TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「蓮。

今日は何処か行くか?」


仕事に戻った蓮が、書類を渡して社長室を出ようとしたとき、渚が言ってきた。


振り返ると、渚は今渡したものを捲って確認しながら言う。


「いつも俺が遅くて、まともなところで食事とか出来ないからな」


「……いいですよ。

無理しないで。


私は渚さんが居てくれれば、それでいいんですから」

と言うと、渚は手を止める。


こちらを見上げ、

「お前、時折、驚くような殺し文句を言ってくるよな」

と変に感心したように言う。

いや……そんなこと言った覚えはないのだが、と思いながら赤くなると、渚が手招きしてきた。


「なんですか」

と警戒しながら、じりっと近づくと、


「此処、打ち間違ってる。

直させろ」

と書類を指差す。


ああ、はいはい、と側に行き、渚の指差した箇所を見ようとすると、蓮の肩を掴み、顔の位置を下げさせると、頬にキスしてきた。


「なっ、なんなんですかっ。

もう~っ」

と頬を押さえて、遠ざかると、


「仕事中だから、遠慮して、唇はよしてみた」

偉いだろ? と言うように言ってくる。


「いや、あの、全面的にやめてください」

と言い、窓の方を見た。


「外から撮られてても知りませんよ」

と目を細め、睨む。


……撮りそうな奴、居るしな、と思いながら、ブラインドを下ろしていると、いきなり、渚が後ろから抱きついてきた。


「なっ、なんなんですかっ」

と腰に回ったその手をはたくと、


「いやいやいや。

お前自ら部屋を暗くするから」


誘ってるのかと思って、と髪に唇を寄せながら、言ってくる。


「いやあの、なんでそう緊張感がないんですかっ。


渚さん?

渚さーんっ?」


そう叫びながら、そういえば、今自分たちが置かれている状況がどんなものなのか、自分しかわかっていないのだから、渚に緊張感があるはずもないかと思っていた。




……驚いた。


脇田は携帯を切ったあとで、やめたはずの煙草を吸いに外に出ようとしていた。


外の自動販売機で、缶コーヒーを買っていた奏汰と出会う。


「お疲れ様です」

と奏汰はいつものように爽やかに挨拶してきた。


中に入ろうとする奏汰の襟首をぐっとつかむ。


「えっ? なんですか、脇田さんっ」


ちょっとちょっと、と奏汰を裏の駐車場まで引きずっていった。




駐車場で手を離すと、首が絞まっていたらしい奏汰は咳き込んだ。


「なんなんですか、もう~っ。

窒息するかと思いましたよー」

と言ってくる奏汰を冷ややかに見、


「いやいやいや。

殺してもいいかな、とは思ってるよ。


君、秋津さんにちょっかいかけてるだろ?」

と言うと、ぎくりとした顔をしていた。


ちょっかいとか、と笑う。


「その、もうフラれましたから。

……今、他の女の子を絶賛お勧めされてます」

とガックリと項垂れるので、さすがにちょっと同情してしまった。


「人でなしだね、あの人、ほんとに」


たぶん、奏汰の気持ちもよくわかっていないのではないかと思う。


渚が本気なことにも、なかなか気づかなかったようだから。


前の会社でのトラブルってそれでじゃないだろうな、とちょっと思った。


「秋津さんをなにか困らせてるみたいだけど、なんだったの?」

と問うと、


「それ調べるの、社長の指示ですか?」

と訊いてくる。


「それもあるけど。

僕自身が気になるのもあって」

と白状すると、同情を買ったのか、


「脇田さんもなかなか大変ですね」

と言われてしまった。


「いやその、秋津さんがちょっとでも付き合ってくれないかな、と思って、その、脅してしまったんですけど。

もうやめますから、心配しないでください」


「脅すって、なにで?

彼女が前の会社の上司にビールかけてやめたことじゃないよね」


「それ、いい加減、社内に広まってますよね」


脅しの材料になりませんよ~、と奏汰は言う。


「秘書に上がったし、社長がつきまとってるのも知られてきたし。


復讐に呑み会でビールかけられるんじゃないかってうちの部長が怯えてましたよ。


以前、セクハラまがいのこと、言ったことがあるらしくて」


あー、まあ、ビールはかけないと思うけど、と苦笑いした。


「でも、なにで脅したのかは言えませんよ。

だって、僕がバラすことになっちゃうから……」

と言いかけ、ふと気づいたように言う。


「ああ、でも、脇田さんはご存知かもしれないですね。

社長がなにも調べさせてないわけはないから」

と言うので、


「いや、ああ見えて、渚、その辺にはアバウトで、自分では特に調べてなかったみたいなんだよ」

とつい、社長を渚と呼んで教えてしまう。


「そうなんですか。

……脇田さんはご存知なんですか?」

と窺うように見て訊いてきた。


「今は知ってる。

渚も途中からは知ってたみたいだ。


っていうか、怪しいとは思ってたんだよ。

あの人、渚と似たとこあるから」


あのマンションの家賃、今は貯金があっても、いずれ、払い切れなくなるのではないかと思うが。


蓮には、いまいち、緊迫感も悲壮感もない。


本人自覚はないのだろうが。

いつかなんとかなると鷹揚に構えているかのようなあの感じ。


渚と同じだ。


なんとかならない事態を経験したことのない人間。


成長過程で、金に苦労したことのない人間特有の感覚だ。


うーん、と二人で腕を組み、渋い顔をする。


「どっちかって言うと……」


「社長の方が、財産狙いになっちゃいますよね。

稗田グループは母体的には大きいけど。


社長はまだ、この会社の社長に過ぎないですからね」


完全に格負けしてるよね、と脇田が呟いたあとで、二人で言った。


「ねえ、あの人、なんで、派遣社員やってるの?」

と顔を見合わせる。








派遣社員の秘め事  ~秘めるつもりはないんですが~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

30

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚