テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
皇太子妃・桜綾の宮を訪れるのはこれで何百回目か。もう十数年もの時を夫婦として過ごしてきたが、暁明は妻の趣味をこの時初めて知った。
置かれている家具が変わったわけでもないのに、無機質で色味のなかった部屋に柔らかい色がさし華やかになっている。
年が明けてまだ寒い季節だが、宮の中には蝋梅や牡丹の花が飾られて、壁には梅の木にとまる愛らしい小鳥の絵。
敷物や牀榻に設えられた布製品は以前は龍や蝙蝠の柄だったが、花柄に変わって色味も淡い。
それだけではない。
焚かれている香もいつもはもっと深みと重厚感のある木系の香りだったきがするが、今は甘さと爽やかさが複雑に絡み合う甘美な香りがする。
「随分と宮の雰囲気が変わったね」
ゆっくりと室内を見回しながら暁明が言うと、桜綾は不安げな様子だ。
「年甲斐もなく、はしたないでしょうか?」
「いいや、そんなことはない。明るく優しい気持ちになれる部屋だと思うよ。君にぴったりの内装だ」
「そうでしょうか?」
「ああ。それに君の顔色も、いつもより優れているようだ」
煜峰から、妻たちに助言をしていた風水師が何者かに買収されていたのだと、先日聞かされた。
呪いの札だけではなく、気の流れまで乱していたとは。
その何者かを追っている最中ではあるが、恐らく胡一族のうちの誰かにたどり着くだろう。
知らず知らずのうちに、毒を盛られていたのだ。
風水師が買収されていたことは、今日、桜綾に話すつもりだった。そのつもりで宮を訪れたのだが、部屋の内装を変えたほうがいいと言うよりも前に、既に妻好みの部屋へと様変わりしていた。
新しい風水師を呼び寄せるつもりでいたが、それももしかしたら不要かもしれない。
妻の表情が以前よりも明らかに晴れやかで、生き生きとしている。
「分かりますか? 風水師の助言は一度忘れ、部屋の中を思い切って変えてみたら気分がいいのです。それが皆にも伝わっているのでしょう。侍女や下女達もなんだかフワフワとして楽しげで」
「それで花びらまで撒かれているのかい?」
#異世界転移
花月夜れん
2,559
設楽理沙
880
耀聖(ようせい)
269
耀聖(ようせい)
855
牀榻には花びらが散りばめられて、随分と大胆だ。
呆れているのではないことを伝える為に笑ってみせると、照れた様子で笑い返された。
「さすがにやり過ぎよって言ったのですが……」
ほんのりと色付いた耳の先が可愛くて、暁明はパクりと唇で食んだ。
「暁明様……」
「今すぐ君を抱きたい」
「お酒やつまみも用意してございますよ」
「待てないんだ」
漂ってくる香が煽情的な香りのせいなのか、それとも部屋が甘い雰囲気の内装に変わったからなのか。
何度もしてきた行為のはずなのに、今日は妙に気持ちが昂る。
手順通り、機械的に。
帯紐をといて脱がせて、その身体を貪る。
何も考えなくとも出来てしまうほどに、桜綾とは身体を重ね合わせてきた。
ただ今回は一冊の冊子の内容が、暁明の頭の片隅に残っている。
『最近市井の女性たちの間で流行っているのだそうです』
そう言って煜峰から渡された冊子だ。
おすすめの書物を渡してくることはこれまでもあったので、なんの考えもなしに受け取り部屋で読もうと開いて驚いた。
『民の暮らしを知るために、兄上も目を通してみてください。非常に興味深い内容でした』
そんな言葉と共に渡された書の中味が春画だと、誰が思うだろう?
こんな風にからかってくるとは。
叱ってやろうと思う前に、思わず笑いが込み上げてきてしまった。
基本、暁明は煜峰に甘い。
「兄上、兄上」と言っていつもついて回ってきた腹違いの弟は、心底自分を慕ってくれる。
例え血の繋がりのある兄弟・親族でも、簡単に気を許せる相手のいない宮中で、煜峰は暁明の数少ない家族だ。
久しぶりにイタズラをしてきたなと、なんの気もなしにパラパラと紙を捲ると、いつの間にか食い入るようにその絵を見てしまっていた。
「恋恋……。女性か?」
署名されているのは恐らく筆名。だがきっと女性で間違いない。
こんな春画を暁明は見たことがない。
体位をどうするといいだとか、どこをどう触れられると喜ぶだとか、暁明が目にしてきた春画はそんな内容ばかりだ。
それに比べ、この春画に描かれている男女は身体を重ねているというよりも、心を触れ合わせているという表現の方がしっくりとくる。
添えられている文章も、ここに触れられて感じているという内容ではなく、想いを寄せる男性に触れられて喜ぶ女性の心の声が記されている。
男の腕の中で淫らな顔をして身を捩らせる絵の中の女性は、いやらしく卑猥だと思うより先に、美しいと思った。
果たして自分は、妻達をこうやって抱いた事があっただろうか?
恋恋の春画に一通り目を通して浮かんだ問いの答えが、今桜綾を目の前にして出ようとしている。
「……桜綾」
「はい」
「愛している。君の一つ一つ、全てが愛おしい」
「暁明様……。わたくしも……わたくしも心からお慕いしております」
口付ける度、触れる度に桜綾の皮膚がピクリと反応し、吐息を漏らす。
汗ばんだ肌と甘く濡れた蜜壷が、この表情も反応も演技ではないと教えてくれる。
これまでずっと聞いてきた喘ぎ声が偽りだったことに、今更気が付くとは。寝具を固く握り締めていたのは、快楽からではなく痛みを逃すためだったのかもしれない。
桜綾の中を引っ掻き回し、僅かに湿っただけの中に無理矢理入って精を放ち、務めは果たしたと体を離す。
彼女は子を産ませるための手段でも、ましてや道具でもないのに。
今自分の腕の中で身悶えている女性は、皇太子妃というよりも前に、桜綾という一人の愛する女性なのだ。
申し訳ない気持ちももちろんあるが、今はただこの人を愛したい。彼女の心と深く触れ合いたい。
溢れ出てくる愛おしいという感情の全てが伝わるように――。
コメント
1件
うわあ…第24話、すごく好きな回でした。 桜綾さまが自分の好みで部屋を変えて、それだけでもう顔色が良くなるの、やっぱり環境って大事だなって思いました。 それに暁明さまが煜峰から春画渡されて、そこから初めて“心を触れ合わせる”って感覚を持ったのが切なかったです…今まで義務みたいに抱いてたんだなって。 でも今回、初めて本当の意味で桜綾さまを愛してるって伝えられて、よかったねって心から思いました。 2人の関係、ここから変わっていきそうで続きが楽しみです🌙