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あれから3年がたった
純白だった翼は、黒に染まり、戻れないと絶望していた。
しかし、ある夜ミンジュに奇跡が降りた
夜。静まり返った館。
「……今だ……」
ミンジュは、壁にかかった鍵を手に取り、音を立てないように足枷を外した。
ジョングクたちは地下の作戦室に籠もり、ジミンは薬を飲んで深く眠っていた。
めぐってきた、奇跡のような“隙”。
(いましか、ない……)
ドアを開ける音がしないよう慎重に抜け出し、広い廊下を駆け抜ける。
心臓がうるさいほど鳴っていた。
「……お願い、誰にも見つかりませんように……」
その祈りは、久しぶりに空へ届いた気がした。
**
森を抜け、岩場を超え、息も絶え絶えにたどり着いたのは──
山のふもとの、静かな小さな村。
「……あんた……なんでそんな格好で……!」
土を運んでいた老婆が目を見開いて、駆け寄ってきた。
ボロボロの衣服。血の滲んだ足。頬には涙の跡。そして──背中には、折れかけた黒い翼。
「たすけて……わたし……、殺される……」
老婆は何も問わず、ただ黙って彼女を家に連れ帰った。
「おまえの名は?」
「……ミンジュ、です」
「ミンジュ……いい名前じゃ。あんたは、きっと戻れる」
畑の手伝いをしながら、
薬草を摘みながら、
手編みの布を織りながら。
老婆は静かに、優しくミンジュの傷を包みつづけた。
はじめは怯えた顔しか見せなかったミンジュも、しだいに笑顔を取り戻していった。
数日後──
薬草と湯と、老婆の静かな看病で、ミンジュの傷は少しずつ癒えた。
そして、ある朝。
「……!」
鏡に映る自分の背中を見て、ミンジュは震えた。
翼が……白く戻っていた。ほんの一部だけれど、純白の羽が揺れていた。
「神様……本当に……わたしを……」
涙が溢れた。
生まれて初めて、心からの救いに触れた気がした。
「お前の翼は、信じる心に反応する。
あんた……戻れるよ。ちゃんと、自分の場所に」
老婆はそう言って、ミンジュの髪をそっと撫でた。
数年経った頃、ミンジュの背に再び芽吹いたのは──
完全に白く染まった、ふわりと広がる清らかな翼だった。
「……白に、戻った……?」
「心が、ようやく自由になったんじゃよ」
老婆の手は、いつも温かかった。
ミンジュは、この場所でなら、人間として、そしてひとりの“女”として生きられると思えた。
──けれど。
•
同じころ:首都、地下にて
「……あれから、五年」
ジョングクは、部屋の奥でひとり呟いていた。
その両目は血のように赤く充血し、手には、あの時の髪の切れ端を握りしめている。
「……まだ香る。ミンジュの匂い……ヌナの匂い……」
横では、テヒョンが無言で写真を見つめていた。
燃やされた屋敷の残骸から拾った、かすれたミンジュの布切れ。
それを“愛しい遺品”のように抱き締めている。
「ミンジュは、生きてる。ぜったいにどこかに……」
ジミンは静かに笑いながら、台帳にあらゆる村の記録を付けていた。
「逃げる天使を捜し出すための地図」を。
ジンは? 彼はあの夜以降、笑わなくなった。
「……あの子がいないと、家じゃないよ」
ただそれだけを繰り返すように、真っ白な部屋の中で、彼女の形跡だけを撫でていた。
──七人全員が、狂っていた。
だれひとり、ミンジュを忘れていなかった。
むしろ、会えない5年間の間に「執着」という名の鎖は重く太くなっていた。
再会:運命の雨
その日も、ミンジュは山の奥で野花を摘んでいた。
白いワンピース、白い翼、穏やかな微笑み。
(……もう、幸せに暮らしていいはず。
誰も、わたしを見つけないはず──)
でも、その背後から降りかかってきた声は、あまりにも鮮明だった。
「……やっと、会えた」
……その声を、忘れることなんてできるわけがなかった。
振り返ると、そこに立っていたのは
ジョングクとテヒョン。
――そして、ジン、ジミン、他の全員。
「逃げたね、でも……偉かったよ、がんばったね」
ジョングクのその言葉に、ミンジュの背中が震える。
「どうやって……」
「全部、追ってたよ。何年も。おばあさんの村まで辿り着くのに、時間がかかった」
「やだ、来ないで……!」
ミンジュは羽ばたこうとした──けれど、その前にジミンが後ろから抱きつく。
「……飛ばないで、せっかく戻ってきたのに。
僕たちの“お嫁さん”に」
「いや……たすけて、誰か……!」
その声は、木々に吸い込まれて消えていく。
何も知らない村の人々は、遠くのほうで風鈴の音を鳴らしていただけだった。
「帰ろう、ね。檻はきれいにしてあるよ。ベッドも、鎖も、全部、あんたのためだけに」
「やだぁぁっ……!」
抱きしめられた瞬間、ミンジュの白い翼は一瞬だけ黒く染まりかけ──
でも、まだ白のまま踏みとどまっていた。
──これは、ほんとうの最後の戦い。
彼女が壊れるのが先か。
彼らの愛に染められるのが先か。