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#オフィスラブ
猫塚ルイ

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隣からすっと伸びてきたナオミの長い腕が、穂乃果の腰を自然な動きで引き寄せ一気に引き合わされるようにして彼に密着する。ドクン、と心臓が跳ね上がった。
「嫌な事全部忘れさせてあげるから。ね?」
耳元を震わせる、低く掠れたケンジの地声。
抵抗するなんて選択肢は、その心地よい香水の香りに巻かれた瞬間、頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。とろけそうに目を細めた、その時――。
「んーっと、取り合えず、店の中でいちゃつかないで貰えます? 僕が気まずいじゃないですか」
少し離れたところから、あからさまに呆れたような湊の声が飛んできた。
「み、湊君……っ! こ、これは、ええっと……けしてイチャついてるわけじゃ……!」
一気に現実に引き戻され、穂乃果は顔から火が出るほど赤くなって慌ててナオミの胸元から離れようとする。けれど、腰を抱くナオミの手の力はちっとも緩まない。それどころか、ナオミは面白そうにクスクスと笑い声を上げた。
「あら、湊ってばヤキモチ?」
「……違いますから」
ぷいっと顔を背けて、いかにも「やってられない」という風にグラスを磨き直す湊。
その様子が可笑しくて、けれど自分がナオミの特別な場所にいるのだという事実がじわじわと胸に染みて、穂乃果の口元からは自然と温かい笑みがこぼれる。
「わかりやすいのは湊も同じね。穂乃果が気に入ってるのはわかるけど、この子はアタシの物なの」
「っ……!」
湊の前で堂々と放たれた「アタシの物」という独占欲の塊のような言葉に、穂乃果の心臓がドクリと大きく跳ねる。ナオミはさらに腰を抱く手に力を込め、悪戯っぽく唇を尖らせた。
「それに、2、3日会えなくなっちゃうから少しくらい甘えたっていいでしょ?」
「えっ?……ナオミさん、何処か行っちゃうんですか?」
驚いて顔を見上げる穂乃果に、カウンターの端でコースターを並べていた湊が、はぁ、とあからさまに呆れたような声を上げる。
「ナオミさん、穂乃果さんには自分で言うって言ってたくせに、まだ話してなかったんですか?」
「あら? そうだったかしら……。ちょっとね、入院することになってね」
「入院……!? 何処か悪いんですか!?」
『入院』という不穏な単語に、穂乃果は職業柄、一気に表情を強張らせた。そんな彼女を落ち着かせるように、ナオミは空いた手で穂乃果の頬を優しく撫でる。
「あー、違うのよ、違うの。この間、少し健康診断で引っかかっちゃっただけ。入院って言ってもただの検査入院だから。そんな大げさなものじゃないわよ」
「でも……」
「大丈夫。アタシがそんな簡単にくたばるタマに見える? ちょっと2、3日、病院の退屈なベッドで大人しくしてるだけだから。だからさっきも言ったでしょ? 今夜はたっぷり、夜更かしに付き合いなさいって」
そう言って妖艶に微笑むナオミに、穂乃果は心配で胸を締め付けられながらも、深く頷くことしかできなかった。
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