テラーノベル
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「日本はさー、何学科なんね?」
ガイダンス後のお昼時。僕はドイツさんに誘われて、イタリアさんたちと一緒に食堂にいた。
「国際人文学です。」
こくさいじんぶん、とイタリアさんが呟く。
「……なんかパセリの味がしそうなんよ。」
くるくると手元のフォークでパスタを遊ばせる彼に、ドイツさんは呆れたように言った。
「人間や文化を軸にして言語とか思想とかを研究する学問だ。…うちの人文は、各国の文学作品の研究がメインだな。」
「ドイツさんも人文学を?」
「いいや。俺は法学。…アホリカとロシアル中とは同じだ。嬉しいことに。」
言葉に反してドイツさんは苦虫を噛み潰すような顔をしている。
「ioは〜、民俗学!」
「民俗学…なんか人文と近い感じですね!」
ほんとだ〜、とふんわりイタリアさんが笑い、民俗ごとの芸術性の違いが好きなんよ、と楽しそうに肩を揺らした。
「んふふ、パスタあげる〜」
ひょい、と小鳥が舞うような軽やかさで口元にフォークが運ばれた。
少し冷めたトマトパスタが唇に触れる。
「あ、おいしい……。」
「でしょ〜?これで午後のガイダンスも頑張れるんね!」
「…そういえば、人文の担当の教授ってどんな感じかご存知だったりは…。」
「……あー……そう、だな…。俺たちでも知ってる…。」
珍しくドイツさんの歯切れが悪い。
隣のイタリアさんを見ると、微妙、と言った顔をしていた。
「…有名な怖い方、とか……?」
脳内で腕が丸太のような体育会系マッチョのイメージ画像が生成される。
「…う〜ん……そっち方面じゃないんよ…」
「フランスは、『気に入った』生徒と『そうじゃない』生徒とで対応が大違い…って有名でな。」
「うん。…しかも気に入る基準が謎らしいんね……。顔でも声でも家でもない……けど、確固たる基準があるらしいよ〜?」
心配で情けない顔になった僕の肩をイタリアさんが叩く。
「まぁ、文学者っぽく『言葉は感じるもの』って深く説明しないだけっぽいんよ!」
「…あぁ、そうだな。日本の真面目さがあれば大丈夫だろう。」
最後に小さく添えられた二人分の『多分』は聞かなかったことにして、僕は憧れの授業へと思いを馳せた。
***
午後、文学棟。
石造りの校舎が珍しく、二人に断って少し早めに来てしまった。
床は普通なんだ、と少し屈んでタイルマットを覗き込む。
刻んできた長い年月を切り取ったような壁の石たちを眺めていると、落書きを見つけた。
「Langue……Language…、言語……?」
「……惜しい、フランス語だよ。」
突然聞こえた声に、びくりと肩が震えた。
振り返ると、長身の男性が立っていた。
「Langue、言葉。ちょっと派生して『国の舌』。」
ベレー帽に緩く襟元の空いた白いシャツ、指先にはチョーク。
「それにしてもいい物を見つけたね。僕が学生時代にした落書きさ。」
ラピスラズリの瞳が懐かしそうに文字をなぞる。
「さて。珍しい小鳥くんに特別授業だ。……君は今、『誰の舌』でものを考えてる?」
いつかのイタリアさんのように、思わずオウム返しをしてしまった。
「『誰の舌』……?」
「そう。英語?母国語?それとも……風変わりな家主に教え込まれた言葉?」
彼の思考を辿るように、落書きを見つめる。
「…国から持ってきた辞書のもの、だと思います。」
「いいね。まっさらな瞳とまっすぐな感受性。君、日本くんでしょ?」
「…へっ……?」
やっぱり、と笑いながら差し出された手をぎこちなく握る。
「お噂はかねがね。…僕はフランス。ここの教授だよ。」
「……あの…えっと、その……。」
誰かが紹介でもしてくれたのだろうか。
いきなり悪い噂でも広まっているのだろうかと不安になり、フランスさんの顔を見上げる。
しかし、端正な笑みの圧力に負け、言葉は情けなく喉に張り付いてしまった。
「記念に好きな言葉を聞いても?」
淡く、甘い声が空気をなぞる。
「……『まこと』、です……。」
言葉の裏を見透かすように弧を描く両目に背筋がぞくりと震える。
「いいね。優しく心に染み入るようで、どこか鋭い。君の国の桜のようだね。選ぶのに勇気のいる詩的な言葉だ。」
「…えっと…すみません、ただ響きが好きで……。」
「そういう理由で言葉を選べる内はいいさ。その無垢さは、かけがえのないものだ。」
歌うようにそう言い上げると、フランスさんはにっこりと笑った。
『警告』か『賞賛』か。言葉の真意を測りかね、彼の瞳を見つめる。
「さ、好きな席に座ろう。お待ちかねの授業だよ〜。」
***
授業の終わり際、ノートをまとめて教壇に歩み寄った。
「今日はありがとうございました。…授業前のお話も、とても興味深かったです。」
「そりゃあよかった。僕の『最初の言葉』は初心と一緒に忘れがちなんだけど……。君なら、覚えててくれるかな?」
「はい、勿論。」
フランスさんが、僕の舌もやっと報われるね、とにこやかな笑みを浮かべた。
「それじゃあ。また来てね…『まこと』の子。」
行間を読むように、じっと瞳の奥を見つめられる。
一礼をして教室を出、誰に紹介されたのか聞きそびれたことを思い出した。
「…まぁ、いっか。また会うんだし。」
その呟きが実現するのは、思っていたよりも早いことになるのだが……。
それはまた、別のお話。
(続く)
コメント
5件
でも普通ににわかさん文才だし、世に広まっていったら一つのお話でも万超えは取れちゃうと思うんですよね …言い訳か とにかく、もしにわかさんがのんびりまったり少しずつ日々を重ねてハートが増えていくのがお好きだとしたら、 今回の出来事はあまり良くないことなんじゃないか、と思い謝罪しました にわか様、どうかこんな無礼なアホをお許しくださいませ
にわかさん 大変申し訳ございませんでした 実は先ほど連打ツールというものを知りまして、「なんだそれ!使ってみよー!」「作動させて、寝転んで待つか〜」、と疲れが溜まっていた今日に限って寝落ちしました そのまま4時間ほど連打ツールが作動して、まさかの24万以上のいいねを押してしまいました
フランスさんの知的な感じが めっちゃ好きです…!!