テラーノベル
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猛ダッシュで家まで帰って来て、急いで玄関のドアを閉める。
俺の心臓が今とんでもない速度で脈打っているのは、決して全速力で走ったせい、というだけではなかった。
自宅まで辿り着いたことに安堵して、俺は靴も脱がずに玄関で膝を折ってしゃがみ込んだ。
「あかん…あかんて………どないしよ…」
ぐるぐると、活発に頭は働いているはずなのに、口から出てくるのは何の解決にもならなさそうな迷いの言葉だけ。
それもそのはずだ。
やって、、、。
告白されたん、いつが最後やったっけ!?
誰もが感動するような良い写真を撮るこの俺、向井康二は、実は恋愛下手である。
見ればわかる、というコメントが聞こえて来たような気がしたが、ここではあえて気付かないふりをしておく。
楽しいことや幸せなことが大好きで今の職業に就いたが、実際のところ、自分が恋愛をするとなると、いつも自分でその恋をダメにしてしまっていた。
これは、学生時代のある苦い思い出に起因する。
「康二って、いつも泣いてて女々しくて、全然リードしてくれない。もう全然ときめかない。」
高校一年生のとき、初めて付き合った同級生の女の子にそう言われて、振られてしまったことがある。
その日以来、俺は女の子が苦手になってしまった。
自分でも思い当たる節はたくさんあって、俺の性格は確かに、女性からしたら「男性らしい」部分が少し乏しいように思う。
その子も少し気が強くて、かっこいい性格をしていた。
俺は、その子のそういう部分に惹かれていた。少しの憧れが、俺の中に好きを落としていった。
念願叶って、その子とお付き合いできることになったけれど、三ヶ月くらい経って、ある日突然そう言われて、俺たちの関係はそこで終わってしまった。
大好きだった。すごくすごく、大好きだったんだ。
だから、その子に対して怒りの感情や、ましてや恨むような気持ちなんてもちろん無かった。
その子が、俺に魅力を感じられくなってしまったって、ただそれだけ。
せめて、男らしく別れを受け入れようと、俺は最初で最後の強がりで手を振った。
その子の前で泣かなかったのは、その日が初めてだった。
帰宅した瞬間ベッドにダイブして、泣きに泣いて、それはそれはもう結構な大泣き具合だった。案の定、翌日は目がパンパンに腫れ上がってしまって、全く開かない俺の顔を見て、いつも屋上で一緒にお弁当を食べているしょっぴーに大笑いされた。
同じく一緒にご飯を食べていた舘は、「どうしたの?」と事情を聞いてくれて、俺はまた泣きながら事の経緯を話した。涙声で、嗚咽混じりの俺の話を、舘はずっとずっと聞いてくれていて、話終わると、ぎゅっと抱き締めてくれた。
隣でボケーっとコロッケパンを齧っていたしょっぴーは、「はぁ!?康二離れろ!!」と怒っていたが、先程盛大に笑われた仕返しにと、俺はしょっぴーを全力でシカトした。
「抱き付いたんは俺やのうて、舘や」というツッコミが口から出そうになったが、それも飲み込んでおいた。
「そっか、それは辛かったね。でもよく頑張ったね」
「ぅぅ“〜っ、、だてぇッ……ぐすっ…おれ、がんばったんやでぇ…っ」
「うん、偉かったね。」
「んぐっ…っすん、、おれ、この先、ずっと恋できんかもしれん…」
「大丈夫。いつかきっと、そのままの康二を好きって思ってくれる人が現れるよ」
「せやけど…おれ、もう女の子とお付き合いできそうにないて…リードなんかでけへん…ぅう“っ」
「ほら、もう泣かないの。せっかくのかっこいい顔が台無しだよ?それに、恋する相手は、女の子だけって決まってるわけじゃないんだから。自信持って、自分のことだけは嫌いになっちゃダメだからね?」
「…ぉん、、ぐすっ……」
あの日のことがきっかけで、俺は恋愛から逃げるようになった。
でも、舘がかけてくれた言葉は俺の中でずっと生き続けていたから、泣き虫な性格は大切にしながら、今まで元気に生きて来た。
女性と関わることはめっきり減った。
男性からアプローチをかけてもらえるような機会も、これまでにちょこちょことあった。
しかし、実際に好きと明言されたわけでもないし、そういう人たちの前では、いつも泣いたことが無かった。だから、本当の俺を見た時、この人は幻滅するかな、なんて風に思ってしまうと、もうダメだった。
相手の人が、何か言いたげに俺を見つめると、決まってそういう雰囲気になる。それがなんともむず痒くて、ついついふざけて笑いの方に走った。
そもそも俺はあまりモテないので、そんな機会も多くはなかったのだが…。
染まりやすいのだ。
熱しやすく、冷めにくい。
好きになってしまって、もし、またあの日みたいに悲しい出来事が起きてしまったらと思うと、とても怖くて、その人たちにも、なによりも自分とちゃんと向き合うのが怖かった。
気持ちを向けてくれている人には、申し訳ないとは思っていたが、自分の覚悟と気持ちがそこに追い付いて来られなかった。
舘が言ってくれた。
いつか、こんな俺を好きって思ってくれる人が現れる、と。
ずっと夢見てる。
そんな人が俺の目の前に現れることを。
本当は、心から大好きだと思える人と幸せになりたくて仕方がない。
この気持ちは、就職してからどんどん強くなっていった。
毎日のように、幸せそうに見つめ合って微笑む新郎新婦様や、そのご両親様、ご友人様を見ていると、誰かと生きていくということに対しての憧ればかりが募っていった。
結婚したい。恋がしたい。誰かと繋がっていたい。
毎日寂しくてたまらなかった。
俺も舘としょっぴーみたいに、お互いを大事に想い合えるような、そんな気持ちで一緒にいられる人と時間を重ねてみたかった。
…が、しかし。
俺の強過ぎる願望は、いつだって俺の手によって跡形もなく消え失せる。
逃げちゃいけないって、頭ではわかっている。
それでも、あの日の古傷がまだジクジクと痛む。
目を背けるように仕事に没頭し続けて、今日、またこの過去が俺の腕を引っ張った。
村上くんの告白は、あまりにも突発的だった。
回避のしようもないくらいに唐突で、直球だった。
いつもだったら、この後なんとなく口説かれるであろうという空気を察知して、話題を急に変えたり、相手が戸惑うくらいに突拍子もないギャグをいきなりぶっ込んだりしていたところだ。
そんな隙さえ無かったほど、村上くんは帰り道の途中で突然立ち止まって、俺に好きだと言った。
これまでの癖が抜けなくて、頭の中ではふざけに走ろうと、色々な逃げるための言葉を無意識に探していたが、彼の目を見た瞬間、そんなものは全部放り投げざるを得なかった。
村上くんは、今まで俺が出会ってきた人たちの誰よりも、真剣な目をしていたから。
それに俺は、今度恋するチャンスが生まれた時は、いつもみたいにふざけないようにしよう、なんてことを密かに自分の中で決めていた。
三十路に足を踏み入れたとき、少しの焦りが生まれた。
このままだと、ずっと一人だ。
漠然とした不安のもと、どこかに恋は落ちていないかと探し歩いていた矢先に受けた告白に、俺は大いに戸惑って、動揺して、しどろもどろになった。
村上くんは、落とし物を拾って俺の後ろから声を掛けて差し出すみたいに、不安に駆られた俺に微笑んでくれた。
まさに、俺の目の前に舞い降りて来た天使のようだった。
真剣に向き合わなければと思う気持ちは、なんともまだ弱々しくて、考えさせてほしいと答えるだけで精一杯だった。
「はいっ!」って元気に笑って返事をするその姿に、長いこと眠っていた俺の心が久しぶりに弾んだ。
お互いの家がある方面にそれぞれ足を向けて交差点で別れて、村上くんの姿が見えなくなった瞬間に、俺は全速力で自宅までの道のりを走って帰って来たのだった。
どうしようどうしようと、玄関先で助けを求めるように舘に電話を掛けたけれど、通話中で繋がらず、話をすることはできなかった。
ひとまず諦めて、風呂に入ろうと、鞄を置いてから脱衣所に向かった。
村上くんの告白には、一つだけ引っ掛かるところがあった。
なぜ、「ずっと前から」という言葉選びだったのか。
今は、まだ桜も散っていない四月の真ん中。
あの子と初めて会ったのは、先月。
その言葉を使うには、一緒に過ごしてきた日数も時間も、何もかもが、まだ足りていないような気がした。
もしかして、俺は過去に、どこかで村上くんと会ったことがあるのだろうか。
暖かいシャワーを頭から被りながら、そんなことを考えて、記憶を辿ってみたが、うまく思い出せなかった。
自分一人でそこについて考えていても仕方がない、ひとまず、この【ずっと前から問題】については、村上くんに直接聞こうと思い直して、俺はシャワーのつまみを絞った。
髪を乾かしながら、明日のためのアラームをセットする。
明日も朝早くから撮影が入っているので、寝坊しないようにといくつも時間を設定しながら布団に入る。
ふかふかのベッドに体沈めると、すぐに眠気がやって来る。
「明日、聞いてみよか…」
そう呟きながら、村上くんの顔を瞼の裏に浮かべてみたら、その顔は笑ったり切なそうだったりと、忙しくコロコロと変わっていった。
To Be Continued………………………
コメント
1件
こちらの恋路が本当に楽しみ😊🤍🧡