場面は移り、ここは学校の教室。
あの後俺は何とか学校には間に合い、HRを終え束の間の休憩を味わっていた。
奏『はぁ、何で朝からこんなに疲れないといけないんだよ…』
男子『おいおい、奏汰ー。高校初っぱなから夫婦で遅刻寸前かー?』
席で大きなため息をついている俺をからかうように、そんな事を言う聞き慣れた声の方へ顔を向ける。
奏『だからそんなんじゃねーよ拓斗。俺らは幼馴染み。OK?』
拓『ははっ!高校でもこういうやり取りは定番になりそうだな!』
俺の気も知らず、楽しげに笑うこいつは【大山拓斗】
中学からの友人だ。
軽く毛先を遊ばせている茶髪。耳にはピアス。少し着崩した制服。THE・高校生という外見。加えて爽やか系のイケメンでもある。
しかし中身が少し可哀想な為、彼女などはいない。いわゆる残念イケメン。
運動神経抜群で、どんなスポーツをやらせても経験者顔負けのセンスを見せ付ける運動お化けだが、代償として知能を捧げてしまったらしく学業の方はとてもじゃないが俺の口からは言えないレベル。こちらもある意味ではお化けだ。
俺達の通う【青陵高校】は偏差値は中の上だが、部活動に力を入れている為、頭のアレな拓斗はスポーツ推薦で入学している。
ちなみに俺は朝が弱いので、近いという理由だけでここに決めた。
拓『つか、奏汰。このあと少し時間を取って軽く1人1人自己紹介するらしいぜー』
奏『ふーん?まぁ最初だしな、そんなもんだろ』
これから1年間一緒に過ごすクラスメイト達の事を何となく知る為にも、必要な時間だろうし。
拓『ふーんって、他人事だなぁ。あのな、俺が言いたいのは由梨ちゃんこのまま普通に自己紹介させていいのか?って事だぞ』
奏『はぁ?自己紹介だぞ。そんなのいいに決まって…』
と言いかけた所で、拓斗の言葉の真意に気づく。
奏『いや、全然よくねぇ!』
このままじゃ終わる。俺の高校生活、始まってもないのに終わっちまう…!
さて。自己紹介位で、何がそんなに問題なのかと感じるかもしれない皆さんの為にも、ここで俺の幼馴染みについて情報を共有したい。
相川由梨。正直幼馴染みの俺から見ても由梨はとても可愛い女の子だ。
肩にかかる位の綺麗な淡青の髪、くっきりとした目鼻立ち。スラッとしているが出るところは出ていてスタイル抜群。
ゆったりしている喋り方と少しタレ目な優しい目元。いつも笑顔で、雰囲気はフワフワしている。いわゆる癒し系美少女。
そんなハイスペックな幼馴染みは、どうやら俺の事が好きらしい。
中学3年を迎えた頃から毎日の様に交際と結婚を申し込まれているので、それはほぼ間違いないだろう。何故俺を好きなのか等々も何となくわかってはいるが、ここでは触れないでおこう。
俺の事を好き。ここまではいい。迷惑でもない。大事な幼馴染みだし。
ただ、由梨は悪く言えばアホ。良く言えば天然ちゃん。雰囲気だけではなく、頭の中もフワフワしている。
何の悪気もなくそこら中に爆弾をばらまく天然爆弾魔なのだ。
例を挙げればキリはないが
中学3年の時、由梨が告白された際に
由『ごめんなさい。私、幼馴染みの瀬山奏汰くんと結婚するのでー!』
とまぁ、こんな断り方をしてくれたお陰で、次の日何も知らない俺は廊下や教室で男子と会う度に、舌打ちをされ、夜道に気を付けろと忠告され、意味が分からなさすぎて震えたことがある。
この世界に法律というものがなければ、多分俺はその日の内に消されていただろう。
早く何とかしないと…!
今までの経験がこのままでは命が危険だと訴えている…!
由『奏ちゃん~っ!何をそんなに考え込んでるの~?』
どうしたものかと頭を悩ませていると、悩みの元凶がタイミング良く俺の元へ。
はっ!そうだっ!
奏『あぁ、そんな大したことじゃないんだけど…。あのさ由梨、いえ由梨様。ちょっとお話が…』
由『んー?なになに~?二人の結婚式場の話かなっ?』
横でブフッと聞こえた。拓斗が笑いを堪えて横を向いている。後で全力で喉を殴っておこう。
奏『違うっ!その、この後1人1人自己紹介するらしいんだけどさ、何というかこう…余計なことは言わないで欲しいかなーって』
由『余計なこと?え、例えばー?』
奏『そうだな、俺と結婚するーとか、俺を好きとか、まぁ俺の事はなるべく触れないでもらえると…』
由『えー!なんでー!言うつもりだったのにー!』
危ねぇっ!良かった先に釘刺しといて!クラスメイトの男子からの第1印象が最低値からスタートする所だった!
奏『いや、ほら別に皆にわざわざそんなの言い触らす必要ないだろ?』
由『だって先に言っとかないと、奏ちゃんを狙う子いたら困るもんー!』
奏『こんな事は言いたくないけど、今の所俺の人生の中でそんなやつはお前くらいだ』
自分で言っていて悲しくなってくる。どうして俺は自分がモテない事を女の子の前で自白させられているんだろう。
由『はぁ…それは奏ちゃんが鈍感なだけだからー…』
奏『何だよそれ。とりあえず、頼むよ!今日帰り何か奢るから!なっ!』
由『もうー…。この貸しは高く付くからねー!あ、でも別に幼馴染みって事とかは隠さなくていいよねっ?』
奏『ん?まぁそれは別に…。事実だし、遅かれ早かれ皆分かるだろうし』
由『うんうんー!そこは譲れないからねっ!あ、もうすぐ時間だし席戻るねっ!』
ニコニコしながら席へと戻る由梨を見送り、勝利を確信する俺。
ふぅ、とりあえず平穏な生活は守られそうだ。
拓『いやー、相変わらずの夫婦漫才!楽しませてもらったぜ!』
奏『ふっ、何とでも言え。今の俺は気分が良い。大抵の事は笑って聞き流してやるぜ』
拓『へー。あ、でも俺が教えなかったら忘れてたんだから俺にもなんか奢れよな!』
奏『仕方ねぇ。30円までだぞ』
キーンコーンカーンコーン
こんな他愛もないやり取りをしていると、休憩終わりを告げるチャイムが鳴った。
この時の俺はあらかじめ由梨に釘を刺しておいたこともあり、安心しきっていた。そして忘れていた。
自分の幼馴染みが度を越えるポンコツだということを。
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