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夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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番外編『妾はピスカである』
第一話 『妾と悠真 』
妾はピスカ。
ご覧のとおり、猫ですわ。
スコティッシュ・ストレートという種族に属しております。
毛色はシルバータビー。
銀色の毛並みに縞模様が映える、なかなか気品あふれる姿ですわ。
自分で言うのもなんですけれど、美しいということは罪深いものですわね。
人間どもは妾 を見るたびに、かわいいだの、きれいだのと騒ぎ立てます。まったく、いちいち感心されていては身が持ちません。
もっとも、褒め言葉は嫌いではありませんけれど。
さて、妾 は齢六年。
人間の年齢に換算すれば、四十歳ほどになるそうです。
──四十歳。
人間の女性であれば、人生の酸いも甘いも噛み分けた頃合いでしょうか。妾 とて、猫生における経験なら、それなりに積んでまいりました。
若い頃は、ブリーダーという人間のもとで暮らしておりました。
妾 には妾 の役目がございましたけれど、それも永遠に続くものではありません。 やがて繁殖という役目を卒業し、とても寒い土地にある佐藤家にもらわれてきたのです。
そこで初めて知りました。
世の中には、何もせずとも食事が出てきて、眠りたいだけ眠っても誰にも文句を言われない暮らしがあるのだと。
まあ、なんて素晴らしいのでしょう。
もっと早く教えてくださればよかったのに。
以来、妾 はその恩恵を存分に享受しております。
現在の同居人は佐藤家の次男、佐藤悠真という男です。
彼が上京する際、妾 も一緒に連れてこられました。
どうやら、ひとりで暮らすのが寂しかったようですわね。
まったく、仕方のない殿方ですこと。
妾 がそばにいなければ、誰が彼の帰りを待ち、誰が彼の話を聞き、誰が彼の膝の上を占領するというのでしょう。
もっとも、話を聞いていると申しましても、人間の言葉をすべて理解しているわけではございません。
妾 が聞き取れるのは、自分の名前と食事に関する言葉、それに声の調子くらいですわ。
けれど、それで十分ですの。大体、何をおっしゃりたいのかわかります。
人間というものは、口では平気なふりをしていても、足音や匂いに本心が表れるものです。
悠真も例外ではありません。
機嫌のよい日は足取りが軽い。疲れている日は玄関の開け方からして違う。何か悩み事があると、帰宅してから難しい顔で長いこと椅子に座っております。
そのたびに妾 は思うのです。
あらあら。
眠ればよろしいのに。
悩んだところでお腹は膨れませんし、考え込んだところで、茹でササミが増えるわけでもありません。
やれやれ。
人間というのは、どうにも無駄が多い生き物ですわね。
さて、妾 の一日は忙しいものです。
朝は悠真が起きる気配を察し、目を開けます。
もっとも、起き上がるとは限りません。
目を開けただけで、再び眠ることもございます。
人間どもはそれを怠惰と呼ぶそうですけれど、失礼な話ですわ。
妾 は必要な休息を取っているだけですもの。
カリカリと缶詰が用意されると、妾 は優雅に朝食をいただきます。
もちろん、用意してくれた悠真への感謝も、ほんの少しだけ添えて。
悠真が出かければ、窓際の日だまりを独占します。
日光というものは、まことにありがたいものです。
朝は窓の左側、昼には中央、午後には右側へと移動してまいります。妾 もそれに合わせて移動するのです。
誰に命じられたわけでもございません。
ただ、日なたがあるから移動する。
これぞ自由というものではありませんこと?
夕方になれば、悠真の帰りを待ちます。
……いえ、正確には、帰ってくる時間帯になると玄関のほうが気になるだけですわ。
待っているなどという殊勝な心がけ、妾 には似合いませんもの。
「ピスカ、ただいま」
ほら、帰ってまいりました。
悠真は妾 を見つけると、決まってそう声をかけます。
妾 は尻尾をひと振りして応じます。
ええ、苦しゅうありませんわ。
そして、彼が着替えを済ませる頃合いを見計らい、食事を催促するのです。
これが重要でございます。
人間は、猫が何を考えているのかわからないという顔をいたしますけれど、食事の催促ほど明快な意思表示もないでしょうに。
それなのに悠真は、ときどき妾 の顔を見ながら、こんなことを申します。
「ピスカ、今日はなんだか機嫌が悪いな」
あらまあ。
失礼な殿方ですこと。
食事の時間が過ぎているのですもの。機嫌のひとつも悪くなろうというものですわ。
妾 の好物は、茹でササミと焼き芋。
ササミは言うまでもありません。あの柔らかな食感、豊かな旨味。まさに至福の一品ですわ。
焼き芋も捨てがたいものです。
人間どもは、あの黄金色の甘露な食べ物を自分たちだけで楽しもうといたします。まったく、嘆かわしいこと。
もっとも、悠真は妾 が欲しそうにしていると、ほんの少し分けてくれることがございます。
うふふ。甘露、甘露……♡
人間にしては、なかなか気が利きますわね。
そうして夜が更ければ、妾 は寝床へ向かいます。
悠真はときどき、妾 が眠っているのを確かめるように眺めております。
何を考えているのかは存じません。
ただ、そんなときの彼は、昼間より少しだけ穏やかな顔をしているのです。
まあ、人間には人間の事情があるのでしょう。
妾 には妾 の事情がございます。
明日はどこに日だまりができるのか。そして、どこがいちばん寝心地のよい場所なのか。
それを見極めるのは、なかなか重大な仕事ですもの。
ところが。
近頃、ひとつ気になることがございます。
悠真の様子が、以前とは少し違うのです。
帰宅した彼が、スマートフォンなるものを眺めながら笑っていることが増えました。
誰かと話しているわけでもないのに、口元が緩んでおります。
かと思えば、画面を見つめたまま、妙に難しい顔をすることもございます。
忙しい殿方ですこと。
笑ったり、悩んだり、また笑ったり。
いったい何をしているのでしょうね。
妾 はソファの背もたれから、その様子を眺めておりました。
「……なんだよ、ピスカ」
悠真がこちらを振り向きます。
「そんな顔で見るなよ」
あら、どんな顔でしょう。
妾 はただ、そなたの奇妙な生態を観察しているだけですのに。
「お前には関係ないか」
ええ、そのとおり。
妾 には関係ございません。
……ないはずなのですけれど。
その日、悠真はいつもより少し長く、妾 の頭を撫でました。
「ピスカ。俺さ、最近ちょっと楽しいんだよ」
まあ。
それは結構なことですわね。
楽しいのなら、何よりです。
人間が楽しそうにしているのは、別段、嫌いではありませんの。
なにしろ、機嫌がよければ食事の用意も早いのですから。
妾 は目を細め、彼の手に頭をすり寄せました。
すると悠真は、少し驚いたような顔をして、それから笑いました。
「なんだよ。甘えん坊だな」
……無礼な。
妾 は甘えているのではございません。
撫でることを許して差し上げているのですわ。
そこのところ、くれぐれも勘違いなさらぬよう。
さて。
妾 には、悠真の機嫌がよくなった理由に心当たりがございます。
そう、ひとりの娘が現れたのです。
その娘が顔を見せるようになってからというもの、妾 の平穏な日々にも、少々騒がしい変化が訪れることになりました。
どれほど騒がしくなろうとも、妾 の寝床がなくなるわけではないでしょう。
日なたも、ササミも、焼き芋もございます。
ならば、何も心配することはありませんわ。
妾 は猫ですもの。
人間どもが何を始めようと、妾 は妾 の思うように生きてまいりますわ。
……ところで、悠真。
そろそろ夕食の時間ではございませんこと?
妾 、今日は茹でササミをいただきたい気分ですの。
もちろん、いつもいただいておりますけれど。
そこはそれ、気分というものがございますでしょう?
さあ、早く持っていらっしゃいな。
──続きますわ
コメント
5件
ピスカって、そういう口調で話していたんですね。ピスカ視点の物語すごく面白いです。ピスカは焼き芋も大好きなのですね。かわいい。
ピスカ様かわいい🥰意外とお上品な口調でびっくりしました。 「撫でることを許して差し上げているのですわ」という文が一番好きでした。悠真さんのこと好きなんだなぁってほっこりします。 続きも、楽しみしています!
あら~、ピスカちゃんの視点からの日常、めちゃくちゃ可愛いわ💕 「わらわ」口調のお嬢様猫が悠真のこと観察してるの、なんかもう尊い。 「人間は無駄が多い」とか言いつつ、ちゃんと彼の変化に気づいてて、撫でられるのも許してあげてるところとか…好き。 本編の空気とはまた違う、のんびり温かい時間が流れてて、読んでてほっこりしたわ。 悠真が最近楽しそうな理由、本編知ってる身としてはにやにが止まらないw