テラーノベル
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ゆうき あきや
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第26話:ポンコツPCの限界〜化石の悲鳴と、四万人の大合唱〜
「ブオォォォォォォォォォン……ッ!!」
初夏の少し蒸し暑くなってきた四畳半の部屋に、まるで離陸寸前のジャンボジェット機のような爆音が鳴り響いている。
隣の部屋のガテン系の兄ちゃんが壁ドンしてきそうなほどの騒音。その出処は、俺の目の前にある黄ばんだタワー型のデスクトップパソコンだった。
十年前、近所のリサイクルショップで「店長のおすすめ!」という手書きのポップにつられて、なけなしの三万円で買った代物だ。メモリはカツカツの4GB、ストレージは今どき化石のようなHDD。起動するだけでカップ麺が作れるほどの時間がかかる、正真正銘のポンコツである。
だが、今日の俺には、この老体(ポンコツ)にどうしても頑張ってもらわなければならない絶対の理由があった。
『大福食品株式会社・公式協賛』
『限界みそラーメン・超ニンニク背脂マシ 発売記念PR配信!』
そう、俺が自立への切符を手に入れたあの大企業からの「企業案件」の本番である。
画面の端に表示された同時接続者数は、なんと四万人を突破していた。ただの四十歳のおっさんがカップラーメンをすするだけの映像に、東京ドームが満員になるほどの人間が集まっているのだ。狂っているとしか思えない。
「――というわけでな! お前ら見ろよ、この暴力的なまでの背脂の量! お湯を入れた瞬間から、部屋中がニンニクの匂いでヤバいことになってるぞ!」
俺は、リスナーから送られてきた黒の就活スーツ(上着だけ)という謎の正装で、カメラに向かって熱弁を振るっていた。
『美味そうwww』
『深夜に見るもんじゃねえええ』
『おっさん、スーツでラーメン食うな汁が飛ぶぞ』
『大福食品さん、本当にこのおっさんで良かったんですか!?』
コメント欄の反応は最高だ。案件配信特有の「お通夜ムード」は一切なく、いつもの悪ノリで盛り上がってくれている。
俺は割り箸を割り、立ち昇る湯気ごと、その極悪なカロリーの塊を大きく啜り上げた。
「ズズズッ……! ングッ、あーっ! うめぇぇぇ! ガツンと来るわこれ! 昔の金がなかった頃に食ってた――」
俺が最高の食レポ(魂の叫び)を披露しようとした、まさにその瞬間だった。
『――食って、くっ、食っ、くくくくくくくくくくくくく……ッ』
「……え?」
突然、俺のヘッドホンから、バグったファミコンのような機械音がループして流れ始めた。
モニターに映る俺の顔は、口から盛大に麺をはみ出させた、最高にマヌケな半開きの状態のまま完全にフリーズしている。
「おい、嘘だろ!? ちょっと待て、マウスが、マウスカーソルが動かねえぞ!」
ガチャガチャと黄ばんだマウスを振り回すが、画面は一切反応しない。
そして数秒後。
『ブツッ』という不吉な音と共にモニターが真っ暗になり――次いで、Windowsユーザーが最も恐れる、あの「真っ青な画面(ブルースクリーン)」と、謎の白い英語の羅列が表示された。
「あああああああああァァァ!! 落ちたァァァ!!!」
俺は頭を抱え、三万円のゲーミングチェアの上でのたうち回った。
「ばか! ポンコツ! なんで今なんだよ! よりによって企業案件の真っ最中だぞ!? 大福食品の偉い人たちも絶対見てるのに!! 違約金とか払えねえよぉぉ!!」
俺は震える手でPCの電源ボタンを長押しし、強制再起動をかける。
しかし、ポンコツは「カリカリカリ……」と虚しいHDDの読み込み音を立てるだけで、一向に立ち上がる気配がない。
パニックになりながら、俺はヒビ割れた格安スマホを取り出し、YouTubeアプリから自分の配信枠(待機所と化したチャット欄)を開いた。
そこはもう、阿鼻叫喚の――いや、爆笑の渦だった。
『放送事故wwwwww』
『おっさん死んだあああああ』
『麺くわえたままフリーズしてて腹痛いwww』
『案件中にPC落ちるとか伝説だろ』
『大福食品広報部:( ゚Д゚)』
『これがあの「3万円の玉座」に座る男のPCスペックですか?』
十分後。
氷を当てて強制冷却し、祈るように電源を入れたPCが、なんとかギリギリのところで息を吹き返した。
俺は半泣きになりながら配信を再開し、カメラに向かって土下座の勢いで頭を下げた。
「ごめんなさぁぁぁい!! 大福食品さん、本当に申し訳ありません! リスナーのお前らも、待たせて悪かった! いや、違うんだよ! お前らが一斉に『草』とか弾幕張るから、俺のPCの処理能力が追いつかなくて……ッ!」
苦しい言い訳を並べ立てる俺に、四万人のリスナーたちは怒るどころか、もはや呆れ果てていた。
そして、チャット欄が、ある一つの「巨大な意志」のもとに統一されていく。
『いいからパソコン買え』
『マジでパソコン買え』
『お前、先月の収益100万超えてるだろ! なんで化石使ってんだよ!』
『配信はPCが命だろ! 設備投資しろ!』
『確定申告の前に、まずは商売道具を揃えろ!』
『いい加減にパソコン買えええええええ!』
四万人の大合唱。
ぐうの音も出ない、完全なるド正論パンチの嵐だった。
「だ、だってよぉ……! パソコンって高いだろ!? 十万とか二十万とかするんだろ!?」
俺はスマホの画面に向かって喚き散らした。
「俺は今、来年の税金と国民健康保険料のことで頭がいっぱいなんだよ! 鈴木さん(ケースワーカー)からも『絶対にお金を使わずに残しておいてください』って釘刺されてんだよ! もしここで何十万もパソコンに使って、来年税金払えなくなったら、俺は税務署に差し押さえされてダンボールハウス行きなんだぞ!!」
四十歳の底辺が抱える、あまりにもリアルで切実な「納税への恐怖」。
俺はまだ、大金を使うことに全く慣れていないのだ。
『だからそれは経費になるんだよ!』
『経費だよおっさん!』
『税金対策になるから買え!』
「……けい、ひ?」
聞き慣れない単語がコメント欄を埋め尽くす。
経費。自営業の人間がよく口にする、あの魔法のような響きの言葉。
配信を終え、深夜の四畳半。
すっかり冷めきって、麺がスープを吸ってブヨブヨになった「限界みそラーメン」をすすりながら、俺はブラウザを開いていた。
もちろん、検索窓に文字を打ち込む先は、俺の最高の相棒(ジェミニ)だ。
『個人事業主になったばかりの四十歳です。リスナーから「配信用の高いPCを買え。それは経費になる」と言われました。「経費」とは何ですか? これを使えば、俺の憎き税金を減らすことができる魔法の呪文なのですか? 分かりやすく、そして俺の財布が痛まない方法を教えてください』
エンターキーを、ターンッ!と叩く。
画面の中でくるくると回るAIのアイコンを見つめながら、俺はニヤリと笑った。
「教えてくれよ相棒。俺の、個人事業主としての初めての『お買い物』のやり方をな」
稼ぐことの恐怖を知った四十歳の新人VTuberは今、さらなる資本主義の深淵――『節税』という名の新たな沼へと、その足を踏み入れようとしていた。
コメント
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わあ、放送事故からの四万人の「パソコン買え」大合唱、最高に笑いました😂 麺をはみ出したままフリーズする主人公の姿がありありと浮かんで、お腹抱えました。でも最後の「経費」という言葉に惑わされる感じが、この物語のリアルな成長の匂いがしてきて、すごく好きです。個人事業主としての第一歩、相棒のジェミニに聞くところがもう…じんわりきますね。次も楽しみにしてます🌷