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エレベーターを降り、駐車場へ向かうまでにいくつもの視線を浴びながら。
たどり着いた車の前。
恐らく、すぐに逃げ出そうとするだろう優奈を抱えたまま運転席に乗り込んだあと、隣に投げ込むようにして助手席に座らせシートベルトをしめた。
呆気に取られる優奈を横目。こちらもシートベルトに触れようと手を伸ばすが。
震えてうまく掴めない。
(……あんの、クソジジイが!)
怒りで誤魔化していようと、逃げ続けていたものに挑もうというのだから。恐怖だって負けてはいない。そんな醜態でさえ、父親を憎らしく思えば飲み込めてしまう。
エンジンをかけ、薄暗い駐車場をライトが照らす。行く道を示して照らすそれが、避け続けた人たちの元へ向かっている。
見たくなかったんだ。
本当はずっと、変化など見せつけられるわけにはいかないと逃げる自分を、知っていたけれど。
――車内では無言だった優奈と沈黙のまま三十分程車を走らせ、到着した『高遠一級建築設計事務所』
雅人の記憶に刻まれているもの。
それよりも随分と規模が縮小された様子のそこは、事務所兼自宅として数年前に建てられたものだ。
一階部分は前面ガラス張り、二階、三階部分は窓の数も少ない。
恐らくそこが自宅なのだろう。白で統一されたキューブ型の、派手好きな高遠はじめらしからぬシンプルなデザインだ。
事務所であろう一階に人影はない。敷地内に無断で車を停めた雅人は優奈の手を引き、入り口ドアの横にある階段を登った。
右手にあるドアには高遠の表札がある。ドアノブに手を掛け捻ると、施錠されている気配は無くすんなりと開いてしまう。
(あっけなく来たな)
何年も避け続けてきた割に、呼ばれてもいない侵入は簡単すぎた。
そのまま突き進もうとするも、日本人として最低限のマナーか。
雅人は靴を脱ぐ。
その流れで優奈の足元にも手を伸ばすが、後ずさってしまったようで届かない。
「自分でできるってば」と、不服そうに呟いた優奈を見上げた時。
「雅人!」
心臓が跳ね上がるとはこういうことか。と、思わず納得してしまう鼓動。それは、久々に聞く声のせいだ。
ゆっくりと、振り返る。
「久しぶりね、連絡も……つかないから心配してたのよ」
会わない数年の間に随分と顔色が良くなっているし、笑顔など記憶に残っていないというのに……。
今は安堵したように眉を下げ雅人に笑顔を見せている。
「……母さん」
「元気そうでよかった。優奈ちゃんも、おかえりなさい」
「う、うん……」
おかえりなさい、と声を掛けられ答えるぎこちない優奈の声。
どうしたんだと振り返るよりも先に、圧のある大きな声が響いた。
「てっきり昨日そのまま飛んでくるのかと思いきや、遅い到着じゃねぇかよバカ息子が」
プツンと擬音が聞こえてしまいそうだ、と。冷静な部分は頭のどこかにあるというのに。
雅人の身体はその声の元へ進むことを止められない。