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#エリオット
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昼下がりの暗黒厨房。
珍しく平和だった。
1eggsは金色のフライパンを磨き。
ジョン・ドウは新しい生地をこね。
アズールは胃痛を堪えながら経費計算をしている。
その静寂を。
ぶち壊す笑い声が響いた。
「ねぇねぇ、見てこれ!
人間界、マジで最高!!」
バァン!!
勢いよく厨房の扉が開く。
長い尻尾を振り回しながら、
ホスフォラスが飛び込んできた。
小脇には、
やたらカラフルな薄い冊子の山。
「『ボーイズラブ』って文化らしいんだけどさァ!!」
調理台へドサドサと薄い冊子を広げる。
「男同士でめちゃくちゃ距離近くなるやつ!
人間界いまこれ超流行ってんだって!」
「また妙なもん仕入れてきやがったな……」
1eggsが眉をしかめる。
ホスフォラスはニヤニヤ止まらない。
「研究資料だよ研究資料!
新人組も読んどきなって!」
その時。
ひょい。
ジョン・ドウが一冊手に取った。
「……人間界の文化かぁ」
ぱら。
ページをめくる。
右腕のミキサーが、
規則正しくブォン、ブォンと回る。
意外にも真剣だった。
数分後。
ジョン・ドウは、
何かを完全に理解した顔で頷いた。
「なるほど……!」
「何がだよ」
「僕と1eggsの関係って、
これだったんだね」
「は???」
1eggsが覗き込む。
そこに描かれていたのは。
高身長の男が、
黒髪の青年を壁際へ追い詰める一コマ。
でかでかと書かれた擬音。
『壁ドン』
「ほら、1eggs」
ジョン・ドウが嬉しそうに指差す。
「“かべどん”って、
逃げられないように囲うことなんだって」
「…………」
「僕がいつも1eggsの前に立つのと一緒だね」
「一緒じゃねぇよ」
即否定。
しかしジョン・ドウは止まらない。
ぱら。
次のページを開く。
そこには。
朝日。
シーツ。
妙に近い距離感の二人。
『チュンチュン……』
鳥まで鳴いている。
「あとこれ」
「おい待て」
「“あさちゅん”」
「待てって言ってんだろ」
ジョン・ドウは満面の笑顔で解説した。
「夜の間に二人の生地をいっぱい捏ねて、
朝には発酵して一つになっちゃうことらしいよ」
「…………」
「僕たち、
毎日深夜の厨房でやってるね」
「違うわボケェェェェェ!!!!!」
1eggsが爆発した。
顔面真っ赤。
耳まで真っ赤。
肋骨の奥がドクドク鳴っている。
「人間界狂ってんのか!?
何が“一つになる”だ!!」
ガン!!
フライパンを叩く。
「健全な試作と一緒にすんな!!」
ジョン・ドウはきょとん。
「でも僕、
1eggsと一緒にいる時、
すごくあったかくなるよ?」
「言うな!!」
「発酵してる感じ」
「するかァ!!」
ホスフォラスが床を転げ回る。
「ギャハハハハ!!
ジョンドゥ、
理解が早すぎる!!」
ジョン・ドウは、
大事そうにBL本を抱きしめた。
ほんのり顔が桃色になっている。
「これ、
僕たちの未来のレシピ本として保存しようね」
「未来にすんな!!」
「えへへ」
ブォォン♪
ミキサーまで嬉しそうだった。
その時。
カツ。
カツ。
死刑宣告みたいな足音。
アズールが来た。
ウィザードハット。
死んだ魚の目。
300ページの財務報告書。
すべてが終わっていた。
「……何をしているんですか」
「アズール様!
これ人間界で流行ってるんだって!」
ホスフォラスが本を差し出す。
アズールは無言で表紙を見る。
数秒。
「経費で不純な娯楽本を買うな」
没収。
「えーーー!?」
「あと新人二人」
冷たい視線。
「厨房での不純交遊は、
業務効率の低下を招きます」
「だから違ぇって――」
「見ていて胃が痛いので、
早く作業へ戻ってください」
正論が重い。
アズールは、
報告書の角でジョン・ドウの頭をペシッと叩き、
本を回収した。
「いた」
「ホスフォラス、
あとで経費精算室へ来なさい」
「うわ最悪!」
そのまま、
ホスフォラスの襟首を掴んで連行していく。
静寂。
残されたのは。
真っ赤な1eggsと。
満面の笑顔のジョン・ドウ。
「……あーあ」
ジョン・ドウが残念そうに呟く。
「アズール様に持ってかれちゃった」
「…………」
1eggsは返事できない。
頭の中では。
『壁ドン』
『あさちゅん』
『一つになる』
ぐるぐる回っていた。
(なんであいつ、
あんな自然に言えるんだよ……!?)
しかも。
『僕と1eggsの関係』
その言葉まで、
脳内で反響している。
「ねえ1eggs」
「っ!?」
顔を上げる。
至近距離。
ジョン・ドウが、
満面の笑顔で覗き込んでいた。
「顔、
また赤くなってる」
「うるせぇ!!」
「照れてる?」
「照れてねぇ!!」
「でも熱い」
ぺた。
パン生地の手が頬へ触れる。
「あつあつ」
「~~~~ッ!!」
限界だった。
1eggsは真っ赤なまま、
フライパンを振り回す。
「俺を見るな生地野郎ォォォ!!」
ブォォン♪
ジョン・ドウのミキサーは、
なぜかすごく嬉しそうに回っていた。