テラーノベル
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エーファが次に目覚めた時、視界に入ってきたのは見慣れない天井だった。
……ここはどこだろう。
エーファはそうぼんやり思いながら上半身を起こす。
目眩や頭痛はあるが、先程よりも幾分か体調はましだ。
何も考えず自分の掌を見つめる。
が。
あることに気づき、エーファは目をかっと見開いた。
自分の身体の魔力を感じないのだ。
普通、魔力というのは四六時中身体を巡っているものであって、身体の持ち主は自分の中の魔力をはっきりと感じることができる。
しかし、エーファは今までいつも身体中を巡っていたはずの魔力を全く感じることができなかった。
……いや、まさか。そんなはずは。
試しに、エーファは寝台のすぐ隣にあった椅子を操ろうとしてみる。
椅子の方に手を伸ばし、魔法を放った。
……つもりだったが、椅子は全く動かない。
エーファはもう一度魔法を使おうとするが、やはり椅子はぴくりとも反応しない。
……そんな、まさか。
エーファの額を、嫌な汗が流れた。
頭が鈍器で殴られたかのように痛かった。
耳鳴りがキンキンとして、こめかみが痛くなって、視界がぼやけた。
……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
魔法が使えなくなってしまったら、私は……、私は……!
その時、扉にノックがされた。
エーファは返事をする余裕もなく、呆然とする。
「エーファ?入るぞ」
クラウスの声だ。
クラウスはエーファの返事を待ったが、中から何も聞こえず、部屋に入った。
入った瞬間、クラウスは目を見開いた。
エーファはゆっくりとクラウスの方を向いた。
エーファの白い頬を、雫が流れていく。
クラウスが驚いていると、エーファは口を開いた。
「……殿下。自分の身体から魔力を感じないのですが、これは一体どういうことでしょうか」
エーファは掠れた声で言った。
クラウスははっとして、エーファに歩み寄った。
クラウスが何か言う前に、エーファが続ける。
「今まで魔法が使えなくなったことがないから、どうしたらいいのかわからないんです」
「エーファ」
「魔法が使えなくなってしまったら、私はどうすればいいんでしょうか」
「エーファ」
「魔法を奪われてしまったら、私……、私……」
悲鳴のような声だった。
クラウスはエーファの手を握る。
「エーファ、落ち着いてくれ」
温かくも、芯のある声。
エーファははっとした。
彼は朗らかに、穏やかに笑んでいた。
まるで春の陽だまりのような笑み。
魔力が戻ったわけでもないのに、エーファは内心この上なく安堵したような気持ちになった。
クラウスは彼女の濡れた頬を拭う。
エーファは美しい顔をくしゃりと歪ませた。
「……でん、か……」
クラウスは笑みを深め、エーファの頭を撫で、彼女を抱きしめた。
エーファは一瞬驚いたが、温もりに安堵し、クラウスを抱きしめ返した。
数十分後。
エーファは落ち着き、顔を真っ赤にさせていた。
「……本当に申し訳ございません。お見苦しい姿を晒してしまって……」
エーファは恥ずかしくて恥ずかしくて消えてしまいたかった。
王太子の前で泣きじゃくった挙句、頭まで撫でてもらって抱きしめてもらうとは。
これほどおこがましく恥ずかしいことはない。
……デジャヴだ。
前にもこんな場面があったような?
クラウスは穏やかに微笑んだ。
「いや、謝らないでくれ。確かに驚きはしたが、無理をしてほしくないからな。少しでも気持ちが落ち着いたのなら良かった」
建前かもしれないが、こんなことを言ってくれる彼が、エーファは眩く見えた。
……どこまでもお仕えしよう。
エーファはそう改めて決意した。
クラウスは声を少し硬くして話を切り替える。
「ここは王宮の一角にある客室だ。君は昨日倒れて、一晩ここで休んでもらった」
王宮の客室で休ませてもらうとは、自分はどこまで王族に手を焼いてもらったら気が済むのだろうか。
我ながら呆れる。
「君が倒れた直後、医師に診てもらった。どこかの魔法使いの仕業であることは確実らしいのだが……」
エーファは首を傾げた。
「どういうことですか?」
「君の身体に、呪いがかけられた痕跡があるらしいんだ」
「呪い……?」
エーファは驚く。
呪いは、もう国では禁忌とされているはずだ。
誰がそんなことを……。
クラウスは頷いて続けた。
「ああ。今犯人を探しているのだが」
エーファは頭を回す。
エーファは今まで呪いをかけられたことはないが、エーファほどの魔法使いなら、違和感に気づくはずだ。
エーファは考えながら言う。
「……これほど巧妙な呪いを作れるのは、国でもかなり上の魔法使いのはずです」
「そうか。だったらかなり絞れそうだな」
だが、まだ世に知られていない平民の魔法使いの可能性もある。
国仕魔法使いに呪いをかけたのだから、度胸も自信もかなりある人物だろう。
しかし、動機として考られるのは、エーファが平民出身だからというものだ。
となると貴族出身の高位な魔法使いが一番可能性が高いが……、確信できない。
クラウスは立ち上がった。
「まあ、犯人が見つかるよう尽力しよう」
エーファはぱっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます」
クラウスは眉尻を下げて笑んだ。
「君には恩があるからな」
クラウスはそう言って部屋を後にした。
エーファの胸は温かくなる。
……優しいひと。
数十分前までエーファの心を支配していた恐怖はとうに消え去り、感謝と嬉しさと小さな甘い感情がエーファの内に広がった。
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