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霜月ユキナリ
ポジション 芽吹目々
高校二年生。血のつながらない弟と二人暮らし。両親ともに健在だが、妹を事故で亡くした。
家族になってくれたリンタロウのことを大切に思っている。
コウとトモヤは大切な友達。
新村コウ
ポジション 煙草春彦
高校生二年生。一人暮らし。ユキナリ、トモヤとは友達。
メカクレでミントブルーのマフラーを付けている。
高スペックだが基本的に無愛想。しかし心を許した相手には優しい一面を見せる。
しかし悪いうわさがあるようで…?
霜月リンタロウ
ポジション 芽吹アキヒロ
高校一年生。血のつながらない兄と二人暮らし。両親と姉が事件に巻き込まれて亡くし、その件でいじめ(他にも色々…)を受けていた。人間不信でユキナリ以外には心を閉ざしている。
黒髪。虹色ではない。旧姓、森。オッドアイ。
どうにも様子がおかしい。
藍沢トモヤ
ポジション 視ノ輪千冬
高校二年生。眼帯をつけているが決して中二病ではない。
コウとは中学生の頃からの付き合いで、いろいろと不安定だった彼を良い方向に導いたのは彼の行動だったらしい。
一度決めたら最後の最後まで頑張るタイプの友達思い。
それは秋の終わりの帰り道のことだった。
「コウさんまた学年トップだったんだね…」
「ふっ…まあ当然だな」
「ユキナリくんは大丈夫だった?」
「う、うん。赤点は回避できたよ。二人のおかげだよ。本当にありがとう」
定期テストが終わり、いつも通りの結果が返って来た放課後。暗くなりつつも夕日が差し込む帰り道で、他愛のない話をしながら仲良し三人組が歩いている。
どこか中性的で赤い帽子と眼鏡が特徴的な青年は霜月ユキナリ。この物語の主人公である。これから悲劇に巻き込まれることに気が付いておらず、のほほんと笑っている。
その前を歩いているのは、ミントブルーのマフラーをして、前髪を伸ばしている高身長の青年が新村コウ。成績優秀な秀才だが性格に難ありだ。
そして二人の後ろを歩いているのは、これまた背が高く眼帯を付けている青年が、藍沢トモヤである。心優しく友達思いな人物だ。
「…じゃあ、俺はこっちだから」
「また月曜日にね」
「じゃあな、ユキナリ」
そこで二人と別れ、ユキナリは歩く。今日のご飯は何だろうか。可愛い弟のことだから、定期テストを頑張ったご褒美にユキナリの好物を作ってくれていると思う。鼻歌をして、軽いスキップをしながら近道である路地裏に入った。
そこには血を流して倒れている男子高校生がいたが。
「———————…へっ?」
先ほどの浮き立つ気持ちが、さび付いた臭いと目の前の光景によって、吹き飛ばされた。ユキナリの心臓がドクドクと嫌になるほど鳴り響く。そして、気が付いてしまった。血を流して倒れている男子高校生は、先日ユキナリに話しかけてきた隣のクラスの人物だったこと。
…そして、そのすぐ隣に、血の付いた刃物を持っている一つ眼のお面を付けた人物がいることを。
「う…あ…あああ…!」
鳥肌が立ち、冷や汗が湧き出た。お面でその表情は分からないものの、向こうもこちらのことに気が付いたようだ。刃物から血をぽたぽたと零しながら、近づいて来る。逃げようにも、腰を抜かしてしまって動けない。大声を出そうにも、恐怖で変な声しか出てこない。体の震えが、止まらない。
「一ツ眼…リッパー…なの…?」
ユキナリの頭にあの都市伝説が思い浮かんだ。お化けが大の苦手なので、適うわけがない。何をどうしても、自分は、殺される。
その人物がユキナリに触れるや否や、ユキナリは気を失ってしまった。
目を覚ませば、病院の中にいた。
ぼんやりと視線だけで周囲を見れば、ありきたりな病室であることが分かる。そして、その病室にいるのは自分だけではないことに気が付いた。
「ユキナリくん!」
「ユキナリ!」
ユキナリのことを心配そうな目で見つめるコウとトモヤが駆け寄った。あの後、どうなったんだろうか。生きている、ということは、自分は見逃されたということになるのだろうか。そもそも二人がここにいて、自分が病院にいるのは何故なのか。
聞きたいことがあまりにも多くてユキナリが戸惑っていると、察したトモヤがいったん口を開こうとして…言うべきか言わぬべきかと考えているのかユキナリから目をそらした。その様子を見たコウが代わりに口を開く。
「…トモヤがユキナリに借りたままだった本を返さなきゃって言うから、一緒に向かったんだ。そしたら、お前は倒れていて、隣のクラスの…とにかくそいつが死んでた。それで二人でユキナリを病院に運んだ」
「そう、だったんですね…」
どうやら二人は犯人を見ていないらしい。二人があんなヤバそうな奴に遭遇しなくて良かったと安心した傍ら、もしかしたら犯人が今もどこかにいるのかもしれない、と考えてぞっとした。
「実は、ユキナリくん以外にも被害者がいるんだ。…もう二人も殺されてる」
「ええっ!?」
トモヤが遠慮がちに話し始めた。ユキナリを病院に運び、警察に連絡したところ、同じような事件が起こっていることを教えられたらしい。
「犯人は見てない?」
トモヤがユキナリの目をしっかり見て、問う。眼帯に隠された目が一つ目の殺人鬼を連想してしまって、居心地が悪そうにユキナリは目をそらして答えた。
「思い…出せない…」
そう答えるものの、心当たりはあった。被害者は以前にユキナリと交流があった。そして、五年前のあの事件で同じ電車に乗り合わせていた。…そして、少し前から様子がおかしくなった血のつながらない弟の、リンタロウ。
「僕だけの、兄さん」
あの声が、今も脳裏に焼き付いている。
ユキナリには血のつながらない弟がいる。黒髪で聡明で、運動神経抜群の自慢の弟だ。
ユキナリとリンタロウが兄弟になったのはつい最近とも言える。ユキナリが中学生になった時にリンタロウが引き取られたのだ。まるで、事故で死んでしまった妹と入れ替わるように。
別にユキナリはリンタロウを妹の代わりにしているわけではない。でも、妹に注げなかった愛情をリンタロウに注いでいるのは間違いない。あの事件の所為で家族を失い、周囲から嫌がらせやいじめを受けたリンタロウの心を少しでも癒すことができるように、兄として精一杯優しく接した。
その甲斐あってかリンタロウは徐々に笑顔を見せてくれるようになった。兄さん、とひよこのように付いて来てくれる弟にユキナリは微笑む。
「兄さんはずっと一緒にいてくれるよね?」
「当たり前だよ。俺はリンタロウのお兄ちゃんなんだからさ」
「…そっか。そうだよね」
甘えるようにユキナリに抱き着くリンタロウをあやすようにぽんぽんと撫でる。
リンタロウは良い子だと、ユキナリは思う。過去の事件や周囲の悪意の所為で、心を開けないでいるが、勉強も運動も容姿も優れているし、きっと友達ができれば楽しいはずだ。…そろそろ兄離れをした方がいいんじゃないかとは思うが。
そんなリンタロウに恐怖を感じるようになったのは、いつからだったのだろうか。
ずっと視線を感じるようになった。高校入学をしてからずっとだ。四六時中、見られているように感じて、君が悪かった。
まさかストーカー? 男相手に?
と、ユキナリは思うが、特に目立った被害はなかったので、無視し続けていた。変に刺激してはいけないと、思っていたから。
***
「兄さん、どこにいってたの」
帰ってきた途端、絶対零度に襲われた。訂正、弟のリンタロウが腕を組みながら出待ちしていた。その声色は背筋が凍りそうなほど、怖かった。
「友達と…寄り道してきただけだよ…」
連続殺人事件のことは口外してはいけない、と言われている。だから、リンタロウにも言えなかった。
「また新村コウ?」
「そうだけど…あとトモヤくんとも」
思い切りリンタロウは不快そうに眉間にしわを寄せる。高校入学してからできた二人の友達、特にコウと関わることをリンタロウは嫌がっていた。先日の放課後も、コウに対して敵対心やら嫌悪感をこれでもかと向けていた。…向けられていたコウは、最初は少し困惑していたものの、ユキナリが度々話していたこともあって、上手く修羅場を回避していたが。
「ふうん…ムカつくなあ」
「へっ…?」
「トモヤくんは別に良いよ。身の程をわきまえているし」
あの男は兄と自分を引き離そうとはしていないから。あくまでも、友達としてユキナリの身を案じている。
「でも、新村コウ…アイツは駄目だ。アイツは兄さんの害でしかない」
あの男はいつか必ず兄を連れていく。早く排除しないといけない。それに重ねて、許せないことがあった。ユキナリには言えないが。
「なっ、何でリンタロウに友達を悪く言われなきゃいけないんだよっ! …だいたい、友達についてリンタロウにとやかく言われたくなんか…」
弟に友達を悪く言われるのは嫌だった。思わずリンタロウに反論しようとして、吐こうとした言葉が止まる。
リンタロウの目は、ガラス玉のようだった。そのアメシストの瞳の奥に、仄暗い感情が揺らめいている。その様子にユキナリが後退ろうとすると、逃がさないというようにリンタロウがガッとユキナリの腕を掴んだ。
「だって、兄さんは僕の兄さんなんだ。僕だけの兄さんなんだよ」
「リンタロウ…痛いよ…!」
ぎり、とリンタロウに強く腕に力を込められて、ユキナリは痛みに呻く。
「ねえ、ユキナリ兄さん」
口は笑っているが目は笑っていない。
「これは、兄さんのためなんだよ」
ぐい、と引き寄せて、リンタロウはユキナリを強く抱きしめた。
「—————————…アイツに、奪われてたまるか」
…というように、リンタロウによって部屋閉じ込められていたのが、ほんの数日前の話だ。
コウがユキナリと出会ったのは、雨の日のことだった。
ずぶ濡れになりながらも、校庭で押し付けられた作業をしていたら、傘を片手に駆け寄ってきたのだった。ミントブルーのマフラーをつけたユキナリが『風邪ひいちゃいますよ!』と、言って、コウに傘とマフラーをテキパキと付けた。そして、『人手は多い方がいいでしょ?』と言って、作業を手伝い、想定よりも早く終わらせた。
保険医が不在の保健室でタオルを借りて、濡れた髪や体を拭いた。
「…何が目的だ?」
「ほえ?」
いかにも間抜けな声が返って来た。それに悪態をつきたくなるもののあえてせず、分かりやすく聞く。
「何かしらの報酬がほしいんだろ? 大抵の人間はそうだ」
見返りなしで優しさを振りまく人間はそんなにいない、とコウは思う。どこからか自分の財の話が流れたか。あとでうわさを流した人間を排除してやろうと思った。
「え、いらないです」
いともあっさりと、きょとんとした表情でユキナリは断った。その返答にコウは目を丸くした。
「あ、強いて言うなら早く着替えて暖かくしてください」
「…お前に何のメリットもないだろう」
コウを気遣ったところで、感謝も何もない。こんな寒い時期に雨の中手伝わされたというのに。別にコウはユキナリに頼んだわけではないが。それでもユキナリのその行動が理解できなかった。
「俺がそうしたかったからそうしただけです」
そうしてユキナリは笑った。コウはその笑顔にドキッとした。人生で初めて、心が浮き立つような感覚をまだ知らなかった。
「マフラーはあげます。俺にはちょっと長すぎですし、えっと…あなたならちょうどいいと思います」
「新村コウだ」
名前を知らなかったらしく、ユキナリは少し考えてから言った。コウはそんな名前も知らない奴に自分のものを与えるのか、と呆れたが、…悪い気はしなかった。だから、名前を教えたのだ。
「えっ」
「俺の名前は新村コウだ。…同じクラスだろ」
「えっ!? そうだったけ!? ご、ごめんなさい!…あっ、じゃあ、俺の名前をもしかして知ってますか?」
「…知らん」
「ですよね! 俺は…」
その時、ピピピとユキナリのスマホの着信音が保健室に響いた。
「あっ、ごめんなさい。リンタロウ…弟から電話だ。失礼します!」
「おい!」
ユキナリはスマホの画面をぱっと見て、すぐにカバンの中にしまい、コウに早口で伝えてから保健室から出ていった。
「何だったんだあいつは…」
残されたコウは一人、悪態をつく。
しかし、もっと話がしたいと思うなんて。今までにないことで、何故か明日が来ることにわくわくした。
…まあとにかくその日から、コウは中学生のころからの友人であるトモヤのサポートもあって、ユキナリと仲良くなり始めたのである。
***
場面は切り替わり、現在の二人に焦点が当てられる。
何とかリンタロウから逃げたユキナリは、偶然遭遇したコウの家に匿わられていた。
「…大丈夫か」
「なっ、何とか…」
青ざめた表情のユキナリをコウは優しくさする。
「お前の弟…前々から荒れていたが、まさかここまでするとはな。…まあ、大方見当がついているが」
「…心当たりがあるんですか?」
どうしてリンタロウがこんなことをするのか。自分の見解とコウの見解が同じかどうか、知りたかった。
「ああ。…被害者たちはみんな五年前のあの事件の関係者だ。相田ユウヤを助けなかった、または害を与えた者。森一家に何かしらの害を与えた者。大方、この二つだな」
「コウさん、調べたんですか?」
「そうだな。というか…」
ばつが悪そうにコウは目を伏せる。言葉を選んでいるようにも見える。いつも容赦なくはっきりものをいうコウが珍しい、とユキナリが思っていると、どこか不安そうにコウはユキナリを見た。
「…本当のことを言った方がお前のためになる。だが、…だが、俺はお前を傷つけたいわけじゃないんだ」
お前に嫌われたくない、失望されたくない。だけど、自分はそうされても仕方ないことをしてきた。
「大丈夫だよ、コウさん。どんなことがあっても、俺はコウさんを嫌いになんかならないよ」
コウを安心させるようにユキナリは優しく微笑んだ。その表情を見て、コウは一瞬だけ目を丸くして、嬉しそうに目を細めた。…そして、覚悟を決めたように一呼吸おいて、話し始めた。
「…俺はいろんな事件をあるサイトに記載していた。金儲けのためだった」
人の不幸を見世物にしていた、とコウは語る。
「おそらくリンタロウは俺がサイトの管理人だったことを知ってるんだろう。…個人情報を流出させてたんだ。恨まれて当然だろ」
どこから知ったのかは不明だが、あの様子ならばはっきりと理解しているのだろう。だから先日、初対面にもかかわらず、あれほどまでの嫌悪や敵意や殺意を向けられたのだと、コウは言う。他の理由も大方見当がつくが言わなかった。…コウには、敵に塩を送る趣味はない。
「でもそれは、生きるために必要だったんでしょう? コウさんがどれだけつらい思いをしたか分からないけど、今はもうやってないんですよね? だったら、俺はあなたを責めようとは思いません」
「…ありがとう」
たとえリンタロウが復讐を考えなくても、他の誰かがコウを何時か害しに来る。だから誰も信じなかったし、誰かに信じてもらうこともなかった。…ユキナリに出会うまでは。
「…だが、ユキナリ。お前が監禁される理由は分からなかった。お前はあの事件には何も関係ない。ユウヤにも森一家にも関係していなかった」
強いて言うのならば、リンタロウの新しい家族というだけだ。兄弟仲が悪い、またはユキナリがリンタロウを嫌っていたならば、何かしらの仕返しなども考えられた。しかし、あの懐き様を見ると違うだろう…と、それらしいことをコウはユキナリに話す。
「…コウさん、俺は分かってるんです」
「何?」
監禁されて分かった、とユキナリは言う。
リンタロウの本当の家族が殺された事件。あの猟奇殺人事件はユキナリが乗っていた隣の車両で起こった。奇しくも、妹が事故に遭ってしまう一週間前の話だ。
「あの時、俺は隣で何が起こってるのか分かっていたんです。でも、何もできなかった。…何もしなかった。…俺は…俺は…!」
堪え切れなくなったユキナリが泣き出す。
あの日のことを思い出した。突然聞こえた大きな音。女性の叫び声。隣の車両から駆け込んできた数名。断片的に耳に入った言葉。窓に映った女性と子供二人と、刃物を持った男。血の飛び散った光景。…そこにリンタロウがいたことを知らなかった。
「それって、五年前の話だろ。小学生が殺人鬼相手に立ち向かえるわけがない」
「…そうじゃないなら、何でこんなことをしてくるのか分からないんです…!」
ユキナリは気が狂いそうだった。弟の考えていることが分からない。どうしてなのか分からない。『愛してる』という言葉が呪いのようで、恐ろしくて仕方がなかった。話も通ず、助けも呼べない。こうして逃げ出せたのが奇跡のようだった。…それでもまだ、ユキナリはリンタロウを弟として愛していた。
「お…俺っ…リンタロウに殺されるかもっ…!」
あの時助けなかったことが、リンタロウの殺意につながっているのならば、もう一度自分は狙われて、殺されるかもしれない、とユキナリは震える。
「ユキナリ、落ち着け!」
コウがガシッとユキナリの両肩を掴んだ。
「それなら、俺がずっとそばにいてやる」
目を合わせながら、コウは震えるユキナリの手をしっかりと握った。鮮やかなミントブルーの瞳がユキナリのレモングリーンの瞳に映った。
「本当…ですか…?」
「ああ。あいつが何を考えていようと、どんなことをしようと…お前を守ってみせる」
何があっても。どんな手を使ってでも、と。
そう言いながら、コウはユキナリを優しく抱きしめた。
「…ありがとう、ございます…コウさん…」
先ほどとは別の意味で涙が出ているのを隠すように、ユキナリはコウの腕の中で俯いた。密着しているからか、コウの心臓の音が聞こえてきている。
「別にいい。俺を信じてさえくれればな」
――――――…そのために、見守って来たのだから。
それを言葉に出さずに、コウは薄っすらと笑った。
「どういうつもりなの…!」
「どういうつもりって?」
「とぼけないでよ。彼に手を出したら許さないから…!」
「それはこっちのセリフだ」
「……」
「あいつはお前のものじゃない。あいつは俺のものだ」
「誰にも渡さない」
「彼は僕が守ってみせる」
カラスと一緒に帰りましょ、そんな陳腐なメロディが夕闇の中を流れている。
橙色の日の光が差し込んでいるが、もうすぐ暗くなるだろう。秋の虫の合唱はここでは聞こえない。増えすぎたカラスの声が遠くから聞こえてくるくらいで、余計に不気味さを増していく。
「兄さん」
そんな中で、はっきり聞こえるリンタロウの声。向こう側にいる彼は黒い服を着ていた。…あの日、ユキナリが目撃したあの殺人鬼と、ほぼ同じ服装だった。煩わしいほど、心臓が鳴り響く。
踏切が二人の間にあって、カンカンと音が鳴る。それと同時に赤い光がチカチカ光る。そのすぐ後に、ガタンゴトンと無人電車が走り去る。その間に日が完全に沈んで、辺りが薄暗くなっていく。先ほどまではあった気休め程度の温かさは、もう望めない。…そう考えているうちに、遮断機が上がった。
「みぃつけた」
お道化たような子供っぽい声がすぐそばで聞こえた。
一瞬で、ユキナリはリンタロウの腕の中に収められた。強い力で抱きしめられている。それはもう苦しいほどに。ユキナリが抵抗などしようものならば、お得意の怪力で抱きつぶすのだろうと予測できた。ユキナリはそんな状況でも、平静を装って、リンタロウに語りかける。
「リンタロウ…大事な話があるんだ」
「…うん、僕にもある」
家に帰って、話をしよう。もしもの時は。
その時は、その時だ。
***
ユキナリはリンタロウの手を引く。夜闇の中、兄弟二人で路地裏を歩く。冷め切った空気を感じるが、つないだ手は熱かった。
「兄さんと手をつなぐの久し振りだな。…閉じ込めてたのは僕だけどさ」
どこか上機嫌なリンタロウを横目に、ユキナリは考える。
もしも。もしも本当にリンタロウが犯人ならば。
「(俺が、リンタロウを止めるべきだ)」
だって自分は彼の兄なのだから。
たとえ血がつながっていなくても、家族なのだから。
「あのね、兄さん」
「…どうしたの?」
唐突にリンタロウが口を開いた。
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
「もちろん」
妹が事故で亡くなってしまった後に、リンタロウと施設で出会ったのだ。今思い出しても酷い状況だった。怪我だらけで、汚れていて、何もかもを諦めてしまったような悲しい表情の幼いリンタロウに、ユキナリは考える前に言葉にしたのだ。
『俺と家族になって!』
とびきりの笑顔と共に。
両親は他の子とも話さなくていいのかとか、ゆっくり考えてからでも遅くはないんじゃないかと言ったが、ユキナリは一切譲らなかった。今日からこの子はうちの家族であり弟だと、言い放った。…そうしなければ、間に合わないと思ったのだ。何が間に合わないかは今でも分からないままだったが。
「僕、嬉しかったんだ」
やっと助けに来てくれたんだって。
「家族がユウヤに殺されて、周りの人は誰も助けてくれなくて、…たくさん嫌な思いをして、何度も死んでしまいたくなったけど…兄さんに会うためだったんだって、今なら思えるよ」
そんな風に嬉しそうに笑い、繋いだ手に力を優しく込めるリンタロウに、ユキナリは胸が苦しくなった。
そうだ。リンタロウは本当に良い子だ。あんな事件が起きなければ。あんな環境にいなければ。…自分が兄として、何か一つでも彼に何かをしてあげていられたのなら、殺しなんてさせずに済んだかもしれない。復讐なんて、させずに済んだかもしれない。
そう考えて、いたら。
「!? 兄さん! あれ!」
リンタロウが驚愕に目を見開いた。嗅いだ覚えがある錆びついた臭いが、あの記憶を思い出させる。
「(嘘だ)」
そんなはずはないと、どれほど否定と拒絶を繰り返しても、目の前の光景は消えてくれはしない。
…—————————そこには腹部から夥しい量の血を流し、血だまりに倒れ伏す、大切な友達のトモヤがいた。
さあっと、二人の顔が青ざめた。驚愕で、動けなかった。
「…え…何で、だって」
可笑しい。一つ眼の殺人鬼は、リンタロウは、今ユキナリの隣にいる。だって、今まで一緒に、いたのだから。
――――――…ならば、本当の、犯人は。
「なあ」
くつくつと、笑う聞き覚えのある声が背後から聞こえた。咄嗟に二人は振り返る。
「だから言っただろう」
その人物の、一つ目の狐のお面が外された。
ぴっと、血が飛ぶ。
「『そばにいる』ってな」
そこには、歪な笑みを浮かべたコウがいた。その手には、血濡れた刃物が握られていて、リンタロウの首を的確に狙っていた。
「…っ! 兄さん逃げて!」
すぐに手を離したおかげか、首を斬ることなく肩に逸れたようだ。それでも、痛い事には変わらない。肩から流れる血を抑えながら、リンタロウはコウに向き直って叫ぶ。
「お前が犯人だって分かってたっ! 一ツ眼リッパーの仕業に見せかけてたことも、僕の復讐にして罪を着せようとしていることも! 兄さんを騙していることも! 分かってたのにっ!」
「だがお前はユキナリに信じてもらえなかったじゃないか。日頃の行いの差だろう。…今更良い弟ぶるな」
嘲笑と憤怒が込められた言葉が飛び交う。
「それにあの事件のことをサイトに根掘り葉掘り書きやがって…! そのせいで僕がどれだけ…!」
「それはご愁傷様だな。書いたのは俺だがお前を害したのはその周囲だろ?」
「…本当に最低だな…! もっと早く殺してやればよかった!」
「はっ…『たられば』ほど無意味なことはない。…お前はそろそろ死ぬ。お前はまさか俺がただ刺しただけだと思っているのか?」
腰が抜けて動けないユキナリをよそに、話がヒートアップしていく。だが、時間の問題だった。リンタロウが、どれほど運動神経が良くても、負傷している時に自分よりも年上で凶器を持っている男相手では、分が悪すぎた。…さらに言えば、あの刃物には細工がされていたのだ。
「…? …!? …な、に…これ…」
まるで気絶するようにばたりと倒れ込む。体の自由が利かない。それもそうだ。何故ならば…コウの持っていた刃物には、痺れ薬が塗られていたのだから。
「リンタロウ…!」
そんな状況になっても、ユキナリの足は動いてくれなかった。痺れ薬を盛られているわけでもないのに。リンタロウの元にコウが近づいていくところを、見ていることしかできなかった。
「やめて…! コウさん…お願いだから、やめてください…!」
「ユキナリ、目を閉じておけ。いくら迷惑な弟風情だったとはいえ、ユキナリは優しいからな。哀れに思うだろう?」
コウがガッとリンタロウの胸ぐらを掴み、持っていた刃物で心臓部に振り下ろす。『待って!』というユキナリの悲痛な叫びは届かない。
「…にい、さん…ごめんなさ…守れなくて…」
「リンタロウ! 嘘…嫌だ…!」
やっと動けるようになって駆け寄るものの、リンタロウは既にこと切れていた。うつろな目で、どこか遠くを見ている。涙が零れている。涙が零れていく。血が服に付こうともどうでも良かった。友達と弟を殺したコウが信じられなかった。
「何で…どうしてっ…!?」
そこでやっと、ユキナリはコウの目を見た。正気の沙汰ではない。狂気と歓喜を閉じ込めた仄暗いミントブルーの瞳が、ユキナリの恐怖と混乱を映すレモングリーンの瞳を見下ろしている。
「他のやつは殺さなきゃ、また寄ってくるだろう。目障りなんだよ。どいつもこいつも俺のユキナリにべたべたしやがって…汚らわしい。最初の男はお前に告白しようとしていたからな。まあちょうどリンタロウの復讐相手だと分かったからあいつの復讐ということにしようとしていたが、まさかお前に見られるとは思わなかった。いつもは別の道から帰ってたのにな。ユキナリは怒るかと思ったが…『一ツ眼リッパー』の仕業を提案するとは…意外だったよ」
何を言ってるんだこの人は、とユキナリは恐怖で頭が回らない中、漠然とそう思った。コウはそんなユキナリを気にもせず、血の付いた刃物を片手にそうつらつらと答える。返り血を浴びてなお、コウは笑っている。やっとほしいものが手に入ったというように。
「言っておくが、トモヤを殺す気はなかった。さすがに付き合いが長かったからな。…まあ、意味が分からないことを言ってきたから、殺したが。しかし、何故俺が犯人だと分かっていて、言わなかったんだろうな」
頭が痛い。目眩がしてくる。こんな人だなんて思わなかった。目の前にいるのが本当に友達だったコウなのか。それとも今目の前にいる人こそが本当のコウだったのか。ユキナリにはもう分からない。
「まあ、どうせ二人の邪魔になるんだから排除しておいて良かったか」
まるで、何でもないことのように、コウは言う。
「…どうして…そこまで…」
そんな風に聞くものの、ユキナリは分かっていた。いくらコウに問いかけても、きっと理解できないだろう、と。
「今聞きたいのか」
どこか嬉しそうにコウは告げる。
「好きだ。ユキナリ。お前があの日俺にマフラーを与えてくれた時からずっと。…自覚したのはもっと後だったが、お前のことをずっと見守ってきた」
ユキナリに一歩一歩近づいていく。
「これからはずっと一緒にいられるな」
恍惚に揺れるミントブルーの一つ目が、ユキナリの目前に現れる。おぞましいほどの甘い声がユキナリの脳内に響く。血濡れた手が、ユキナリの頬に触れた。
その言葉を最後に、ユキナリの意識は途切れた。
終わり…?
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