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マイクロバスの壇上で手を振りながら、幣原はその時を待っていた。鳴り止まない拍手の主の大半は、東京区に派遣された自衛官や年配の警察官だった。
5月の心地の良い陽射しに、モーニングに身を包んだ幣原の姿は群衆の心を掴み、そして存在そのものに高揚し涙する者もいた。
衣装は、上念からのアドバイスだった。
「幣原さんはれっきとした軍人です。僕は昔から思っていますよ」
その言葉に感銘を受けた自分が、嬉しくもあり滑稽でもあった。
決して戦争を好んでいるわけではない。
ただ上念の心配りに感謝したのだ。
『軍人』という証は、この国では虚構の事実であり、幣原自身が亡霊の様な存在だった。
それは、戦後の歴史が証明している。
群衆の拍手がおさまるのを待って、幣原はマイクを手に演説をはじめた。
「敬愛なる日本人の皆さん…」
5月の風は、幣原の声を水面の波紋のように周囲へと運んでいった。
ゆったりとした速度で、それでいて確実にである。
「今の私には夢は無い。希望も野心も未来もない!そんなものはずいぶん昔に棄てた。この国に御魂を授けたあの時に!私は私を棄てたのだ!しかし、若者の諸君は、私の様になってはならない。この国は自由で、成熟した民主主義国家なのだ。私はそう信じている!違いますか!?」
拍手と歓声が沸き起こった。
群衆は次第に増えていった。
幣原は、言葉を選びながらゆっくりと話を続けた。