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「ええ、そうです。貴女も思いませんか? 妃殿下の宮はあちこちに龍だとか虎だとか猛々しい絵や置物ばかりで、華がありません。以前通して頂いた部屋を見る限りでは、寝所も同じ雰囲気なのでは? 妃殿下はもっと可愛かったり綺麗なものがお好きなはず」
「そう仰られても、妃殿下の為と風水師に言われれば言われたようにする他ありません」
「それで?」
「それでって……」
「その風水師とやらの助言通りにして、妃殿下は幸せそうですか?」
それで? と言われた時にはムッとした顔をした侍女だったが、次にした麗霞の指摘に言葉を詰まらせた。
「それは……」
「皇太子妃という立場が尊い分、窮屈である事も、また我慢しなければならないことが多いことも理解しています。ですが宮の中だけ、せめて最もプライベートな場所である寝所だけでも、好きで溢れてもいいではないですか。人を通す応接間は無理でも、そのくらいなら構わないでしょう? 皇太子妃という衣を脱ぎ捨て心休まる場所があった方が、余程妃殿下の為と言うものです」
「私も麗霞の言うことに、一理あると思う。それに内装を変えたことによって何か不都合が生じたなら、またすぐ元に戻せば良いだけのこと。なにも宮ごと建て替えようと言っているわけでもないのだから、そう難しく考えるな」
話を聞きながら思案していた侍女だったが、納得したようにゆっくりと頷いた。
「……煜峰殿下もそう仰られるのなら分かりました。実を言うとあの風水師の助言にはずっと不満だったのです!妃殿下のお好きな桃色や菫色は駄目だと言って深緑色や濃紺色を勧めてくるし、可愛げのない置物ばかりり買わされるしで……! こうなったら私も、妃殿下のためにとことんやりましょう」
侍女と手を握り合うと、まるで同盟でも組んだかのようだ。互いに自然と、ニヤリとした笑みがうかんでしまった。
皇太子妃の宮について侍女としばらく話し合ったあと、煜峰と一緒に画院へ戻る道すがら、麗霞は「あのぅ……」と後ろからその背に向かって声を掛けた。
「なんだ?」
「代わりに贈りものをして頂きありがとうございました。私ではとてもじゃないですが、あんなに高価な作品を用意して差し上げられないので」
煜峰には姜弘の絵をはじめとして、芸術品をいくつか購入してもらった。本当なら麗霞が自分の部屋に飾っておきたいような素晴らしい作品なのだが、あいにく一介の官女が手の出せるような額ではない。皇太子妃が好みそうな絵や置物を選んで、お代は全て煜峰持ちだ。
「そのことなら礼はいらん。義姉上への贈り物だからな」
「そうですか……」
「まだ何か言いたそうだな」
「えぇと、非常に申し上げにくいのですが……」
「これまでもなかなか図々しかったぞ? お前の頭の中が乱れて酷いことも知っているし、これ以上何を言い淀むことがある 」
うぐっ。
この頼み事をしたら、酷いにさらに酷いが上乗せされそうだ。
でもこれも妃殿下の為、ひいては太子殿下の為にもなる。
麗霞は持っていた手荷物の中からそろりと、一束の紙を煜峰に差し出した。
きちんと紐で綴じて、表紙もつけてある。
「これは?」
「煜峰殿下から皇太子殿下に渡していただきたいのですが」
「中に何が書いてある?」
やっぱり聞くわよねぇ、それは。
皇太子に渡すんだもの。中に何が書かれているのか検閲するに決まっている。
麗霞の表情から何かを察した煜峰は、そのまま冊子を懐に差し込んだ。
「何が書かれてあるのかは大体分かった」
「わ……分かったのですか?」
「お前が仕事以外の物で持ち歩いている物など、言わなくても察しはつく。春画であろう?」
「左様でございます……」
完全に麗霞の趣味嗜好と行動パターンを読まれている。ここまで麗霞の変態っぷりを晒している相手は、友達の葉青以外に煜峰だけかもしれない。
「妃殿下経由で渡して貰う訳にもいきませんし、ましてやただの官女である私が渡すのもおかしいですから。頼めるのは煜峰殿下だけなのです。無理にとは言いませんが」
「断るつもりなら、こうして懐に入れたりはしないだろう」
「それでは渡して下さるのですか!?」
いつも思うのだが、煜峰は意外と寛大だ。なんだかんだで、何の役にも立っていない麗霞を大目に見てくれる。それも多分に。
「気が向いたらな」と答えた煜峰は、怒られなかったと安堵する麗霞に目を向けた。
「何故そこまでする」
「え?」
「皇太子夫妻に恩でも売りたいのか? それとも私にか?」
「いっ、いえ!恩だなんてとんでもないです。煜峰殿下には色々と見逃して頂いているだけで十分です。それに、これが本当に妃殿下の為になるのかどうかも分かりませんし」
「なら尚更だ。妙なことに首を突っ込んで、突っ込んだまま頭を失うことになるかもしれぬというのに、何故そうもお節介をする」
「それは……」
力なく笑った妃殿下のあの顔が忘れられない。自分の描いた絵が余計に虚しくさせているだけだと思うと、麗霞まで悲しくなってくる。
「私が描いた男女の絵を初めて友人に見せた時、その友人は目をキラキラとさせて、これまで見た事もないような顔で笑ったんです。男女が熱く見つめ合う絵に書き添えた数行の文章。たったそれだけの絵で、二人で半刻近くもキャアキャア言いながら、妄想を膨らませて話しました」
二人はどんな関係か、どうやって知り合ったのか、熱い視線を交わしたその後はどうしたのか……。バカみたいだけど、楽しい時間だった。
画院にいる画人達のように、優れた絵は描けないかもしれない。宮廷に飾られるような作品を、麗霞には生み出せないだろう。
でも、この時気付けたのだ。誰かの心を動かせる作品を自分にも描けるのだと。
「私はただ妃殿下に、私の絵を心から楽しんで欲しいだけです。私の絵を見て頬を緩ませて、あられもない想像をして、ドキドキする。そうやって楽しんでもらわないと、作品が浮かばれません」
どの絵も一つ一つ丁寧に、心を込めて描いている。姜弘の作品のように、万人の心を打たなくてもいい。でもせめて、受取人には満足して欲しいし、楽しんでもらいたい。
麗霞が真面目に話したというのに、煜峰が腹を抱えて笑いだした。
「ふっ、ははっ! はははは……!」
むぅっ、人の情熱を笑うなんて。
機嫌を損ねたことに煜峰が気付き、バツの悪そうな顔をして笑いを引っこめた。
「そう気を悪くするな」
「いいです別に。煜峰殿下からしたら馬鹿らしいでしょうから」
「そうじゃない。いや、まぁそうだな。馬鹿らしい」
「どっちなんですか!?」
ふっと、もう一度笑みを浮かべた煜峰と視線が交わる。
「馬鹿らしい程純真で、真っ直ぐで……」
するりと伸びた煜峰の手が、麗霞の髪に触れた。
その仕草がまるで大切な何かに触れるかのようだったからか、何度かからかわれたあの時とは煜峰の眼差しが違う気がする。
もっとずっと熱く、痺れるような、そんな目線。
「麗霞、お前は本当の画人だよ」
予想だにしないことを言われて、一気に頬が熱くなった。本当の画人だなんて、そんな大袈裟です! と否定しようと口を開きかけたところで、煜峰に先を越された。
「つまり、変わり者と言うことだ」
「かっ……変わり者?」
「そうだ。私から見ると、姜弘にそっくりだぞ」
先程まで感じていた熱い視線はすっかり消え、悪戯げに目を細めている。
またこの人はーー!
「もうっ! からかわないで下さいっっ!!!」
煜峰が皇子じゃなかったら、ケラケラ笑いながら先を歩くその背を叩いてやりたいくらいだ。
そのくらい、いつの間にか煜峰との距離が縮まっていた。
コメント
1件
うわ、第23話、すごく良かったです!麗霞が妃殿下のために宮の内装を変えようと動くシーン、彼女の「好きで溢れてもいい」っていう言葉にグッときました。あと煜峰が「本当の画人だよ」って言ったあとで「変わり者」って付け足すところ、もう…!あの髪に触れる仕草からのギャップ、滾りますね。二人の距離が確実に縮まってるのが感じられて、次が楽しみすぎます。春画のくだりも麗霞らしくて思わず笑いました(笑)。
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