「痛いの嫌だったら、俺が朝なんて言ったか思い出してよ」
「朝……?」
と、言われて真衣香の脳裏に蘇ったのは耳元で囁かれた吐息まじりの坪井の囁きで。
赤くなりそうな顔を隠したくて俯く。
違う、きっと、もう真っ赤になってるに違いない。
「ありがとうって笑って。私なんかって、否定してるお前より俺はそっちが見たくてさ、言ってんの」
「う、うん……、ありがとう」
「てか、何? なんで急に下向いてんの?」
坪井が大きなため息をついて真衣香を覗き込むように上体を折り曲げてきた。
「……おーい、立花」
「は、はい」
「俺言ったよなぁ〜?可愛い顔しすぎるなって、言ったよ?」
「し、してない、可愛い顔なんて全く全然してないから」
人事部との間には大きな棚やFAXやコピー機などで区切られているとはいえ、やはり同じ室内。
笑い声が漏れないように気をつけて、でもじゃれ合うように見つめあって。
互いに控え目な笑い声をあげた。
その和やかな空気を残したまま、坪井は総務部を後にしたのだけれど。
(……あれ?)
会議の資料作成に戻った真衣香は、ホッチキス片手に疑問を覚えた。
(結局坪井くんの用はなんだったの?)
特になんの依頼ももらってなければ、機器の不具合の報告もない。
唇に力を込めた。
デスクで一人ニヤけたりしない為。
(スマホ見てないっぽいから? 言いにきてくれた?)
坪井がそれを理由に来てくれたのなら、もちろん嬉しい。
けれどそれよりも嬉しいことは。
こうして、真衣香の反応がないことを気にかけたり思い出してくれたり。
そんな人が家族や優里以外にどれだけいたんだろうか。
坪井が、そんな貴重でかけがいのない人たちの中のひとりになってくれているのだとしたら。
そう考えると素直に嬉しくて堪らないのだった。
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