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教室の空気が変わっていた。もう「孤立」や「無視」ではない。
日下部と遥は、ふたりで「加害者」として扱われていた。
それは、蓮司が仕掛けた巧妙な罠だった。
蓮司は、ふたりが肩を並べている写真をクラスLINEに流し、「依存してる」「共犯者だ」と噂を撒いた。
遥が目を合わせることを怖がり、日下部が声を殺しているその様子を、まるで「仕切っているかのように」演出した。
周囲はそれを信じた。
その日から、ふたりは教室で目の敵になった。
だが、直接的な暴力はまだ始まらなかった。
それよりももっと巧妙で、静かで、深く、確実な加害だった。
「おまえら、またセットかよ」
誰かがそう囁くと、周囲の視線が冷たく刺さる。
「もう被害者じゃないんだよな」
授業中も、ふたりが同じ空間にいるだけで、誰かがわざと資料を落とす。
廊下でふたりがすれ違う時は、後ろから足を引っかけられ、壁に押し付けられる。
日下部のロッカーには、「裏切り者」「共犯者」という落書きが増え、遥の鞄には破れたプリントが詰め込まれていた。
教師たちも、それに気づきながらも知らん顔を決め込む。
「個人的なトラブルは学校外で」そう一言だけ。
蓮司は、その間合いを絶妙に操った。
ある日、遥に近づき、耳元で囁く。
「お前、知らないふりしてるけどさ。あの映像、みんな見てるよ。おまえの秘密も、もうバレてるし」
手は軽く腕を掴み、強く握られる。
どこにも証拠が残らない。
けれど、遥の全身に冷たい震えが走る。
日下部にも同じように、誰もいない教室で肩を押さえられ、
「おまえもな、守ってるつもりかもしれないけど、結局みんなの前じゃ、ただの無力なガキだ」
そう笑われた。
ふたりの間にあるのは、もはや言葉では説明できない闇だった。
誰も助けてくれないことはわかっていた。
だからこそ、余計にふたりは追い詰められていった。
日下部は鏡の前で腕に力を込め、震える指で拳を握る。
「……俺は、違う」
そう繰り返すけれど、声は掠れていた。
遥は、誰もいない教室の隅で、膝を抱えて座る。
(俺のせいで、あいつまでこんな目に)
自己嫌悪と罪悪感で、心が擦り切れていく。
加害者として見られ、被害者であることすら疑われている。
その苦しみは言葉では語れなかった。
蓮司はふたりの周囲に立ち、冷たい目で言う。
「おまえらが“セット”でいる限り、居場所はないんだよ」
その言葉が、この学校の冷たいルールのすべてだった。