「俺の彼女って、リョウにしかなれないからなぁ。リョウが俺をちょっとだけ好きでも100%好きでも、彼女になるって言えばその瞬間から一生彼女」
「…一生……?」
「そう、一生」
「一生彼女……」
「可愛い奥さんになってくれれば本望だが、今それを言うのは違うだろ?」
そう言ってから、私の涙袋を撫でた彼は
「俺とずっと一緒にいろよ、リョウ」
コツンと額を合わせた。
近い近い近いっ…ぁああ……
「颯ちゃんっ!」
緊張のあまり、鼻先が触れる距離で大きな声が出てしまった。
「はい、良子さん」
颯ちゃんが笑いを堪えているのが分かる。
「本当に…ずっと一緒……?」
「約束する」
「私…彼女って初めてで……何をすればいいかわからないけど大丈夫?」
「颯ちゃん、って言って一緒にいればいい」
「それだけでいいの?」
「いいぞ。デートしてキスすることもあるだろうが、リョウは何もしなくていい。俺に任せておけ」
「……キ…ス…恥ずか…しぃ……ね」
「それ以上も…まあ、とにかくリョウは何もしなくていい」
それ以上…って…キス以上……あとで心臓を鍛える方法を検索しないと危ないかもしれない。
チュッ、と音をたて唇を重ねた颯ちゃんは
「電車無くなるから行くわ。本当は…このままここに居て朝帰りたいところだけど……今日は帰る。明日、北川先生によく礼を言っておいて」
と言いながら私の頭をポンポンとすると、玄関ドアに手をかけ
「おやすみ、リョウ。明日起きたら電話して」
そう言い足早に出て行った。
ここからの電車はあるが、地元の最寄り駅まではもう電車がないかもしれない。
でもいつもなら申し訳ない気持ちになるところなのに、今日はただ‘颯ちゃん、ありがとう’と思う。
そして、私はすぐにスマホを手にした。
「もしもし…遅くにごめんね、お母さん」
‘いつでも大丈夫よ。元気?変わりない?’
「うん、元気」
‘それならいいわ’
「うん…あのね、お母さん……」
‘良子、どうかした?’
「私ね…東京の弁護士事務所で働いてるの」
‘そうなの…東京’
「黙っていてごめんなさい」
‘いいのよ、いいのいいの。黙っていたのは…言えないような……良子の思うところあってのことで、今日教えてくれる気持ちになってくれたことが嬉しい’
「お兄ちゃんとチカさんにも会った」
私がそう言うと、一瞬間があいたあと、お母さんが声を上げて笑う。
‘そうだったのね、二人とも何も言わなかったわ’
「私がまだ…」
‘わかってる。いいのよ、良子が一人ぼっちじゃないと聞いて安心した’
チカさんの働く美容室に行ったことからお兄ちゃんの電話、会ったことまで話すと
‘そうだったの…本当に良かったわ。忠志も良子のことをとても心配していたから’
「引っ越しをして一緒に暮らす予定だったのを変更したって聞いて、申し訳ないな…予定通り二人で暮らしてって言っているんだけど」
‘忠志だけじゃなく、チカちゃんも心配してくれてたからね…優しい、いい子だから’
「うん、私と会っても優しい」
‘そうでしょ?本当にいい子なのよ、忠志にはもったいないくらい。大切な家族がつらい時に結婚は出来ません…そう言ったのもチカちゃんだからね。引っ越しの件だけでなく、結婚まで延期させて申し訳ないと思うわ’
「…ぅ…ん……」
結婚のことは理由を聞いていなかったので知らない。
私のせいだもの、私に言えるはずがないか……
‘早く忠志とチカちゃんに幸せになって欲しいけどねぇ、本当にいい子だから’
お母さんはお兄ちゃんたちの結婚を楽しみにしているだけ……私を急かしているわけではない。
頭ではわかっているけど、心は痛む。
「…そうだね。じゃあまた連絡する。遅いからきるね、おやすみ」
一方的に電話をきるとベッドにスマホを放り投げ、嫌な音をたてる心臓を抱き抱えるように疼くまり膝に顔を埋める。
私はたくさんの人に心配をかけているだけでなく、彼らの生活や人生まで変えてしまったのだ。
お兄ちゃんたちだけでなく、お母さんたちもお父さんの赴任先から地元に頻繁に戻っている。
いやいや、という風に顔を振ると鼻先にあるセーターから颯ちゃんの匂いがするような気がして、そのまま深く息を吸った。
コメント
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お母さんは責めてるわけでもなく、ただ思った事を口にしただけだけで悪気はない。だからこそ良子ちゃんには重く痛い言葉だったね。 良子ちゃん自分を責めないで。颯ちゃんの残り香で落ち着いて。起きてからじゃなくても颯ちゃんの声聞いて🥺