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もどかしいなぁ切ないなぁラウ頑張れぇ!!🤍🧡
どこか見覚えのある、オレンジ色に染まった道を歩く。
俺の隣を歩く人の顔はよく見えないけれど、俺の心はとても上を向いていて、その人と並んで歩くその時間が心地よくて、自分がこの人を大切に思っていることを感じては心が温かくなる。
「康二くん、運命って信じる?」
「なんや急に」
「気になったの。康二くんの考え方、知りたい」
「んー、そないな出来事あんま起きひんから分からんけど、そういうんがあったら、そら、ときめくやろな」
「そっか。ときめくかー。」
「なんなん、気になるやんか。なんでそんなこと聞くん?」
「……は、………の、…ん…………って言ったら…ぅ…?」
え?なに?聞こえへん。と返そうとした瞬間に、けたたましいアラームの音が鼓膜をつんざいた。
「……ゆめかい…」
爽やかな朝がツッコミから始まるなんてと、未だ失ってはいない関西魂を嬉しく感じながら、俺は勢いよく起き上がった。
怒涛のようにセットされていたスマホのアラームを全て解除してから、脱衣所で顔を洗って歯を磨く。
シャコシャコと歯ブラシの音を鳴らしながら、変な夢見たなぁ、なんて寝起きのぼーっとした頭で考えて、うがいをする。
身支度を整えて、仕事着に着替える。寝巻きを洗濯カゴに入れて、まだそこまで洗濯物は溜まっていないなと安心したところで脱衣場を後にした。
トースターに食パン一枚を入れて、焼き上がるまでの時間をニュースを見ながら待つ。
テレビを点けるとちょうど芸能ニュースが流れていた。
「ぉ、しょっぴーやん。ほぇぇ、化粧水のCMやるんか。しょっぴー肌綺麗やもんなぁ」
自分の知り合いがテレビに出ているという光景には、未だに慣れない。
舘が店を開く少し前くらいから、しょっぴーはテレビに出るようになった。
学生の頃は、詳しいことは何も聞いていなかったし、なんならしょっぴーがアイドルになりたいなんて、思ってもいなかった。
たまたま見ていた歌番組で、初めてしょっぴーを見た瞬間、自宅のリビングで盛大に麦茶を吹き出した日のことを、俺は一生忘れないだろう。
ちん、とパンが焼けたことを知らせる音を聞いてから、テレビを消した。
ほかほかのトーストを左手に持って、リュックを肩にかける。
鍵を右手で掴んで、玄関のドアを開けた。
ギリギリまで寝ていたくて、こんな生活をいつまでも続けてしまっている。
この歳になると、だんだんと朝起きて、すぐにお腹も空かなくなってきてはいるが、体力勝負のこの仕事で朝食を抜くことは極力避けたくて、こんな形に落ち着いた。
家から職場までは、歩いて行けるくらいの距離なので、だいぶ便利である。
歩きながらトーストを齧る。
今日見た夢について考えて、しょっぴーとの思い出を振り返って、俺の心はここに在らずな状態だったのだろう。
俺はどうやらパンにジャムを塗るのを忘れてしまっていたようで、仕方なく小麦の味を噛み締めながら足を進めた。
次第に俺の味覚は素朴な風味に慣れ始めきて、「素材の味」という魅力に目覚めようかというその頃、十字路の角から出て来た人とかち合った。
その人は俺と目が合うと「アッ!」という顔をしてから、大きく腰を曲げた。
「向井さん!!おはようございます!」
「ぉ、ぉぉ…村上くん、、おはよう……」
昨日ちょうどこの場所で起きたことが一瞬にして頭の中に蘇ってくる。
それは村上くんも同じなのだろう。
元気に挨拶をしてくれた後、昨日みたいに、また下を向いてモジモジしていた。
正直、気まずいことこの上無い。
俺も村上くんも向かう先は同じだから、別々に歩いていくのも不自然で、俺たちはカチコチと音がしそうなくらいのぎこちなさを湛えながら、無言で職場までの道のりを歩いて行った。
三分ほど歩いたくらいだろうか、村上くんは突然「向井さん!!」と大きな声で俺を呼んだ。
「ッ!?なんや!?朝からびっくりさせんとって…」
「ぁっ、、すみません……」
「あぁっ…、そんな落ち込まんでええから…どしたん?」
「あ、えっと、、その…き、昨日は突然すみませんでした!」
「ぁぇ…?」
「その、あんな、急に困らせること言ってしまったのと、全然ムードとか何にも無い場所で……。次は、もっとロマンチックな場所で、ちゃんと告白しにいきます!」
「ぁ、、ぉ、、はい……」
「あ、これリベンジ制度あったん?」と最後の言葉がかなり気になったが、そこに突っ込んだら、村上くんはまたしょぼくれるか、モジモジし始めるような気がしたので、やめておいた。
なんとも受け答えしきれなかった俺に、村上くんは気を取り直したように「今日もよろしくお願いしますっ!」と言った。
無理はしていないだろうが、きっと、気まずいのは村上くんも嫌なのだろう。
明るく振る舞ってくれているのに対して、いつまでもそっけない態度なのも失礼だと思い直して、俺も今できる精一杯の笑顔で返事をした。
「おん、今日もよろしくな!」
刹那的な沈黙の後、目の前の村上くんは急に焦ったような顔になった。
「っ!ぼ、ぼく、先輩が今日担当しているお式のお手伝いがあるので、先に行きますッ!!失礼しますッッ!!!!!」
村上くんは深くお辞儀をしたかと思いきや、次の瞬間には長い足を大きく交互に動かして、颯爽と走り去って行ってしまった。
「え、えぇぇぇぇーー…」
えぇぇぇぇー…。
それ以外のワードが頭に全く浮かんで来なかった。
自分としてはうまく笑えていたつもりだったのだが、ぎこちなかっただろうか。
告白のくだりで、俺の反応が彼の気を悪くさせてしまったのだろうか。
明るくて素直で、いい子には間違いがないのだが、なんとも行動や言葉が突飛というか、どんな反応をするのか想像がつかないというか、天然ではないのだろうが、どこか不思議な子だ。
村上くんも不思議だが、反対に、村上くんと接している時に浮かんでは消える自分の気持ちも、同じくらい不思議だった。
昨日の告白を受けてからの、自分のソワソワと浮き足立つ心。
これは果たして、気まずいからだけなのだろうか。
村上くんの動き、仕草、その一つ一つを細かく映そうと動く自分の目。
昨日まで、こんなに彼をまじまじと見ていただろうか。
村上くんが返してくれた言葉のその全てに気を揉んでしまっている自分の思考。
人並みに周りの目は気にするが、こんなにいちいち彼が不快に感じていなかったかと頭を悩ませるのは何故だろうか。
「んんん〜…わからん…」
頭の中に哲学みたいな難しいテーマが広がって行きそうになったところで、俺も職場の前まで到着した。
考えることに夢中になっていて、食べることを忘れていた残り一口の食パンを口に放り込んだ。食パンは冷え切っていて、噛むたびにパリパリと顎を傷ませるくらいに固くなっていた。
従業員用入口のドアノブに手を掛けた瞬間、俺は今になって大事なことを思い出した。
「ぁ。「ずっと前から」のこと聞くん忘れた。」
「っはぁああぁぁ…」
僕の口は、お昼ご飯を食べながら、ため息も吐き出さなきゃならなくて、少し忙しそうだった。
だって仕方がないじゃないか。
朝、通勤途中に向井さんと会ってしまって、なんとか昨日のやらかしを謝ることはできた。
だけど、今になって自分が言ったことを振り返ってみたら、なんだか言い回しがおかしかったような気がしているのだから。
「次は、もっとロマンチックな場所で、ちゃんと告白しに行きます」って…。
違う、そうじゃない!!
そうやって言っちゃったら、なんだか、いきなり告白してしまったことを謝ってるんじゃなくて、場所とタイミングが悪かったことを謝ってるように聞こえちゃうじゃん!!
向井さんちょっと引いてたし…。
あの言い方は、かなり自分本位だった気がして、少し落ち込んだ。
なんていうか、向井さんの気持ちを全然考えられてなかったなって、今日の朝の出来事を振り返ってみて気が付いてしまった。
それに、逃げるように先に行ってしまったことも、なんだか感じが悪かったように思えてくる。
100%自分が悪いのだが、向井さんと気まずくなってしまうのは嫌だったから、なんとか今まで通りの状態を保とうと、半ばヤケクソで元気な僕になってみた。
目黒くんと練習したお芝居が、ここでも役に立つとは思っていなかった。
今の僕の本当の気持ちは、昨日ほどではないが、少しどんよりしていて、でもそれを出したくはなかった。
これは嘘を吐いていることになるのかな。
本当は、昨日から全然上がらないテンションを、なんとか引き出しの一番奥にしまい込んで、元気に見えるように向井さんと接していたのだ。
明るく見られたかったから。
向井さんの前では、どんな時でも本当の僕のままでいたいけれど、それも時と場合によるかもしれないな、とまた一つ勉強になった。
わざわざ「僕は今、落ち込んでいます」というのを相手に知らせる必要はない気がしていた。
僕がそういう空気を出すことで、向井さんが困ってしまったり、僕に気を遣ってくれたりするなんて、かっこ悪いじゃないか。
そう思って、なんとか明るく振る舞ったのだけれど、僕のそのテンションに合わせるようにして返してくれた向井さんの笑顔に、思わず胸が詰まってしまった。
僕は、居ても立っても居られなくて、職場まで一人で駆け出して行ってしまった、というわけであった…。
良くないって!!!!
向井さん、きっと気まずくならないようにって僕に合わせて笑いかけてくれただろうに、僕が逃げたら、「気に障ったかな」とか不安にさせちゃうじゃん!!!
あぁぁぁ…違うの……全然そんなことないんだよぉ……。
ただ…ただ、ちょっと向井さんの笑った顔が眩しかっただけだったの…。
お芝居はできたけれど、言い方も態度も、全部良くなかったなと、また一つ反省の気持ちが浮かび上がったところで、僕はオーナーに一つメッセージを送った。
「恋って難しいね。自分のことばっかりになっちゃって、向井さんのこと全然考えられてなかった」
お昼時の一番忙しい時間だろうから、すぐに返事が返ってくることはないだろうと思っていたが、すぐに読んだマークが僕が送った文字の横についた。
甘い卵焼きを食べながら、携帯の画面を見守っていると、急にオーナーからの返事が表示された。
「そういうものだよ。恋は我儘だから。でも、振り返ってみて、康二のこと考えられたなら、今はそれで大丈夫じゃないかな。」
「そうかなぁ」
誰に言うでもなく、僕はぽそっと呟いた。
空になったお弁当箱に蓋をして、ふぅと一息つく。
ため息に乗せて、午後からもたくさんのお客様を幸せにできるように頑張ろうと、気を持ち直す。
両頬を軽くペちっと叩いて、僕は椅子から立ち上がった。
To Be Continued…………………………