔馴染みの警備員が、瞳子を見て急いで裏口を開ける。
「間宮さん!良かった。さっきから正面入り口にマスコミが来てて、間宮さんのこと、あれこれ聞いてくるんだよ。いったいどうしたの?」
「すみません、ご迷惑をおかけして。あの、今後もまだ大勢来るかもしれませんが、よろしくお願いします」
「分かった。ノーコメントってやつだな?任せといて」
「お手数おかけして申し訳ありません。よろしくお願い致します」
何度も頭を下げてから、瞳子はエレベーターホールへは向かわず、入り口から死角になっている階段を上がって3階の事務所に入った。
まだ誰もいないガランとした部屋で、ふうと息をつく。
自分のデスクでぼんやりしていると、いつの間にか外が明るくなっていた。
(6時か…。ひょっとして朝の情報番組でも取り上げられてるのかな?いや、局アナの恋愛なんて、さすがにテレビではやらないか。有名人とは言え、テレビ局の社員だもんね)
そう思いながらテレビのリモコンに手を伸ばす。
スイッチを入れると、いきなりあのツーショット写真が画面に現れた。
(ひえっ!)
『TVジャパン 倉木 友也アナ 熱愛発覚!』
と書かれたテロップも目に飛び込んでくる。
思わず瞳子は、スイッチをオフにした。
シーンと静けさが戻ってきて、瞳子は心拍数の上がった胸を押さえて気持ちを落ち着かせる。
(これからどうなるんだろう。こんなに大きな騒ぎになるなんて…)
それに友也のことも気がかりだ。
自分ですらこんなに周囲が騒がしくなるなら、彼はもっと大変なことになっているだろう。
(どうすればいいの?私が、誤解ですって記者の人達に言うべき?)
あれこれ考えていると、外の様子が一層騒がしくなった。
カーテンの隙間からそっと下を見下ろすと、マスコミは15人程に増えており、その間を縫うように千秋がビルの入り口に向かっているのが見えた。
「千秋さん!」
マスコミに取り囲まれ、もみくちゃにされながら、千秋は「通してくださーい!」と叫んでいる。
瞳子がヤキモキしながら見つめていると、マスコミを振り切った千秋が、ようやく建物の中に入っていくのが見えた。
瞳子は急いで事務所の入り口で出迎える。
「千秋さん!」
「瞳子?!どうしてここに…。大丈夫なの?」
「私は平気です。千秋さん、ごめんなさい!本当にすみません…」
千秋の顔を見てホッとしたのと、申し訳なさに、瞳子は思わず涙ぐむ。
「泣かないの。ほら、もう大丈夫だから。ね?」
千秋は瞳子を優しく抱きしめた。
「すみません、千秋さんにまでご迷惑をおかけして…。マスコミの人達にもみくちゃにされましたよね?大丈夫でしたか?」
「大丈夫、大丈夫!なんかちょっと有名人の気分だったわ。あはは!」
千秋さん…と、瞳子は千秋の気遣いにまた目を潤ませる。
「それより瞳子、アートプラネッツにいたんじゃないの?ひょっとして一人でここに?」
「はい。あちらにもご迷惑をおかけしてしまうので、明け方に抜け出してタクシーでここに来ました」
「そう、分かったわ。とにかくあなたが無事なのを、冴島さんにも伝えておかないと」
そう言って千秋はアートプラネッツに電話をかけた。
「はい、今はうちの事務所で私と一緒にいるのでご心配なく。そちらの様子はいかがでしょうか?マスコミは来ていませんか?…そうですか、はい」
千秋が大河と電話で話すのを、瞳子はそばでじっと見守る。
「冴島さん、この度は本当にありがとうございました。助かりました。…そうですね、今後についてはまだ…。かしこまりした。またご連絡差し上げます。はい、それでは失礼致します」
受話器を置いて、ふうとため息をつく千秋に、瞳子はすぐさま「どうでしたか?」と尋ねる。
「あちらのオフィスには、まだマスコミは来ていないそうよ。今後の瞳子の居場所については、冴島さんも今、あちこち検討してくださっていて…」
そこまで話した時、ふいに事務所の電話が鳴る。
営業時間にはまだ随分早かった。
冴島さんかしら?と言いながら、千秋が受話器を上げる。
「はい、オフィス フォーシーズンズでございます。…え?はい?あの、どちら様でしょうか?」
怪訝な面持ちになる千秋に、瞳子は心配になる。
(もしかして、マスコミ?)
どうやらそうらしく、千秋は、
「お話出来ることは何もございませんので、失礼致します」
と言って電話を切った。
だがすぐまたコール音が鳴る。
「あーらら。これは絶対ジャンジャンバリバリ、マスコミからよね」
そう言って千秋はコンセントを引っこ抜く。
「ち、千秋さん?!」
「あー、静かになった。瞳子、うちのメンバーに一斉メールしてくれる?事務所の電話は使えないから、何かあったら私の仕事スマホにかけるようにって。取り引き先の担当者には、私からメールを送るから」
「は、はい!かしこまりました」
瞳子は急いでデスクに着く。
メーリングリストを開いて、カタカタと文章を入力すると、登録メンバー全員に一斉送信した。
「さてと!じゃあまずはコーヒーでも飲んでくつろぎましょうか」
ひと通り連絡を終えた千秋が、立ち上がって明るく笑う。
「あ、私が淹れます。座っててください」
「あら、ありがと」
瞳子は電気ケトルのスイッチを入れ、千秋のマグカップにドリップコーヒーを淹れた。
「瞳子も飲みなさいね」
「あ、はい」
瞳子は自分のマグカップにもコーヒーを注ぐと、千秋が座っているソファに運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう。瞳子、朝ごはんは食べたの?」
「え?いえ、まだ」
食事のことなど、頭の片隅にもなかった。
「ダメよ、ちゃんと食べなきゃ。コンビニで色々買ってきたの。食べましょ!」
千秋はエコバッグから次々とサンドイッチやサラダ、ヨーグルトを並べていく。
勧められて遠慮がちに口にした瞳子は、美味しさと千秋の優しさにホッとした。
「瞳子。しばらくの間、うちに来る?」
ゆっくりと朝食を味わい、コーヒーを飲みながら千秋が尋ねる。
「え、千秋さんのうちって、彼と一緒に暮らしてるマンションですよね?そんなのダメです!お邪魔になるだけです!」
「でも非常事態なんだしさ。まあ、瞳子が男の人が苦手なのは知ってるから、無理にとは言わないけど…」
「はい、お気持ちはありがたいですが、初対面の男性と同じ部屋というのはやっぱり…」
「そっか。うーん、でも他にどこかってなるとなあ。冴島さんはウィークリーマンションは?って言ってて、私もそれがいいと思ったけど、それだと瞳子、全く身動き取れなくなるでしょ?食料品の買い出しも行けなくなっちゃう。だから、誰かと一緒にいるのが一番いいと思うの」
誰かいい人いないかなー、と言いながら、千秋はコーヒーを口にする。
「亜由美は?って思ったけど、絶対ダメだよね。マスコミに囲まれたらあの子、ミーハー心に火がついて、何でもしゃべっちゃいそう。あはは!想像つくわ」
面白そうに笑う千秋に、瞳子も思わず頬を緩めた。
「じゃあ、うちの彼氏をしばらく部屋から追い出すか。それならいいでしょ?」
ええ?!と瞳子は、千秋の突然の提案に驚いて仰け反る。
「そ、そんなのいけません!絶対に!私のせいでそんな…。それなら今すぐ私マスコミの前に出て行って、自宅に誘導しますから」
「はっ?!何言ってんの。そんなことしたら瞳子、部屋から一歩も出られないわよ?ずーっとピンポン鳴らされて、おちおち寝てもいられないし」
「でもだからって、千秋さんにこれ以上ご迷惑をおかけする訳には…」
そこまで言った時だった。
ふいに外がガヤガヤとうるさくなる。
何かしら…と、窓からそっと下を覗き込んだ千秋が、冴島さん?!と声を上げる。
えっ!と瞳子も窓際に駆け寄った。
恐る恐る見下ろすと、タクシーから降りた大河が、マスコミをかき分けて入り口に向かって来る。
大河に続いてどさくさ紛れに建物に入ろうとしたマスコミを、警備員が両手を広げて制止していた。
瞳子は急いで事務所の入り口に行き、ドアを開ける。
タタッと階段を駆け上がって、大河が姿を現した。
「大河さん!こっちです」
ん、と小さく頷いて、大河が事務所に入って来る。
瞳子はすぐさまドアを閉めた。
「ふう、やれやれ。おっさん達、ボディタッチが激し過ぎ。Tシャツの首が伸びるっつーの」
羽織っていたシャツを整えながら愚痴をこぼす大河に、千秋が近づく。
「冴島さん、どうしてここに?」
「その前に千秋さん。さては電話線引っこ抜いただろ?」
「え?よく分かったわね。そうなのよ、あはは!」
「あははじゃないってば。何回かけても電話出ないし、伝書鳩でも飛ばそうかと思ったよ」
「あら、いいわね!クルックーって?」
「何?クルックって」
「だから、鳩の鳴き声。クルックーって鳴くでしょ?」
「え、ポッポッポーじゃないの?」
「それは歌の歌詞でしょ?」
「知らないっつーの!それよりスマホの番号!とにかくまずはそれを教えて」
大河はポケットからスマートフォンを取り出し、千秋と連絡先を交換する。
その流れで、夕べ結局うやむやになっていた瞳子とも、メッセージアプリを登録し合った。
「よし、これで鳩は飛ばさずに済む。それで?これからどこに行くか決まったの?」
大河に聞かれて瞳子は目を伏せた。
「いえ、それがまだ…」
「そうか。それならうちのオフィスにしばらくいるといい。俺達ヤローが4人もいるし、何かあっても君を守れる。広くないけどシャワー付きの仮眠室もあるよ。食料の買い出しも代わりに行けるし、どうしても外出する時は、ガレージから車に乗って出ればいい」
「ええ?でもそんな、そちらにご迷惑になるだけでは…」
「じゃあ他に行くアテはあるの?」
「それは、その…」
「実は本音を言うと君に来て欲しい。アートプラネッツの作品に、女性の観点で意見を聞いてみたいと常々思ってたんだ。けど、女性スタッフを雇うと色恋沙汰が面倒くさくてさ。どう?しばらくうちの仕事、手伝ってくれない?」
は?と、思わぬ話の展開に瞳子は目をしばたかせる。
「いいじゃない!瞳子、そうさせてもらったら?」
「いえ、あの…。私なんかがお手伝い出来ることなんて」
千秋に顔を覗き込まれても、瞳子は頷けない。
「迷ってる暇はない。あとになればなる程マスコミが増えて、ここから身動き取れなくなる。千秋さんと二人で缶詰めにされるぞ?それに何もしないと気が滅入るだけだ。どうせしばらくは司会の仕事も出来ないんだろ?だったらこっちを手伝ってくれ。そうすれば俺達にとっても、君は迷惑でも何でもない。大歓迎だ」
瞳子がおずおずと視線を上げると、大河は大きく頷いてみせた。
その表情に瞳子はホッと安心し、守られているような心強さを感じた。
「瞳子、ね?そうさせてもらいなさいよ」
千秋の言葉に、瞳子はゆっくりと頷く。
「はい。お願いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。そうと決まればすぐに行こう」
「え、でも…。行くってどうやって?」
裏口からこっそり出るのだろうか?
だがもしマスコミに見つかったら、それこそアートプラネッツまで尾行されかねない。
それに裏口にも、既に誰かが張っている可能性が高い。
瞳子が再び肩を落とすと、大河はニヤリと笑ってみせた。
「もちろん、正面から堂々と出て行くよ」
え?と、瞳子は千秋と顔を見合わせて首をひねった。
「ひゃー、かっこいい!素敵!まるでハリウッドスターカップル!ちょっと待って、写真撮りたい!」
千秋は興奮気味に瞳子と大河の写真を撮る。
瞳子は困惑しながら、鏡の中の自分を見た。
(ほんとにこれで表に出るの?)
鏡に映るのは、ブロンズヘアにサングラスの外国人…にみえる自分だった。
大河が千秋にモデルの衣装を貸して欲しいと頼み、千秋は嬉々として二人のコーディネートを考えた。
瞳子はブロンズの、大河は明るいブラウンのウイッグを着け、二人とも大きなサングラスをかける。
首周りが大きく開いたタンクトップの上に、サラリとオーバーサイズのジャケットを羽織ったラフなスタイルで揃え、更に瞳子はスキニーパンツに8cmヒールのパンプスを履く。
デコルテをあらわにし、いつもはひた隠しにしている胸も強調した。
こんな格好、恥ずかしくて無理だ、と言ってみたのだが、これくらいしないと瞳子だとバレると言われて、仕方なく引き下がった。
手配したタクシーがビルの前に止まると、行くぞ、と大河が声をかける。
「行ってらっしゃーい!ぐふふっ」
不気味な笑みをこぼす千秋に見送られ、瞳子は大河と共にエレベーターを使って1階に下りた。
正面玄関から外に出た途端、わーっとマスコミのカメラマンや記者達に取り囲まれる。
「オフィス フォーシーズンズのモデルさんですか?間宮 瞳子さんをご存知で?」
「ここに倉木 友也が来たことはありませんか?」
「二人について、何か知ってますか?」
「あの二人、つき合ってるんですよね?」
一斉にマイクとカメラを向けられて、瞳子は立ちすくむ。
すると大河がにこやかに皆に笑いかけた。
「Excuse us! Sorry, we can’t speak Japanese」
あ…、と記者達は一様にひるんで道を空ける。
「Thank you!」
にっこりと笑顔で歩き始めた大河は、ふと瞳子を振り返った。
「Hey, アリシア。Are you OK?」
「イ、イエース」
瞳子はぎくしゃくと歩を進めると、大河に促されてタクシーに乗り込む。
こうして瞳子は、見事マスコミの目をかいくぐって脱出に成功したのだった。
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