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(偉央さんにも見せたくなかったもの)
結葉は、マンションでは浴室乾燥のお陰で随分助けられたのを思い出す。
でもここにはそんなものは付いてないから、あれこれ本当に悩ましくてたまらない。
(もしかしたら想ちゃんも私が下着を勝手に触っちゃったの、後で知ったら「恥ずかしい!」って思っちゃう?)
今更のようにそんなことに気がついて、「想ちゃん、ごめん! 私、勝手にやらかしちゃいました」と心の中で謝った結葉だ。
そんな悩ましい洗濯を済ませた後で、気持ちを切り替えるように部屋の掃除をしてから、買い物してきたものの整理をある程度済ませて。
とりあえず買ってきた食器類は全て洗って棚の中に仕舞うことが出来てホッとする。
そこでふと寝室を見て、ベッド横に綺麗に畳まれた想の布団に気が付いた結葉は、いいお天気だし、と彼の布団をベランダの柵に干した。
スペース的に私のは明日かな?と、干す場所がないのを理由に自分の布団は後回しにしてしまったのだけれど。
きっと想がいたならば、結葉の布団を先にと言っただろうが、不在だから誰からも物言いが付かなかった。
マンションにいた時よりも、少し精力的に動き過ぎてしまったかもしれない。
結葉は、ちょっと休憩しようかな?と雪日のケージ前にしゃがみ込んで。
まん丸になって眠る雪日を眺めて癒される。
と、不意にエプロンのポケットに無造作に入れておいたスマートフォンが着信を知らせてきた。
昨夜手にしたばかりのスマホは、まだ着信音などが初期設定のまま。
どこかで聞いたことのある電子音とバイブレーションに、結葉はポケットから白色のスマートフォンを取り出した。
画面を見ると「山波想」と出ていて。
まだこのスマートフォンには想と芹、それから山波建設、そしてアメリカに住む両親の番号しか入っていない。
想と芹ふたりから、「これから少しずつ増やしていけばいいよ」と言われて。
もう自分がスマホに新しい番号を登録することを咎める人はいないんだと思ったら、凄く不思議な気持ちになった結葉だ。
「もしもし?」
初めての着信にドキドキしながら出ると、「結葉、いま大丈夫?」と想の声。
(えっ、嘘っ。もうお昼⁉︎)
そんなに時間が経っているような気はしなかったけれど、家事に夢中になっている間に時間泥棒に遭ったのだろうか。
そんなことを思って壁の時計を見たら、十一時前。ランチタイムと呼ぶには、まだいささか早い時刻だった。
「ごめんな、変な時間に」
家にいる自分に駄目な時間も変な時間もありはしないのに、(ホント、想ちゃんはどこまでも優しいなぁ)と思った結葉だ。
「全然問題ないよ? どうしたの?」
自由人な自分はともかくとして、想はいま、仕事中のはずだ。
それを不思議に思いながら問いかけたら、
「親父がさ、結葉連れて会社に来いって言うんだけど……。いまから迎えに行っても平気?」
言ってから「あっ、けど。もしそこじゃ不安だってんなら別のところで落ち合うんでもいい」と慌てたように言い募る。
想はきっと、山波建設と結葉の実家が隣り合わせなことを気にしてくれているんだろう。
「想ちゃん。私、想ちゃんのこと信じてるから……だから平気だよ?」
ギュッとスマートフォンを握りしめて。
電話の向こうに自分の顔が見えるわけでもないのに真っ直ぐ前を向いて凛とした声音で言ったら、想に「え?」とつぶやかれた。
「ほら。偉央さんは私を連れ戻そうとしてないって言った想ちゃんの言葉。あれ信じてるから実家のそばでも問題ない」
補足するように付け足したら、「ああ」って想が得心が言った様子で吐息を落として。
結葉はそんな想に、小さく深呼吸をしてもうひとつ付け加えた。
「――えっと……それだけじゃなくてね。もしも……もしも予想に反して何かがあったとしても……想ちゃん、全力で私を守ってくれるって言ったから。私ね、その言葉も信じてるの。だから……おじさんが会社で待つって言うなら、私、そこに行くんで全然構わない」
結葉が、少しつっかえながらも迷いのない声音でそう言ったら、想が電話口で息を呑んだのが分かった。
「結葉。俺、お前の信用、絶対裏切らねぇって誓う! すぐ迎えに行くから出れるように支度して待ってて?」
ややして結葉に投げ掛けられた想の声音が、どこか自信に満ち溢れた男らしいものになっていた気がしたのは、きっと結葉の気のせいではないだろう。
***
「結葉ちゃん、ごめんね。わざわざ来てもらって」
山波建設の会議室で、結葉は想と二人、ここの社長であり想と芹の実父でもある山波公宣と対面していた。
結葉の右隣に想、長机を挟んで真向かいに公宣という席順だ。
さっき事務員さんがやって来て、三人分のコーヒーを出してくれた。
公宣に勧められて結葉は自分の前に置かれたカップにミルクを落とす。
(……苦そう)
ソワソワとそんなことを思っていたら、想が無言で自分のものに付いていたコーヒーフレッシュを差し出してくれて。
結葉は小声で「有難う」と言いながらそれを受け取って、代わりに自分の皿からスティックシュガーを取って想に渡した。
それを見ていた公宣が、「これもどうぞ」と自分の皿の上のものを、二人の前に置いてくれる。
「あ、有難うございます」
(他所様の会社の会議室で私たち、一体何をしているのかしら)
目の前に置かれたそれらに手を伸ばしながら、ふとそんなことを思ってしまった結葉だ。
コーヒーフレッシュを自分に、スティックシュガーを想に渡したら、想が「サンキュー」と言って三つ目の砂糖をコーヒーに混ぜ込む。
(想ちゃん、それ、甘すぎない?)
いつもなら想はスティックシュガーは二本だけだったはずだ。
三本はさすがに、と思った結葉だったけれど、想は一向に気にした様子はない。
もしかしたら案外三本入れちゃうなんて日も、結構あるのかも知れない。
そんなことを思いながら、結葉も三つ目のポーションを自分のカップに落とした。
皿に置かれていたティースプーンでぐるぐるとかき混ぜたら、そこそこに白っぽいコーヒーが出来上がる。
(これなら何とか飲める、かな……)
でも、いつもコーヒー〝二〟に対して牛乳〝八〟で作っているカフェオレよりははるかに苦そうで。
密かに牛乳が恋しいな、なんて思ってしまった結葉だ。