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#NL
瀬名 紫陽花
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そんな、ある夜のこと。
穂乃果がいつものように『BLACK CAT』に足を運び、ナオミからもらった水色のワンピースに身を包み裏方の手伝いをしているとすぐ隣でグラスを拭いていたナオミが、ふと思い出したように美しい眉を動かした。
「そう言えば、昨日あの女が来たわよ」
「え……?」
心当たりがありすぎる不穏な単語に、穂乃果の手がピタリと止まる。ナオミは呆れたように小さくため息をついた。
「フラッと一人でやって来てね。案内役の湊にうっとりしたかと思ったら、アタシの顔を見るなり、蛇に睨まれた蛙みたいに頬を引きつらせて帰って行ったわよ。全く、一体何しに来たんだか……」
「里奈が……ここに……?」
一気に血の気が引いていくのが分かった。
カクテルグラスを持つ指先が、目に見えて微かに震えだす。
一体、どうしてここが分かったのだろうか。職場の同僚には、この店の場所はおろか、名前すら教えた覚えは一切なかった。
(しかも、昨夜……?)
昨夜、自分は病院で夜勤に入っていた。当然、BLACK CATには来られない。
もし、里奈がもっと前から自分の後をつけていて、シフトまで把握した上で、確実に自分と遭遇しない日を狙ってやってきたのだとしたら――。
(一体、何が目的なの……?)
暗闇からじっと自分を監視されているような、ねっとりとした蜘蛛の糸に絡め取られていくような恐怖が、穂乃果の全身を支配していく。
「……穂乃果?」
ナオミが心配そうに顔を覗き込んでくる。その仕草に合わせて、いつもの魅惑的な香水がふわりと香る。
ナオミは、穂乃果の手からそっとグラスを取り上げると、冷たくなった両手を自分の大きな掌で包み込んだ。
「大丈夫よ。その『里奈』って子が何企んでるか知らないけど、アタシの店のお客さんを誰だと思ってんの? 次に来たら、二度とBLACK CATの敷居を跨げないように叩き出してあげるから」
ドレスに包まれた肩を怒らせ、「あの子は出禁だ」と、自分のことのように憤ってくれるナオミ。さらに、フンと鼻を鳴らすと、どこか悪戯っぽく微笑んだ。
「それに、ちゃんと塩撒いてお祓いしておいたから!」
「ふふ……っ」
そのチャーミングな徹底ぶりに、張り詰めていた穂乃果の心がふっと軽くなる。
ナオミの凛とした美しさと、冷たくなった両手を包み込んでくれる掌――そこから伝わるケンジとしての力強い体温に、穂乃果は辛うじて息を吹き返すことができた。
(そうだ、私にはナオミさんがいる。もうあのクズたちに怯える必要なんてない……)
「アンタは何も心配しなくていいの。大船に乗ったつもりでいなさい」
「ナオミさん……」
潤んだ瞳で見つめると、ナオミはすべてを見透かしたような、酷く艶っぽい笑みをその綺麗な唇に浮かべた。
「あぁ、そうそう。明日は休みでしょう? ……だったら、ちょっとくらい夜更かししても平気よね?」
「……っ」
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