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身支度のために別室へ移動すると、公爵家から連れてきた専属メイドのアンナが待機していた。私の肌に残る「痕跡」を見るなり、黒い瞳をパチパチとさせ、信じられないといった様子で私を凝視してくる。
「うわあ……昨夜は、ずいぶんと激しかったんですね……」
アンナは呆れたようにため息をつきつつも、手際よく軟膏を肌に塗り込んでいく。 「お嬢様のお肌はとってもデリケートなんですから。私、しっかり釘を刺してきますからね!」
「ふふ、お願いね」
***
朝食の時間になり食堂へ向かうと、そこにはすでに「氷の仮面」を被り直したカイル殿下が待っていた。
「……遅い。王家の朝食を何だと思っている」
表情は能面のように硬く、視線は鋭い。さっきまで布団の中で丸まっていた男と同一人物とは思えない豹変ぶりだ。
(なるほど。人前ではあくまで『冷徹な夫』を貫くつもりなのね)
「申し訳ありません、殿下。……夜伽での疲れが、少々体に堪えてしまいまして」
「ブッ……!!」
私がしれっと爆弾を投下すると、スープを飲んでいたカイル殿下が盛大にむせた。
すかさず、後ろに控えていたアンナが、彼にナプキンを差し出しつつ追い打ちをかける。
「本当ですよ、殿下! お嬢様のお着替えをお手伝いしましたけど、もう、見ていてびっくりしちゃいました。あんなに真っ赤な跡をたくさん残されるなんて! 私、慌てて軟膏を塗ったんですよ? 今夜からは、もう少し加減してくださいね!」
「な、なな、何を……っ! 貴様、人前で……!」
控えていた使用人たちが、驚きつつも「お熱い夜だったのね……」と生暖かい視線を送ってくる。カイル殿下は私を睨んだが、耳が根元まで真っ赤になっているのを私は見逃さなかった。
その時、食堂の扉が開き、一人の男ずかずかと入ってきた。 短く刈り込んだ燃えるような赤髪に、快活な笑みを浮かべた筋骨逞しい男――騎士団長のギルバートだ。
(騎士団長ギルバート・レオン。カイル殿下の乳母の息子で、二人は兄弟同然に育てられたと聞いているけれど……)
彼は私に軽く片手を挙げて挨拶すると、そのままカイル殿下の肩を親しげに……遠慮なくバシバシと叩いた。
「殿下、本日の演習の件で……おや。なんだか朝から顔が赤いっすね。もしや……昨夜は相当『公務』が長引きましたか? あんまり精を出しすぎて腰をやっちまうと、本日の訓練に響きますぜ?」
《……くそ、どいつもこいつも! この女、わざとやってるな。俺の弱みを握って楽しんでいやがる……!》
耐えきれなくなったのか、カイル殿下は、逃げるように立ち上がると、ギルバートを引き連れて食堂を後にした。
アンナが私の斜め後ろにスッと寄り添い、周囲に聞こえないほどの小声で囁いた。
「お嬢様、お見事です!殿下の顔がボッて赤くなって、面白かったですね!」
「ふふ、いい見ものね。アンナ、今夜も仕込みをお願いね」
昼は塩対応、夜は砂糖対応。そんな奇妙な新婚生活が、始まったのだった。