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◻︎0か?1か?
だんだん暗くなって、花火大会のアナウンスが流れた。観覧車のチケットの番号も呼ばれる。
〈そろそろ行きますか〉
《そうだね、行こう。足元、ちょっと見えないから気をつけて》
〈ありがとう〉
花火大会が始まってすぐ、観覧車の順番がきた。チケットを渡すと係員の人が不思議そうな顔をした。
《おおっ!いくらか花火に近いね。こんな距離で見るのは初めてかも》
〈そうだね。アキラは花火大会ってよく行くの?〉
《最近は行ってなかった気がするな……忙しくて》
〈私も……忙しいって言い訳してたかもしれないけど〉
《僕もそうかも…今年は行こうかな?あっ!今の綺麗だった、真ん中の色がよかった》
〈え?私からは見えなかったよ、残念…!私も今年はみんなで行こうと思う〉
《そうか、いい花火大会になるといいね》
〈お互いにね〉
ゆっくりと回る観覧車から見た花火は、今までに見た花火とはまた違って見えた。この景色を忘れないでおこうと思った。
そうして、アキラとの最初で最後のデートは終わった。今日一日、私は見知らぬ男性と一緒に遊園地で遊んだ。
《じゃあ、これで》
〈うん、楽しかった。時間を作ってくれてありがとう〉
《こちらこそ。まるでほんとに隣にいるみたいで楽しかったよ》
〈じゃあ、さようなら〉
《お元気で》
そっとスマホを閉じて、家へと帰る。
アキラとSNSでお互いのことを話していくうちに、それぞれ気づいたことがあった。
それは、いかにそれぞれのパートナーを愛しているかということだった。仕返しに誰かと浮気するなんてできない、けれどこのままでは気持ちが収まらない。そこで考えたのが、この架空のデートだった。メッセージで会話をしながら、あたかもそこにいてデートをしている気分になるというもの。
周りから見たら、普通の中年女が1人で遊園地で遊んでいるように見えただろう。それはきっとアキラも同じで、男が1人で遊園地で遊んでいるように見えたに違いない。
チケット売り場でも、きっとあの場所にアキラはいた。けれど、探さないことが最初からの約束だった。同じように行動するけど、周りを確認したりはしないこと。
1度でも会ってしまうとそれはもう、浮気だ。でも会ってもいないならそれは浮気にはならないんじゃないかという、こじつけみたいなものなのだ。浮気されたモノ同士が決めた、その場だけのルールなのだ。
0には何を掛けても0、でも1は違う。浮気をせずに、浮気をした気分だけを味わってみたかった。屁理屈と言われてもいい、それで自分たちが納得したのだから。
要するになんでもよかったのだ、ストレス発散になれば。
まだ私は夫を裏切ってはいないけれど、ひとまず気持ちは落ち着いた。あとはこれ以上あの桃子という女がでしゃばらないことを祈るだけだ。架空のデートで解消しきれないほどのストレスを抱えてしまったら、私は夫に何をするかわからないと思う。
今は、なんとか小さくなった嫉妬の炎が再び燃え盛らないことを、願うだけだ。
そして、何食わぬ顔で私は家に帰った。