「…おや、お早いんですね。」
イギリスさんは驚いたようにそう言った。
「お疲れでしょうし、起こしに行こうと思っていたのですが。」
「すみません…朝ごはんを作ろうと思ったんですが、道具の場所がわからずで…」
イギリスさんを待ってました、と報告すると、嬉しそうに目を細められた。
「それは悪いことをしましたね。…お詫びに私が腕を振いますよ。」
「あ、大丈夫です。」
「え。」
***
「おたまってありますか?」
「その足元の引き出しです。」
何となくキッチンに立たれるのが怖くて、カウンター越しに指示を飛ばしてもらう。
「手際がいいですねぇ。…日本の調理器具と変わりはありませんか?」
「うーん…そうですねぇ…。」
「日本人は魔改造オタクなので、あっちの器具の方が色々と便利機能が付いていますけど、基本的には変わりませんね。」
イギリスさんが興味深そうに僕の手元を見つめている。
「…あ。でもこっちのはおっきいです。」
くつくつと湯立つ鍋を確認し、おたまを引き上げる。
煮込んだ玉ねぎの優しい香りが鼻腔をくすぐる。
イギリスさんが見やすいよう、手をかかげた。
「ほら。僕の手に入り切らないんですよ、おっきくて。」
ぱちり、と長いまつ毛が上下した。
「…。」
す、と伸びてきた大きな手に、すっぽりと僕の手が包まれてしまう。
すりすりとサイズの違いを確認するように手を動かされる。
くすぐったくて、笑い声が漏れた。
「…今度、買い出しにでもいきましょうか。」
***
ごちそうさまでした、と手を合わせる。
「片付けは私がしますよ。」
「えっ、悪いですよ。」
席を立つと、スマートにお皿を下げられた。
「美味しい朝食のお礼ですよ。…それに、もうお出かけになった方がいいのでは?」
「こちらのバスは日本と違って早退も遅刻もしますからね。」
つられたように時計を確認すると、確かにそろそろいい時間だ。
「…じゃあ、甘えさせていただきます。」
「えぇ、お気をつけて。」
コートを羽織り、マフラーを巻く。カバンを掴もうとした時、昨日の約束が頭をよぎった。
「…あの、イギリスさん。」
はい?と整った顔がこちらを向く。
精一杯背伸びをして、軽く頬に唇を触れさせた。
「…その…今朝、『おはよう』を忘れていたので……。」
自分からやったくせに何だか恥ずかしくなり、カバンのショルダーをいじる。
「…私以外にはやらないでくださいね。」
「…えっ…?」
「このキスは、英国人用なので。」
島国なので色々特殊なんですよ、と言う言葉に納得し、頷く。
確かに東アジアの中でも、日本だけが持つ文化は多い。
「はい、いってきますね。」
「いってらっしゃい。」
欧州事情は複雑怪奇、なんて思いながら、僕は部屋を後にした。
***
「おっ、mornin’、日本。」
「あっ、おはようございます、アメリカさん。」
バス停に着くと、見覚えのある青年が佇んでいた。
「あれ、ご自宅近くなんですね。」
「まぁな。」
あのオッサンの目の届く範囲に住むのが親からの条件だったんだよ、と苦々しげにアメリカさんが言う。
「そーいや昨日は寝れたか?」
「ふふんっ、僕、どこでも寝れるのが特技なんです。」
そりゃ留学向きだな、と笑われる。
そんな話をしていると、バスが見えた。
アメリカさんが手を挙げる。
なぜ挙手、と長い腕を見つめていると、アメリカさんは運転手に合図してんだよ、たまに通り過ぎちまう奴がいるから、
と教えてくれた。
「まぁ基本的には人がいりゃとまってくれんだが、合図の方が安心だな。……あっ、乗り方教えてやるよ。」
「Apple Payって使えるんでしたよね?」
「あぁ。…その内オイスターカード買った方がいいかもな。」
何だか美味しそうな響きだ。
「交通系のICカードな。日本にもあるんだろ?…何でちょっと残念そうなんだ。」
「美味しそうな名前だったので。」
前方のドアからバスに乗り込む。
ネットで得たにわか知識によると、バス後方と真ん中のドアは出口専用らしい。
ほぉ、と車内を見回す。
「ロンドンのバスって二階建てのイメージだったんですが…」
「これはシングルデッカーだからな。ちゃんとダブルデッカー…二階建てのやつも走ってるぜ。」
何だか名前の技名感が凄い。そんな話をしていると、目的地についたようだ。
後者ボタンを押し、ドアに向かう。
「カードタッチは乗る時だけでいいからな。」
「そうなんですか。」
日本では逆ですね、と言いながら、やや高めのステップから飛び降りる。
「何だかいけないことしてるみたいです。」
「…じゃ、俺ら共犯だな。」
アメリカさんがニヤリと笑う。
何だか妙に様になっていて、ふき出してしまった。
***
「あれっ、アメリカ彼女できたんね?」
ドイツー、ニュースニュース、と長身のイケメンさんが前の席のこれまたイケメンさんの肩をつつく。
「朝からうるさいぞ、イタリア……。それに男だろう。」
えっ、とイタリアさん?の肩が大きく上下した。
「え〜〜っ!?男の子なんね!?」
「…はい、すみません…日本と言います。」
てっきり女の子かと思っちゃったんよ、とふんわりした笑顔と共に握手をされる。
「まずは自己紹介だろ。俺はドイツ、このやかましいのはイタリアだ。」
よろしくな、という声に咄嗟にお辞儀しそうになり、差し出された手にハッとした。
いけない。ここはイギリスだった。
「はい。こちらこそ。」
微笑んで手を握り返すと、ドイツさんは恥ずかしそうに目を逸らした。
見たところ、ドイツさんが真面目キャラ、イタリアさんがお調子者キャラらしい。
「わーい!お友達なんね!!」
「ひゃうっ!?」
ドン、っとイタリアさんに抱きつかれる。
「お前ら近過ぎな。」
アメリカさんはそう言うと、イタリアさんから僕を引っぺがした。
「日本が困ってるだろ。」
呆れたようにドイツさんが呟く。
「あっ、ごめんなんね!そっか〜シャイの国だもんね!」
気を付けるんよ、とイタリアさんが顔を覗き込んできた。
その下げられた眉に、垂れ下がる耳と尻尾の幻が見えた。
(終)
前半の日本さん頑張りましたが、なんか変なとこで切っちゃいましたね。実にすみません。
CP要素よりバス要素の方が強い気が……。次回頑張ります。
コメント
3件
まさかこんなに早く次のお話見れると思ってませんでした… ありがとうございます今回も美味しかったです☺