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十数分後、二人の姿は幸福寺の境内でも、一際開けた場所にあった。
善悪の両手には、スーパーマーケットのカゴ、所謂(いわゆる)マイバスケットが提げられており、その中にはびっしりと卓球のボールが入れられていた。
コユキは首を捻って(ひねって)善悪に聞いた。
「ピンポン球、ですか? これで一体何をするんです? と、いうか良くこんなに数がありましたね? はっ! ま、まさか先生、ウミガメの産卵プレイを……」
「我輩のパパンの物でござるっ! まあ、正確にはパパンがやっていた卓球教室で使っていた物でござる」
言われてコユキも得心がいった。
記憶の遥か彼方に、そんな風な集まりに誘われた様な覚えがあったからだ。
当時のコユキは、なぜそんな無駄にお腹が空くような事を、と歯牙(しが)にも掛けなかったが、後で酷く後悔した事も記憶に残っていた理由だろう。
幸福寺の卓球教室は練習が終わると、善悪ん家の両親による、それはそれは美味しい晩御飯が振舞われていたのだ。
その事実をコユキが知ったのは中学に入ってからだった。
小学生向けの教室に行って食事だけ貰う事は、流石(さすが)のコユキにも出来なかったのだった。
そんな自らの青臭い失敗談を思い出しつつもコユキは質問を続けた。
「分かりました。 で、どうすればいいんですか?」
「このボールを僕ちんがコユキ殿に向かって投げるから、当たらない様に避けるのでござる。 そうすると……」
「そうすると?」
問いを重ねるコユキに対して、善悪はふっと満面の笑顔で言った。
「世界が取れるのでござる」
そう、この練習方法は正(まさ)しく世界をその手中に収めた、鶴と並んで長寿の縁起物、あの四足歩行の爬虫類の名を冠した三兄弟。
いや、今は四兄妹か。
を、育て上げた空手家の父親がやっていた物を、テレビで見た善悪が丸パクリした物だ。
きっと、ある程度の効果はある事だろう。
しかし、善悪は大きな間違いを犯していたのだが、当の本人はこの段階で全く気付いた様子は無かった。
大体、ピンポン球を避けた位で世界を取れたら、誰もあんなに苦労はしていない。
世界の舞台に立つ者、いや目指す全ての者達は、もっとストイックに自分を鍛え続けている筈だ。
具体的には、走ったり、筋トレしたり、減量したり、サンド打ちしたり、実家の釣り船屋を手伝ったり、応援団とボクシング部の揉め事に巻き込まれながらツッパリをしたり、父の果たせなかった夢を元気に追いかけたり、試合の度に真っ白なバラの花を買ってみたり、明日の為に「へへ」とか言って笑ったり……
兎に角もっと色んなドラマや工夫や執念があって、初めてあの場所を目指せるのだ。
吊るしたお肉を叩いて、生卵飲んで、好きな女の名を叫んだ位じゃ辿り着ける訳が無い。
そんな事にも気付かないまま、え? 世界ですか? そそ、世界! とか言いながら訓練を始める二人だった。
「じゃあまずは五メートルから…… これくらいかな? 行くでござるよー!」
「はいっ! お願いします!」
至極真面目である。
暫くして……
「思ったより良い感じでござるな。 次は三メートル位からやってみるでござる」
「はい。 全部避(よ)けられました…… でも世界に近付いた実感とかは無いんですけど?」
「ふむ? まあそう言うものなのかもね。 ほら学年で一番頭の良かった鈴木君も良く言っていたであろ? トップになる度(たび)に?」
「ああっ! そう言えば『え? 別に特別な事はしてないよ、普通に授業聞いてれば誰でも分かるでしょ?』とか言ってましたね」
「そそ、そんな感じでござろう。 ゴク○とクリ○ンも、知らないうちに強くなっている、的な事言っていた気がするでござるよ」
「あぁー、いつか言えるのかな? 『くはは、どうやら強くなりすぎてしまったようだ』とか『つまらん、孤独とはこう言う事か』とか」
「うんうん、言える言える。 あっという間でござろうよ」
とか勝手な事を言いながら、境内に散らばったピンポン球を拾い集める二人であった。