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目標にしている人がいる。
一緒にピッチに立って、見たい景色がある。
そんな彼に会えるんだ。
羽づくろい
テレビではじめて見た彼は、右ウィングで誰にも止められないスピードを持ち、精度が高いどころか異次元のクロスをあげてチャンスを作ったかと思えば、自らゴールも決められる。
それなのに目立つことを嫌い、ゴールパフォーマンスも控えめ。
そんなギャップだらけの彼と同じピッチに立ちたいと目標を立て、がむしゃらに頑張ってきた。
そして今。
「合宿にいる間、伊東純也選手のトレーニングサポートとして、三笘薫君にお願いすることにした。」
『え?』
とんでもない話に唖然としている俺を置いて話はどんどん進む。
「純也はスピードタイプだから、共にトレーニングを積める相手が限られ、本来の力を発揮することが出来なかったと思う。しかし、彼は純也と同じスピードタイプ。切磋琢磨し、有意義な時間をお互いに過ごせるだろう。」
そう言葉にしながら、森保監督は穏やかな顔で俺を見つめた。
またとないチャンスに、俺は力強く監督に頷き返す。
そして、監督は純也選手の名前を呼び、気の抜けた返事が聞こえたかと思えば、ゆっくりと会いたかった人が立ち上がった。
『あそこに座ってたんだ。』
綺麗に気配が消えていて、全く気づけなかった彼は突然呼ばれたことに驚いています。と隠すことなく空気で伝えている。
「今日から薫はお前と同室になるからよろしくな。」
「えっ!?な」
「さっきの説明で以上だから。では、各自一度準備をしたらいつものトレーニングルームに集合するように!」
そう告げられた純也選手は驚きを隠せない表情でいたが、監督の言葉に返事をした選手達が各々動き出して見れなくなった。
顔が見れなくなって少し残念な気持ちでいると、代表で選ばれた俺達の所に、それぞれ割り振られた人達だと思われる選手が声をかけそれぞれの場所に誘導していく。
「薫君。」
ふと名前を呼んだ方に顔を向ければ、サッカー好きなら知らない人などいない、確固たる地位を若くして確立している富安健洋選手がいた。
「今日からお願いします。富安健洋です。」
「三笘薫です。よろしくお願いします。」
「本来なら純也君がそのまま来てくれた方が良いんだけど、こういうの苦手だから一応、純也君の所まで案内するね。」
「はい。」
「それと、俺の方が年下だと思うので、タメ口で大丈夫です。」
「それなら、お互いにタメ口だと助かるんだけど。」
「じゃあ、タメ口で。」
改めてよろしく。なんてスマートな挨拶を終えると、あっという間に純也選手の所に来ていた。
純也選手は健洋と一緒に立っている俺を見て即座に察して体を向ける。
「こちらが伊東純也君。右ウィングだから、薫と逆サイドになる選手だ。」
「どうも。」
「よろしくお願いします。」
「少し変わった所があるけど、とっても良い人だから。信用して大丈夫だよ。」
「こら、トミー! 」
とんでもない紹介に大袈裟に怒ってみせてるようにしか見えないけれど、健洋は何を言うでもなくそれじゃ。と去っていった。
『なるほど、この距離感か。』
なんて勝手に納得していると純也選手が一歩を踏み出した。
「じゃあ、まぁ、部屋行くか。」
「はい。えっと、純也さん。」
「さんは止めて。」
「じゃあ、純也君。」
「それでよろしく。」
緊張で上手く話せているかわからないけれど、何だか得意気な純也君の後ろをついていく。
『可愛らしい人だな。』
純也君が纏っている空気は独特で、思っていることがコロコロとよく伝わる。
『小動物みたい…なんて言ったら二度と口をきいてくれないだろうな。』
少ししか違わない筈の身長差は、元々猫背なのか更に低く感じる。
『あ、猫っぽいのかも。』
そんな事を考えてるとバレたら凄い怒られそうだから、上がってしまいそうな口角を必死で引き締めた。
部屋についてから、純也君は何も言わず黙々と自分の荷物を確認する。
『この場合、どうしたら良いんだろ…』
きっと、他の人なら気を遣わずに部屋に入っていたと思うが、純也君は多分猫タイプ。
勝手な行動をして、思ってもいない音がしたら吃驚して嫌われかねない…と思う。
どうするべきか…と思案していると、ふと荷物に向けていた視線をこちらに向けた純也君と目があった。
「薫、こっち。」
「はいっ。」
空いているベッドを指差して呼んでくれたことで、俺もホッと胸を撫で下ろす。
何より、素っ気ない言葉ではあるけど、純也君の表情が柔らかい。
『当たってたみたいだ。』
勝手な行動をしないという自分の勘が正しかったことに安心したのも束の間、どこまで声をかけるべきかでまた頭を悩ませる。
『一先ず、荷物を広げたいから、それを聞いてみよう。』
「純也君、荷物広げるけど」
「そっちは薫の好きに使っていいよ。」
「ありがとう。」
細かく声をかけることに抵抗はない…というか、むしろ声をかけて欲しいタイプなのかもしれない。
少しずつ純也君の人柄が知れて嬉しい。
けど、トレーニングルームまでどれくらいかかるんだろ?
もう少し時間があるなら、トイレとか済ませたいけど…流石に質問しすぎかな?
でも、これくらいの質問なら普通だよな。
憧れていた人というのもあり、無駄な事をずっと考えている自分に何だか嫌気がさす。
『もう、考えずに声をかけてしまおう。』
「ここからトレーニングルームはどれくらいでつく距離なんですか?」
「敬語じゃなくてタメ口で。」
「え?あ、うん。」
「ここからトレーニングルームまでは、そんな遠くないから、もう少しゆっくりしてても大丈夫。」
「分かった。」
「トイレは?」
「じゃあ、行ってこようかな。」
そう言ってトイレの場所のついでに備え付けのお風呂の場所も教えてくれた。
ありがとう。とお礼を告げてトイレに入った瞬間、俺は落ち着くために深呼吸した。
『タメ口でいいって言ってくれた…!』
いや、みんなタメ口でOKなタイプなんだろうけど、本人の口から言ってもらえたことが何よりも嬉しい。
『こんなに幸せでいいんだろうか。』
大好きなサッカーが出来るだけじゃなく、憧れの選手とも一緒に過ごせることに、俺は心の中で監督に感謝した。
あれから荷物をまとめてトレーニングルームへと移動し、軽い運動をする。
二人ペアで運動する時の相手はもちろん純也君。
『心臓の音、聞こえてないかな?変な顔してないかな?』
心配ごとで頭がグルグルしながら純也君と運動するために肩に手を回すと、突然純也君がガバッと俺を見上げた。
「同じ筋肉! 」
「じゅんや~、真面目にやれ~!」
「…すんません。」
独特なワードセンスに疑問符は浮かぶけど、純也君のキラキラした瞳が嬉しくて、注意を受けて拗ねている純也君のフォローを忘れて続きの準備運動をする。
「薫さ、もっと筋肉つけろとか言われない?」
「言われますけど、大概は無視してます。」
「な!そうだよな!」
「じゅんや~!薫と一緒にやれて嬉しいからってはしゃぐな!」
「気持ち分かってくれる奴が出来て嬉しいんす!」
「お前が感動する側になってどうする!」
他の人達の目もあって、タメ口で話すのを控えていたけど、純也君が同じ問題を抱えているんだってことが嬉しくて、周りが笑っている事が気にならなかった。
「薫!ここの場面でさ、ボールの位置って、お前ならどこ?」
「俺は足元っすね。ここに置いたら、こっちから来る選手もこっちから抜けるんで。」
「なるほどな~。」
「純也君は、いつもここに置くこと多いよね。」
「え?そう?」
「意識してたんじゃ」
「いや、多分クセだと思う。そっかー。ここかぁ。」
先輩なのに、俺の考えに耳を傾けてくれる。
それどころか、何かある度に名前を呼んで聞いてくれるのが本当に嬉しい。
「薫はこの時、こっちに軸をおくんだな。」
「純也君は右利きなのにこっちに軸をおくから抜けるのが速いんだね。」
部屋に戻ってきてからもお互いの分析が止まらず、感じたことを伝え合う。
そんな時、部屋の扉を誰かがノックした。
純也君が軽く返事をすると、麻也さんが扉を開ける。
「薫。これから代表で来た子達だけでミーティングするからちょっと来てくれ。」
「分かりました。」
「ミーティングの様子を見に来てもいいが、純也はどうする?」
「遠慮します。」
「だろうな。今日はこのまま解散だから、ゆっくり休めよ。」
「はーい。」
そう軽く返事をする純也君と別れて部屋を出て、ミーティングする部屋へと案内してくれる麻也さんへとついていく。
カメラを前に軽く話をして、OKを貰い見に来ていた純也君以外の先輩達と軽く談笑をする。
「薫は憧れてる選手とかいるん?」
律が率先して話をしている中、ふいに質問をされた。
「海外も含めると多すぎて誰ってあげるのは難しいんですけど、すぐにあげるとなると同室の純也君の事は憧れてます。」
「まぁ、純也も薫と同じでスピードタイプだしな。」
「そうですね。でも、純也君はクロス精度でいったら世界一上手いですし、右利き右ポジションっていう難しい場所でもボールを取られない技術もありますし、俺なんてまだまだです。」
そう笑顔で答える俺に、先輩達はポカンとした顔をしていた。
『あれ?変なこと言ったかな?』
と思った瞬間、佑都君が笑いながら俺の背中をバシバシ叩いた。
「薫は純也ファンなんだな。」
「え?」
「いや、佑都君。薫は逆サイドで同じポジションだからこそ、分かってるんだよ。」
「でも、ここまで純也君の事をしっかり分析できてるのは流石だな。」
フォローを入れてくれる航君の側で、顎に手を置きながらブツブツと言っている大地君に俺が気後れしていると、佑都君と逆サイドから拓実君が肩を組んできた。
「そんな純也オタクな薫にええこと教えちゃる。」
「いいことですか?」
「純也はな、押しに弱いんや❤️」
「え?」
「まあ、確かに。積極的に話しをされる方が喜ぶな。」
「よっしゃ!部屋に戻ったらグイグイいきや!」
純也君とほぼ同期組と括られる航君と拓実君が助言してくれて、ほぼ年齢が変わらない律が背中を押してくれる。
『グイグイか…』
みんなと別れて部屋に戻る最中も、律が言った言葉が離れない。
確かに同室だし。
もっと仲良くなりたいし。
少しは意識して貰えたら嬉しい。
「よしっ!」
と扉の前で気合いを入れてから部屋のドアを開ける。
「純也君、戻ったよ。」
声をかけながら部屋の中に戻れば、ベッドに横になりながらスマホに夢中な純也君がいた。
『聞こえてないのかな?』
「純也君、戻ったんだけど。」
さっきより大きめで声をかけたが一向に返事がない。
そんなに夢中になってるものが気になって、俺は純也君の隣りに滑り込みスマホを覗きこんだ。
「そこ、難しいよね。」
「どぅわぁ!!」
見知ったステージが表示されていて、やっぱりここって苦戦するよな~って思いながら声をかけたら思ってもいない反応にどうしたら良いのか分からずキョトンとしてしまった。
そんな反応の俺に、純也君は肩を震わせて睨み付ける。
「戻ってきたなら声かけろよ。」
「声かけたけど、純也君がゲームに集中してたから。」
怒り方が威嚇した猫と一緒で、うっかり声を出して笑ってしまいそうなのをなんとか堪える。
すると、純也君はスマホの画面に視線を向けた。
『積極的に話をされた方が喜ぶ』
そう笑顔でアドバイスをくれた先輩達の楽しそうな顔が過り、なんだか腑に落ちない部分もあるけど、折角なのでグイグイを意識してみる。
「俺もここ、苦戦したんだ。」
「薫もやってんの? 」
「うん。」
図々しくスマホの画面を覗き込んでみても、純也君の反応は普通。
というか、ゲームをやっていることが意外だと言わんばかりに驚いた反応に俺が驚く。
「えっ、薫ってここクリアしてんの?」
「うん。ここの面難しいよね」
「絶対に言うなよ!!」
「言わないよ。でも、隣りで見ていい?」
「…絶対に言うなよ。」
「ヒントは?」
「それは…許す。」
「いいんだ。」
あっちにいけと煙たがられると思っていたけど、隣りにいていいと言ってくれたのが嬉しくて緩む口許をおさえられなかった。
けど、そんな反応の俺を見ても純也君は気にもしないでゲームへと視線を向ける。
だから、俺も純也君にならってゲーム画面へと視線をおとす。
『あれ?これって、こっちを先に…いや、こっちだったかな?』
純也君が困っていたら軽くヒントを伝えようと思っていたのに、全く覚えていなくて一緒になって考え込んでいる俺に
「お前、ここクリアしたんじゃないの?」
とごもっともなツッコミがおくられた。
「したけど、結構前だから忘れちゃったんだよね。」
「なんだそれ。」
「全部クリアしちゃって、アプリ消しちゃったから…って、純也君?」
「俺、もう寝る。」
いきなりスマホの画面を消したかと思えば、あっという間に布団の中に潜り込もうとする。
『しまった!地雷踏んだ!』
なんとか機嫌を直して貰おうと思いつつ、これ以上怒らせないように、ベッドからはおりる。
「え?ゲームをクリアしなくて良いの?」
「誰かさんがマウントしてくるからいい。」
「え?純也君、拗ねてる?」
「別に拗ねてな」
「純也君、可愛いね。」
そう言った後、振り向いた純也君は明らかに理解できないという顔をしていた。
『あっ、心の声が出ちゃったかも』
純也君の顔を見て今の状況を理解した俺は、不自然にならないようになんとか取り繕う。
「純也君は、すっごい可愛いって先輩達が言ってたけど、本当に可愛いね。」
「いや、いやいやいや。それ、本人前にして言うか?」
「あまりに可愛かったから、つい伝えたくなっちゃいました。」
すいません。と謝りつつ 『あぁ、好きだな』と実感した気持ちを噛み締める。
憧れで目標だった人が、こんなに可愛らしくて、純粋で真っ直ぐで。
近くにいて好きにならない訳がない。
そんな風に自分の気持ちに気づけた瞬間、純也君は視線を反らし黙ってしまった。
「純也君、」
怒らせてしまった。
生意気な態度に呆れられてしまったかもしれない。
それでも、気まづい空気のままでいるのが嫌で、何とか声を絞り出して彼の名前を呼ぶ。
すると
「可愛いとか、言うなよ。」
少し顔を上げた純也君は、恥ずかしそうに視線を反らしながら少し頬を膨らませて告げた。
その姿が本当に可愛くて、どうしようもなく愛しくて。
だけど焦って行動して、また拗ねてしまわないように。
少しずつ三笘薫を意識して貰えるように。
「努力します。」
「なんだよ!努力って!!」
「確約できない時は努力しか無理じゃないですか。」
「お前、真面目か!!」
こうやって、何気ない会話を楽しめる仲間として、少しずつ純也君との時間を増やせるように頑張ろうと心に誓った。
それから俺達が去るまでの2日間、みっちりサッカーの話をしたり、ミニゲームで敵対したりチームになったり、今までのサッカー人生の中で一番充実した時間を過ごしたといっても過言じゃない経験が出来た。
だから、この合宿所から去るのが…純也君の隣りから離れるのが淋しい。
「実は、純也君と一緒にサッカーやりたいってずっと思ってたんだ。」
「え?」
荷物を全て入れ終わったキャリーバッグのファスナーを閉めながら俺は純也君に声をかけた。
本当は伝えずにいようと思っていたけど、なんだか後悔する気がして。
そう思ったら自然と口から言葉が出ていた。
「右ウィングで颯爽とボールをさらってゴールに向かう姿を見て、一緒にピッチで戦いたいってずっと思ってた。」
「薫が敵なのは嫌だな。」
「俺だって、純也君が敵なのは嫌だよ。」
二人で見つめ合うと、自然と笑みがこぼれた。
全部言わなくてもしっかりと伝わると、共に過ごした時間が伝えてくれる。
「薫、一緒に戦おうな。」
「はい。すぐに追い付きます。」
純也君からの言葉に、涙が出そうになるのを堪えながら、俺は笑顔で答えた。
名残惜しい気持ちをグッと堪えて、まとめた荷物を持ち、みんながいるエントランスへと向かう。
既に止まっているバスの前には、全員が俺たちの到着を待っていた。
「これでみんな揃ったな。」
監督が最後に一言、激励を送ってくれて バスに荷物を預ける。
そしてバスの入り口が開いて1人目が乗り込みはじめた時、俺はどうしても伝えたくて振り向いて純也君を探し出す。
「純也君、楽しくて充実した時間を本当にありがとうございました。」
「俺も、薫が来てくれて本当に良かった。」
「約束、絶対に果たします!」
そう告げ、バスへと乗り込み窓越しに他の子達と一緒になって手を振って離れていく先輩達に別れを告げた。
「なぁ、どんな約束を純也さんとしたん?」
「俺も聞きたい!」
「内緒。」
教えろよ!!とバスの中で 散々質問されたけど、誰にも口を割らなかった。
だってこれは、俺が純也君と交わした約束だから。
「なぁ、あの試合見たか?」
「見た見た!稲妻純也、マジ格好良かったよな!」
日常に戻った時、純也君が途中出場した話でチームメイト達が盛り上がっていた。
その話を横目に、俺はボールをセットする。
『俺がクロス入れるから、薫がシュート決めろよ!』
『え?純也君が自分で決めれば』
『俺より確実にゴール決めるお前に任せる方が良いに決まってるだろ。』
『…分かった。』
『よしっ!じゃあ、百発百中でよろしく♪』
『いや、それは』
『自分を信じろ!お前なら出来るって!』
そう背中を押してくれた純也君のボールをいつでも受けれるように。
純也君と一緒にプレー出来る日を夢見て、今日もシュート練習から始める事にした。
Fin